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第4話  前向きに

朝は、久しぶりのバイクの長距離運転にもかかわらず、とても爽快に目が覚めた。


食堂でてきぱきと動いている奥さんに、おはようございますと声をかけ、一人優雅にテーブルについた。雨も止んで、今日は秋の太陽が辺りをやわらかく照らしている。窓から見えるのは、ペンションのオーナーが作っているそれほど広くない畑とハーブガーデン。山々が遠くでかすんでいる。素朴な田舎の景色だ。


運ばれてきたのは大き目のお皿で、スクラングルエッグと厚切りのベーコンとウィンナーが一本乗っていた。トーストしたパンと、ヨーグルト。そしてサラダにフルーツ。


「パンのおかわりもあるよ。ロールパンも自家製。」

「ありがとう。コーヒーはアメリカンでお願いします。」


素敵なモーニングプレートにワクワクしながら、奥さんにコーヒーをオーダーして、まずウインナーをぱくっと一口。

 ・・んっ?・・皮は少しやわらかく焦げ目がついた所はパリッとして、かみしめると中からじゅわっと肉汁がお口の中で溢れた。何かの香りがするがマキノにはそれが何のハーブの香りなのかわからなかった。


「そのウィンナーどう?それも手作りよ。庭のタイムとローズマリーを入れてみたの。」

「あー。なるほど。その香りなんですね。おいしい・・ウィンナーまで手づくりするんですか。」

 マキノは、フォークに刺さった残り半分のウィンナーを見つめた。

「毎日作るわけじゃないわよ。気が向いた時だけ。」

「買って帰りたいな。」

「売り物はないわねぇ。でも、ご満足いただけてうれしいわ。」

奥さんがうれしそうに言った。


 マキノはこのペンションの居心地を確認するように、そのコーヒーには砂糖もミルクも入れずにゆっくりと味わった。


 朝食の後、出発の用意をして、山本モータースさんに電話でバイクのことを尋ねた。悪くなっていたのはバルブだけで、タイヤは無事とのこと。ポムドテールの奥さんにそこまでの道順を教えてもらった。

「ここからバス停まで3分歩いて、駅行きのバスに乗って、このバス停で降りる。そこからこの地図のとおり。5分ぐらいだと思うけど、わかる?」

「はい。大丈夫だと思います。」


 道順の説明を聞いていると、一泊して食事をしている間も一度も顔を見なかったポムドテールのオーナーらしきおじさんが、フロントの奥から少し心配そうにこちらを覗いていた。お料理はすべてあのご主人が作っておられるのだろう。


 マキノがバッグを背負って出発する時は、奥さんが手を振って見送ってくれた。



 山本モータースには、迷うことなく十時前に無事到着した。、

 マキノは、そろりとお店の中へと進み、パソコンを叩いている奥さんに声をかけた。

「おはようございます。昨夜は本当にありがとうございました。」

「いえいえ。どういたしまして。ちょっと待ってね。」

 奥さんはしばらくそのままパソコンを睨んでいたが、一段落ついたらしくこちらを向いた。

「お代金はおいくらでしょうか?」

「バルブが悪かっただけだから、その部品代とパンクの点検代で二千五百円。」

「えっと、出張していただいた分や、消費税は?」

「税込。出張費はいいわ。」

「えっ・・えっ・・」

「普通ならロードサービスに電話してタダのはずでしょ?」

 それはそうだけど。

 ちょうど工場にいたご主人がお店に入ってきた。

「若い子が変な気をつかわなくていいよ。」

「そうですか・・すみません。」

 お言葉に従って、言われた金額を支払うことにした。


「あ、じゃあええと。個人情報だとは思うんですけど、昨日のタツヒコさんていう方の連絡先教えていただけませんか?お礼がしたいんです。」

「それも、気をつかわなくていいと思う。彼の性格じゃ却って困惑するよ。」

「そうですか・・。」


 個人的なことをそれ以上たずねることもできず、お礼だけを言って出発した。

 自分にとっては、奇跡に近いぐらいありがたいことだったけれども、こんなことは彼らにとってはなんでもない事なのかもしれない。

 見知らぬ人の好意に手放しで甘えるなんて、戸惑ってしまうけれど。これはモータースのご主人が言うように変な気兼ねなんてしないほうがいい事のように思えてきた。


 マキノは、よみがえったVTR250にまたがり、昨日と同じ御芳山へリベンジに向かった。今度は山道は走らず、バイクをふもとの駐車場に停めておいて、ロープウェイに乗ることにした。そのほうが紅葉を堪能できそうだったからだ。

 ここは桜の名所としても有名だけれど、もみじの木もたくさんある。

 ロープウェイからは谷合の紅葉を縫うような遊歩道と色づいた山を見降ろすことができた。山はすっかり秋の色だ。若いカップルと少しお年を召したカップルが同乗していた。

 山上駅でロープウェイを降りると、観光地らしく軒を連ねるあちこちの店からいい匂いがしてくる。この街並みは、昨夜軽トラックのお兄さんと走った道のようだ。

 

 マキノは、手作りこんにゃくを箸に刺したものを一本買って、そばに置かれているベンチに座って食べた。 こっくり味のしみた歯ごたえの良いこんにゃくだ。

 お土産物屋さんには、かわらしくておしゃれな葛菓子が並んでいた。

 ぶらぶらとあちこちのお店を見分しながら歩く。観光客が茶店で食べていたお汁粉がおいしそうで、その『お汁粉の素』がお土産として売られていたので、実家と会社にお土産を買って帰ろうと思った。

 しばらく歩くと、徐々に勾配がきつくなってきて、にぎわっていた町を抜けだし、売店や茶店も減ってきた。

 ジグザグの山道を、まばらに歩くハイカーや観光客と共に、上へ上へと歩く。視界が広がり景色を見下ろせるようになってきた。標高が上がって来たのがわかる。だんだん息もあがってくる。自分を叱咤しつつ、休憩もせず歩いた。40分ほどでやっと展望台の看板が見えた。

 見晴らし台の上に立って、下界を見下ろす。さっきまで歩いてきた道と街並み大きなお寺の屋根まで山全体が見下ろせた。高い。広い。紅葉がきれい。空気もきれい。

 歩いて体がホコホコとしていた。ほてった頬に冷たい空気をいっぱい吸い込む。

 そして、ふぅぅとゆっくり息を吐いた。


 がんばろ。

 わたしはもっと、がんばれる。

 前向きに生きることを、がんばろう。

 そして、またここに来よう。

 今度は、桜の咲く時期に。


 今回、縁のあった人達と、また会えるといいな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 旅行から帰ってしばらくしてから、マキノは葛菓子やお汁粉の素を持って実家に寄った。


「母さん、ただいまー。」

「おかえり。今日は何か外に食べに行く?」

「ううん。なんでもいいから作って。」


 母さんは、昼間はお弁当屋さんでパートをしている。父親は5年前に肝臓の病気で亡くなり、姉の万里子は嫁いでいたが、実家の一室を改造して美容室を開いていた。

 マキノは、外食の誘いを断ってゴロゴロとだらしなくころがってすごし、母さんの手料理の夕ご飯を食べた。

 カレイの煮つけと、ヒジキと、かぼちゃの煮物と、白菜のおひたしと、豆腐のみそ汁。それと、お漬物。純和風だ。

 マキノの一人暮らしはもう3年半になる。大学は通えば片道2時間。頑張れば自宅から通える距離だったが、3年生の時からバイトなどをしながら一人暮らしをしていた。

 自炊は苦にならなかったが、時折、母さんの作る料理がなつかしくなり、たまに食べに帰って来る。自宅にいる頃は和食に魅力など感じなかったのに、最近は自分でもこんなお惣菜も作るようになった。


 先に夕ご飯を食べていたら姉の万里子が仕事を終えて台所に入ってきた。さっそく食卓に並んでいるお漬物を一つ口に放り込んでポリポリとつまみ食いをした。

「マキノ、おかえり。」

「旦那さんのごはんは?」

「いいの。あの人自分でごはん作れるから。明日、着付けの予約が入ってて朝が早いし今日はもう帰らない。」

「いいねぇ、自由で。」

「結婚して自由なわけないじゃん。マキノこそ自由でしょ。」

「サラリーマンが自由なわけないじゃない。」

 万里子も、のっそりと座ってご飯を食べ始めた。

 今でこそえらそうにしているけれども、この姉は子どもの頃随分引っ込み思案の内弁慶だった。

 家族と一緒に出掛けても、思っていることをその場では言わなず、家に帰ってからつまらなかったと文句を言うのだ。

 いっしょに食事をしながら、万里子が肩こりがどうの腰痛がどうのと年よりくさい話をしているのに相槌をうっていたが、マキノもふと思い出して、耳鳴りのことを口にした。

「寝る前のちょっとの間だけだよ。すぐ寝ちゃうし、朝になったら忘れてて昼間は全然気が付かないんだけどね。気のせいかも。」

「病院に行った方がいいんじゃないの?」

 姉妹の会話をそれまではただ聞いていた母さんが気遣わしげな顔をした。万里子の肩こり腰痛には反応しなかったのに。

「ほんとに気のせいのような気がするから行かない。体調も悪くないし。」

「中耳炎じゃないの?」

「自律神経が弱ってるのかもよ。」

 母さんと万里子が口々に言いだした。


「いいよいいよ。もっとひどくなったら行くよ。」

 マキノは無理やり話を切り上げた。

 そして夕食を終えて片づけを手伝うと、その日のうちに、自分のハイツへと帰り、また普通の日々へと戻っていった。


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