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第3話  ペンション

 マキノの脳内で、軽トラックのおじさんは“お兄さん”に格上げになった。


 渡された電話番号をスマートフォンに登録していたら、ふいにその“お兄さん”が言った。

「あっそうだ。・・一瞬だけ寄る?」

「え・・えっ?」

「いや、紅葉のライトアップのところ。ホントにすぐだから。」


 お兄さんの言葉は、ぽつりぽつりとしていて考えるようにしゃべるので会話がすすまない。

 すぐにライトアップされた場所に着いた。たしかに近かった。さっきの場所から300mぐらいしか離れていなかった。


「おお・・」


 雑誌の特集になったページに似てる・・。

 木々の中に開けた公園には、ぼんぼりがあちこちで灯りライトアップされていた。窓を開けて、紅葉のドームを内側から見上げた。もみじの赤い葉が雨で光っていた。夏には生命力そのものような緑なのに、こんな鮮やかな色になる不思議。


「ほぅ。」

 ため息のような声が出た。


 そのタイミングで、お兄さんはエンジンを一度停めた。

 さっき降りはじめたばかりの雨の雫が枝葉にたまり、地面に広がる落ち葉の上に、はたっはたっとこぼれ始めていた。

 とても静かだ。


 キーン・・・・とした空気が流れる。


 落葉の上を歩いてみたくなった。

 春には桜が咲くのだろうか・・。


「きれい・・。」


自然にそうつぶやいていた。


「降りてみないの?」

 お兄さんから妄想を見透かしたような言葉がかかって、マキノははっとした。

「あ、いえ充分です。ありがとうございました。」

 こんなところでのんびり時間をつぶしては、待ってくれているバイク屋さんとペンションさんに申し訳ないではないか。

 軽トラックはまたブルルンとエンジンがかかり、公園の中で方向転換してまた走りはじめた。

 しかし、バイクを停めたところに戻ると思ったのに、今度は全然違う方向へ走り出した。


「あのぅ。この道は?」

ククッとお兄さんはちいさく笑った。

「こっちの道のほうが近い。君は裏道を走ってたね。途中で間違えたんじゃない?」

 言われてみると道の両側には、お土産物屋さんや飲食店や旅館が立ち並んでいる。雨のせいか人通りはほとんどなかった。回りの様子を眺めながら、マキノはこっそり自分に呆れていた。


 10分ぐらいで「山本モータース」という看板が見えた。お店のシャッターは閉まっていたが店の前には軽トラックがスタンバイしていた。

「主人はちょっと呑んじゃったから、私が主人乗せて運転していくわ。」

 40代ぐらいの細身のおばさんが軽トラックの横に立っていた。

 マキノは、助手席に乗ろうとしているおじさんに自分の名前とバイクのナンバーを告げて、バイクのキーを手渡した。。ご主人は少し呑んで機嫌がいいのか、軽トラックの窓越しにお兄さんとにこにこ笑っておしゃべりをしていた。

 奥さんは運転をするだけで、荷台にバイクを積むのはご主人だそうだ。

「すみません。もう営業時間も終わっておられるのに・・。」

「いいのよ、こんなことしょっちゅうだから。大事なバイク置きっぱなしにしてきて心配でしょう?」

 山本モータースの奥さんは、ずっと昔から私を知っていたような話し方だ。マキノが奥さんにもう一度バイクの車種とナンバーを告げると、奥さんは店の名前が入ったご主人の名刺を差し出した。

「場所は分かってるからすぐに取りに行ってくるね。朝にはバスがあるし、自分でここまで来れるでしょ。パンクは明日の朝・・早々に修理できるわよね?」

 奥さんは話の途中で振り返って、ご主人に確認をした。

 実のところ、展開が早すぎて理解が追い付かなくなっていた。マキノは神妙にうなずきながら黙ったまま頭の中で今の事態を整理していた。


 まず、バイクの場所はこのお兄さんが山本モータースさんに説明済み。

 今から奥さんとご主人とふたりがバイクを取りに行ってくれる。

 パンク修理は明日朝一番にできている。

 ペンションまでは、お兄さんが送ってくれる?甘えていいの?

 自分はバスに乗ってこの名刺の住所までくる。

 ・・・・それで万事OK?


 おお!わかった。いつのまにか全部うまく行っていた!

「あの、ほんとにありがとうございます。えと、お代金は・・」

「まぁ、それはあとでいいよ。タイヤの状態にもよるし。また明日にね。じゃ。」

 奥さんが、ぶるるんとエンジンをかけ、私たちを店の前に置いて走り去って行った。


 取り残されたマキノは、お兄さんに送っていくよと促された。

「ホントにありがとうございます。お世話をおかけしてすみません・・。」

「あやまんなくても。僕の家もそっちの方向だから。」

「そ・・そうなんですか。」

 また2秒ほど遠慮も考えたが、もう甘えちゃえと開き直って軽トラックに乗り込んだ。

 何度も何度もお礼ばかり言われるのも面倒だろうし・・。


 でも、黙っているのも気まずいように思う。ああそうだ、さっき気になったこと聞こう。

「ところで、あの・・。その靴・・変わった形ですね。」

「ああこれ・・安全靴。職業柄ね。」

「職業柄ですか?・・こういう靴をはく職業に縁がなくて想像できないです。何の職業ですか?」

「キコリだよ。」

「キコリ?・・キコリ?? 斧で木を切るキコリですか?」

 しまった・・3回も聞いちゃったよ。

 童話に出てくるようなヨーロッパ風の絵柄と疑問符が浮かんだが、お兄さんはこちらの問いには返事をせずに鼻でふふと笑った。

「キコリですか・・。」

 マキノはもう一度つぶやいた。お兄さんは無口だったが、その沈黙は怖れていたほど居心地の悪いものでもなかった。

 結局たいして会話もしていないのに、ペンション・ポムドテールに着いてしまった。

「本当にありがとうございました。助かりました。お礼をしたいので、お名前を教えてください。」

「そんなの、いいよ。」

 お兄さんは少し照れくさそうに言ってさっさと軽トラックを出発させた。

 ぶんぶーんという安っぽいエンジン音が遠ざかって行く。今来た道を引き返したってことは、やはり自分の家を通り過ぎて送ってくれたのだ。

 マキノは、そちらの方向にぺこりと頭を下げた。



 ペンション・ポムドテールは、白い洋風の建物で想像していたよりも小さかった。

 フロントでしばらく待つと、自分の母親ぐらいの奥さんが笑顔で出て来て受付をした。随分遅くなったような気がしたが、結局チェックインした時刻は予約していた7時ぴったりだった。


 フロントから食堂の中が見えて、他のお客さんが食事をしていた。案内された自分の部屋で少し湿ったウエアだけ脱いで、自分も急いで食堂に向かった。


 洋食風のお料理がひとり分セットされたテーブルが自分の席だ。

 スキレットにきのこ類が山盛りになっていて簡易コンロに乗っている。さっき受付をしてくれた奥さんがその固形燃料に火を点けながら飲み物を訪ねてくれた。アルコールを辞退すると、氷を浮かべたお水を持って来て、簡単にお料理の説明をしてくれた。手前にはスモークサーモンのサラダ仕立てと、魚の南蛮漬けが前菜として並んでいる。何の魚だったのか聞き逃したが、稚鮎と言ったかもしれない。マキノは並んでいるナイフやフォークのカトラリーではなく、一緒についていた杉の割り箸を割って前菜に箸をつけた。

 しばらくしたらスキレット鍋からガーリックの香りがたってきた。きのこの下にはエビとアサリが入っている。アヒージョは豪華に見えるのに簡単だ。サクラを招く時にやってみようと思った。前菜のお皿が空くと、温かいスープとメインの料理が出てきた。野菜のミルクスープは素朴で優しい味だ。キャベツやたまねぎが甘い。メインのステーキは中心部に赤身の残るミディアムの焼き加減。付け合せは、ポテトの素揚げと人参と平豆のグラッセと焼ナス。ソースは少しゆずの香りがした。


「パンとごはんのどちらがいいかな?」

 配膳はすべてこの奥さんがしているようだ。マキノは少し迷ってからご飯を希望した。

「全部、おいしいです。遅めの予約に対応していただいて、ありがとうございました。」

 銀盆を持ったまま水を注いでくれている奥さんに、マキノは改めて礼を言った。


「バイクのトラブルだったの?災難だったわね。」

「親切なお兄さんが偶然通りかかって、助けてもらったんです。この近くの人だと思うんですが心当たりないですか?軽トラックでここまで送ってくれたんですよ。」

「ふうん。・・親切なお兄さん?」

「はい。キコリをしてるって言ったんですけど。」

「キコリ?ああわかった。山で木の管理の仕事をしてるタツヒコ君だわ。自分のこと、ときどきキコリって言ってるから。家は近いわよ。奥さんとってもかわいいの。」

 聞いてもいないのにタツヒコさんのことも教えてくれた。奥様がいたのか。そっか、かわいいのかぁ。

「お礼がしたくて、名前を聞いたんですけど、教えてくれなかったんです。」

「タツヒコ君らしいね」

 奥さんはふふふと笑いながらデザートを運んできてそう言った。デザートの皿には、サツマイモの小さなモンブランケーキと柿とリンゴが彩りよく盛られてミントの葉っぱが飾ってあった。ケーキは手作りかな。食後の飲み物はハーブティーをお願いした。ポットのまましばらく蒸らして自分でカップに注ぐと、カモミールの甘い香りがした。


 食事に時間をかけてをしまったので、他のお客さんは部屋に引き上げていき、自分が最後になった。でも奥さんは迷惑がるでもなく仕事の合間にマキノに話しかけてくれる。

 お料理の話や、自分の仕事の話、この町の事などを。

 食事を終えたマキノは、家族風呂をもらって、快適なお部屋のベッドにもぐりこんだ。


 目を閉じると今日一日の事が浮かんでくる。見ず知らずの人間を拾ってペンションまで送ってくれたタツヒコさん。雨の中二人でバイクを積みに行ってくれたご夫婦。一人旅の自分を気遣っておしゃべりしてくれたポムドテールの奥さん。

 アッタカイナァ。

そう思った。

ひとつひとつが、心にしみた。


 ・・今日関わった人にとっては、あたりまえのことだったのかもしれない。

 でも・・私が今日、こんなにあったかい気持ちになったように・・。

 いつかわたしも、誰かに何かをしてあげられるといいな。


・・そんなことを考えているうちに、意識は自然と落ちていった。


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