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第39話 年末と年始

年内最後の朝市は、12月28日に行われるのが恒例になっていた。

今日はマキノは出品していなかったが、何か野菜が出ているかを見に来ていた。ぶらぶら品定めしながら、まだ年末年始に実家へ帰るかどうか迷っていた。帰るよりも自分のお店のことを考えたい。

いつも並んでいる物より細めの大根や金時人参、これはお雑煮用の野菜だ。こんにゃくや、里芋、お豆腐、黒豆、レンコン、百合根、しめ縄や干し柿、ウラジロ、お餅もある。この地元ならではのお正月用の物が並んでいる。


近所の養鶏場のブランド卵が売られているのを見て、ふいに大晦日には実家に帰ろうと決めた。母さんと万里子姉に、この卵を持って帰りたくなったのだ。

お正月は母さんのおせち料理を食べて、そして、またすぐここに戻ってこよう。お掃除もできて、きれいになってるから、新しい年になったらOPENの看板を立てたいな。



「マキノちゃん。」

ぼんやりと考えながら地元の野菜を買い込んでいたら、不意に声をかけられた。

その声で、なんだか体温が上昇した。・・春樹さんだ。ちゃん?さんじゃなく、ちゃん?


「こんにちは。」

「この間はごちそうさま。本当においしかったよ。」

「いえいえ。」

改めてお礼を言われると照れくさい。春樹さんは、食事会の日、静かだったな・・元気で明るい印象だったけど、本当はおとなしい人なんだろうか。


「古い校舎の図工の教室で使ってた木造りの机とイスを処分することになってね。レトロな感じがいいと思ってとっといてみたんだけど、マキノちゃんが工夫して何かにするかい?いらない?」

「あ・・レトロいいですね。もしかして、タダ?」

「そう。捨てるものだから。いっぱいあるけど、欲しかったら、ヒマな時に店まで運んでおいてあげるよ。」

「ありがとうございます!机とイス、一つずつ欲しいです。」

「わかった。お正月は実家?」

「大みそかに帰ります。元旦だけ実家。」

「そう。来年はがんばりどころだね。お店、楽しみにしてるよ。」

「はい。がんばります。」

「じゃあ、よいお年を。」

「よいお年を。」



・・・。


いっちゃった。

春樹さんて、いつも会話がすぐ完結してしまう。おイモ堀りの時も、まだお話ししたかったのにさっさと帰って行ったし、この間の食事の時も、ほとんど話せなかったし。

もっとゆっくり時間があるといいのにな。


ところで・・。 

春樹さんて何歳なんだろう・・。

お兄さんの家のクリスマス会にいるぐらいだから彼女はいないのかな?お兄さんと同居?ではなさそうだった。朝市によく来ているみたいだから、家はこの近所なのかしら。

えっ!?

そもそも、いろいろお世話になったのに、私ったら春樹さんのこと全然知らない!!

いろいろ質問したいけど・・と衝動的に思って辺りを見回すが、もう姿は見えなかった。

そういえば、電話番号も知らない・・。

いや。・・・風邪をひいた時にかかって来たんだ。着信があるはず・・。

そう思いついて、スマートフォンの着信をシュシュッと流していった。リョウがいる時だったから・・10月末ぐらい?・・2ヶ月ぐらい前・・あっ、これかな。最近は電話もあまり使わないから履歴も少ない。これに違いない・・。たぶん。いや、絶対これ。


心臓のあたりが妙に落ち着かなくなった。

・・な・・なんだ。なんでもないよ?なんでもないよね?

でもとりあえず、電話帳に登録はしておこう。


「さ・と・う は・る・き・・。」


「マキノちゃん?」

「ぎゃっ?!」

うつむいてスマートフォンを操作していたら、おばちゃんが話しかけてきた。

「こんにゃく、残りあと1個だよ?」

「あ、買います買います!考え事しながらスマホさわってました!」

ああびっくりした。ああびっくりした。ドキドキしながらこんにゃくを買った。

そして、30個入りの卵を一箱と、いろんな種類の野菜をかき集めて買い込み、顔見知りのおばちゃん達によいお年をお迎えくださいと挨拶をした。


 年末ぎりぎりまで買い物や掃除や片付けやお店の準備で動き回り、正月らしい用意はほとんどせず。お土産の食材を車に詰め込んで、マキノは大晦日の夕方に実家に帰った。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ただいま~。」

母さんは、おせち料理を仕込みながら、台所の掃除をしながら、おそばの用意もして、全部を同時進行していた。

「おかえり。」

「万里子姉はもう帰ったの?」

「さすがに大晦日ぐらいは早めに帰るでしょうよ。おそばはすぐにできるから。先にお風呂に入るといいよ。」

「ううん。お風呂はあとにする。」

「お店にはしめ縄ぐらい飾ったの?お鏡餅は?」

「しめ縄は小さいのぶら下げてきた。お餅はなし。」

「近所の人とは仲良くしてるの?お行儀よくしてる?」

「ちゃんとやってるってば。」


母さんと2人、歌番組を見ながら、ずず ずず と年越しそばをすすり、その後、母さんとおしゃべりをしながら、おせち料理の続きを手伝った。

「母さん。」

「なぁに?」

「もういつでも開店できるんだよ。」

「そう。頑張ったね。」

「万里子姉と一緒にランチ食べに来て。」

「うん。」

「お金いっぱい借りちゃって、ごめんね。」

「いいよ。もともと、あなたの為のお金だったから。」

「御芳は、楽しいよ。」

「よかったね。」

「うん。」


おせちができあがると、台所を片付けて、コタツに座りこんだ。何もせずにじっとしているとお店のことが気になった。自分の家なのに、なんとなく落ち着かなくて時間がもったいなく感じる。でもまぁいいか・・今日ぐらいは、頭をからっぽにしよう。コロンと横になって何も考えずにいたらそのままコタツで寝てしまって、母さんに起こされた。


「マキノ、お風呂は?せめて元旦ぐらいお布団で寝なさいよ。」

「はぃぃ・・」

一年の最後は、怒られて終わった。



そして、年が明けた。

「母さん、あけましておめでとうございます。」

「はい、おめでとう。本年もよろしくお願いします。」


朝から母さんが炊いてくれた白みそのお雑煮に、焼いた丸餅を入れて、昨夜作ったおせち料理を二人でいただく。毎年食べてきたのに、やっぱりなつかしい味だ。自分が同じように作っても不思議と同じ味にはならない。


おせちを食べた後、マキノはお盆以来触っていなかった自分のバイクを引っ張り出した。

「もう帰るの?元旦ぐらいゆっくりすればいいのに。」

そういう母さんの声を背中で受け止めながらバイクの状態を確かめる。バッテリーやガソリンは傷んでいないかと心配したが、期待していなかった母さんがたまにエンジンをかけてくれたようで、バッテリーもちゃんと生きていた。


「またすぐ車を取りに戻るよ。バイクも御芳に置いておきたいの。」

マキノは初詣にもいかずにまっすぐに自分の城へと走った。



防寒対策はしたつもりでも、さすがにこの寒空を2時間もバイクで走ると御芳に到着する頃にはカラダが冷えきってしまう。バイクを店の前に停めて、ガチガチと震えながら鍵を開けた。猛烈にぬくもりが欲しくて、ファンヒーター・エアコン・石油ストーブ。ありったけの暖房器具のスイッチをオンにして、厨房ではお湯も沸かした。


今年最初のコーヒー豆をひいて淹れると、厨房中にいい香りが広がった。

マキノは年末に小さなウエルカムボードを自分で作ってあった。

OPENとだけ書いてあるものと、Café le Reposと書いたものの2個だ。フランス語の下には、「ル・ルポ」とカタカナで小さくふりがなをつけておいた。


 玄関の戸の横のフックにOPENをかけて、年末に春樹さんがくれた木の机の上に葛蔓をラフにまるめたものを置いてそのでこぼこを利用してCafé le Reposのプレートをたてかけた。

ささやかだけれどもこれが開業の合図。今日はメニューはコーヒーの営業を2時間ほどやってみよう。お客様は一人もこなくてもいい。イズミさんの言うとおり、少しずつ開業していけばいいやと思ったのだ。


郁美さんからもらった三角に足を開いて立てる看板には、いずれおすすめのメニューを書こうと思っている。イズミさんと二人で考えたメニューはあるが、まだ準備が整っていない。


 少し経つと暖かくなってきたので、ファンヒーターは消して、座敷に置いてある石油ストーブのそばに座ってコーヒーを飲み、年末に作ってあったフィナンシェを自分でほおばった。

焦がしバターの風味がとてもいい。・・満足だった。

昨日と何も変わらないのに、少しだけ改まった気分だ。


初日のお客様はないだろうとさっき覚悟を固めたばかりだが、店の前でエンジン音が止まった。直感で大きめの二輪の排気音だと分かった。

「まさか、お客様かな?」

マキノはその音を合図に、座敷から立ち上がってカウンターの中に入った。

入ってきた人の顔を確認するなり、どきーん とマキノの心臓が脈うった。

「新年おめでとう。」

ヘルメットをぶらさげて入ってきたのは、・・春樹さんだった。

「お、おお、おめでとうございます。ば、バイクに乗ってるんですか?」

ちょっと上ずった声になったかもしれない。春樹さんはにっこり笑顔になった。

「うん。見る?」

「あ、はい。」

表に出ると、自分の薄汚れたバイクの隣に、ピカピカのビッグバイクが停まっていた。

春樹さんのバイクはカワサキのニンジャ900だ。

バイクを見ると、余分なドキドキが収まった。


「わあ・・男カワサキ。900じゃないですか。大型かぁ。かっこいい・・。自分には無理と思って無難なバイクを選んじゃったけど,私、カワサキ好きなんですよ。」

「ほぅ。男のロマンが理解できるんだ。」

「いや・・、好きだけど、詳しくはないです。きれいですね。私の埃だらけではずかしいなぁ。」

「マキノちゃんはVTRだったんだね。」

「無難でしょ。」

「そうかな。」

「春樹さんは、この寒いのに、これからどこか行くの?」

「いや・・これといったあては・・、マキノちゃんは、これで実家から戻ってきたの?」

「はい。」


「この寒いのに・・。」

という言葉が自分と春樹さんの両方の声が重なった。

思わず顔を見合わせて、あはは・・と笑った。自然に話ができるのは、バイクのおかげだ


「たまに乗ってやらないと、バイクもすねるからね。」

「はい。うちの子、半年もほったらかしてたから・・、だけどちゃんと動きました。」

「それは運がいい。バッテリーなんて半年放置したらからっぽになるでしょう。」

「しかし、春樹さんのバイク、ホントにきれいだなぁ・・私も掃除しようと思うんだけど、なんか水をかけるのが不安で。バイクって機械がむき出しだから水がかかるといけない部分があるんじゃないかと思って。」

「ああ、その気持ちはわかるね。」


「あ、そうだ。年末は、机をありがとうございました。これ使わせてもらってますよ。」

「うんいい感じになったね。葛蔓も上手に巻いてある。」

「ところで、あの・・今日は、なんの御用でここへ・・?」

「・・ご用って。この店の前に見慣れないバイクがあったから、停まってよく見ようと思っただけなんだよ。そしたら、オープンってプレートがあって。マキノちゃんが看板出したんでしょう?まさか元旦にやってるのか?と思って、玄関開けちゃった。」


「ああ・・あっ?、もしかしてお客様になってもらえるの!?」

「なってもいいなら、ね。」

「いやいや、どうぞどうぞ。」

マキノは、春樹さんを店の中へと招いた。マキノは厨房側からカウンターの中に入り、春樹さんはカウンターの前に置いてある背もたれのない椅子に座って向かい合った。春樹さんが座ると同時に、マキノは温かいおしぼりと水をだした。



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