第29話 明日から
「先日は、体調の悪いところに電話をしてしまって、すみませんでした。おかげんはいかがですか?」
「はい、もう大丈夫です。こちらこそ失礼しました。ご親切に病院まで連れて行っていただいて。ありがとうございました。お世話になりました・・。」
前回の電話の続きで、今度の日曜日の午後に佐藤先生のクラスの役員さん2人と一緒にサツマイモ掘りに行くことになった。
電話の相手がわかると、何故かリョウがにやりと笑った。
「リョウ、何ニヤニヤ笑ってるの?」
「あの人は、いいね。」
「なにが?」
「マキノを病院に連れて行ってくれた人、いい感じだったって言ったんだよ。」
「ん~?そだね。いい人だよね。」
「うふふ~ん。」
「なんだよその笑い方は・・」
「よくわかんないけど、あの人、マキノに似合うと思った。」
「えー・・・始めて会ったし、顔すらよく見てないよ。」
「マキノは・・にぶそうだからな。」
「なんだよ、それは。」
「それはまぁ、どうでもいいや。私、今日も勉強するよ。」
「待って、私もする。同時に一緒にやろうよ。今日こそは英語やるよ。先にごはんの片づけするから、リョウはお風呂用意しといて。」
「わかった。」
家事を分担し、それぞれがコタツの上に勉強道具を並べて勉強をした。
ネズミの事を忘れたわけじゃないと思うけれど、リョウは健気に頑張っていた。
翌朝。日曜日だ。リョウが来て一週間になった。朝食にマキノはパンケーキを焼いた。
今回のサラダはサニーレタス。トマトも細長いイタリアントマト。ヨーグルトにブルーベリージャムを添えて、この間、手作りしたウィンナーも焼く。フルーツはパイナップル。
そして、リョウがいる間は、朝のコーヒーはカフェオレ。品数を作るのは面倒だけど、色とりどりの食材でプレートを整えて食卓につくと、やはり心が浮き立つ。
「おいしいごはんは、幸せの素。」
「そだね。」
「サクラは今日、迎えに来るんだよね?お昼ごはんサクラの為に何か作っておかなきゃね。」
マキノがさっそく献立をブツブツ言いはじめると、リョウがそれを遮った。
「ねえマキノ、前に行った、あの湖につれて行ってよ。」
「いいけど、サクラのことは?」
「きっとお昼ぴったりにしか来ないよ。今8時半でしょ。まだまだ時間あるよ。」
「それもそうだね。じゃあ行こうか。」
片付けもそこそこに、二人は車に乗り込んで湖へと向かった。御芳の町に来る直前に買ったこの軽自動車は、すっかりマキノの体の一部なった。パワーもブレーキもハンドルも、頭で考えなくても感覚で動かすことができるまでになっていた。
バイクのほうが好きだったけれど、最近は車も楽しい。
夏にリョウとボートに乗った桟橋のところからダムの上流へと湖岸沿いを走り、一度ダム湖から離れて県道に出て反対側の湖岸の方へ回って、また湖岸沿いの道に戻ってくる。ゆっくり走ったが、小さなダム湖だからゆっくり一周して三十分かからなかった。
リョウの言うままに所々で車を停めてやると、車を降りてはあちこちスマホで画像を撮っていた。
「リョウ、気が済んだ?」
「んと、まだ時間の余裕があるなら御芳山にも行きたい。」
「じゃあ、行ってみるか。」
ダム湖から御芳山の展望台まで、三十分と少し。御芳山までの道は単純だ。2年前なぜ迷ったのかもわからないぐらい。旅館のアルバイトをして何度も通った慣れた道になった。
十月末では紅葉にはまだ早いようだったが、花矢倉を通り過ぎて、そのまま展望台まで登って行った。小さい空き地に車を停めて二人で見晴らし台に上がり、辺りを見下ろした。
展望台からは、御芳山の尾根伝いの街並みが一望でき、大きなお寺の立派な屋根が見えた。上の方へ来ると紅葉も色づき始めている。そう。ここの展望台には来たことがある。以前は自分の足で歩いた道だが今日は車だ。覚えている。何を思ったのかも。
ちゃんと覚えているとも。私は前に進んでいるよ。
ここでもリョウはあちこちの景色を写メに収めていた。
「この場所、いいと思わない?」
「うん。・・明日からちょっと頑張ろうかなって思う・・。」
「あれ、リョウも?」
「マキノも思ったの?」
「うん。2年前にね。」
「ふぅん。」
「その写真は、どうするの?」
「わかんない。記念だよ。」
「なんの記念?」
「なんでもいいよ。」
「ふうん。・・じゃ、もうすぐサクラが来るから帰ろうか。」
「うん。」
「今日はね、ハンバーグと、んーと・・何しようかな。とにかくランチプレートを用意してサクラをもてなそう。」
「わかった。」
予想した通りにサクラは12時過ぎににぎやかに入ってきた。
「リョウ。迎えに来たよ~。マキノほんとにお世話になったね。それでお昼ご飯は何?」
「ほら。」
「うん。ほらね。」
時間を気にせずゆっくり用意をしていたので、サクラの到着に昼食は完成していなかったが、返ってできたての料理をいただける特典となった。
炊き立ての五穀米、ハンバーグ・たっぷりのサニーレタス、トマト、アボカドのダイスカットに目玉焼きと、順番に盛り付けるとロコモコ風のランチプレートになった。ソースもマキノのオリジナルだ。
「これこれ。マキノのごはんは、ホントいつも楽しみなの。いただきまーす。もぐもぐもぐもぐ。いけるわね~。おいしいわ~。このソースなんていうの?レシピは?」
「ソースは、肉汁使ってるからグレービーかな。その時の気分だからレシピなんてないよ。」
「それでこういう味が出せるってどうなのよ・・。ん~もぐもぐもぐ。」
「たまたまだよ。偶然そうなるの。サクラ、もう少し静かに食べてよ。」
「サクラ、品がない。」
「おっ、リョウ。そんなこと言っていいと思ってんの?」
「ははは。言われても仕方ないね。リョウは静かだもの。」
「むう~。それで、リョウはどうだったの?ここの生活は楽しかった?」
「うん。」
「リョウはいつでも うん だけなんだよね。マキノ、会話成り立った?」
「リョウは思ったことを口からダダもれにしないだけで、自己主張ははっきりしてるよ。」
「そうなの?リョウ。」
「うん。」
「ほら、ウンしか言わないじゃない。」
「ははは。」「はははは。」
ひとしきり笑ってから、リョウがぽつりぽつりと話しはじめた。
「ええとね。ここは楽しかったけどね・・最初は朝がつらくて、・・その次は、しなくちゃいけないことが多くて、それは面倒かなと思ったけど、やってみたい気持ちもあった。」
「リョウ、そう言えるほどいっぱい仕事したの?」
「退屈だろうと思って、できそうなことをしてもらってたけど?」
サクラが口を出して、マキノが説明して、リョウはそれを無視して続ける。
「それで、その次に思ったのは、マキノが熱を出して寝てた時、何かをしたいと思うのに、何していいのかわかんなかった。言われたことをするのは簡単なんだと思った。」
マキノとサクラは、リョウが語ろうとしている言葉に耳を傾けた。
「でも、私、何もしてないのに、イズミさんもマキノも、私がいてよかったって言った。それで・・ええと・・。でも、自分が何もできないのは嫌だった。お茶碗洗って、お風呂自分で入れて・・朝も自分で起きて、卵も焼いた。自分のことは自分でするって意味が・・ちょっとわかった。・・かもしれない。」
「へ~。」
「サクラよりお料理できるようになったかもしれないよ。」
「なんだとぉ?私だってちっとはするんだよ?」
「まぁ、思っただけだから。」
「そりゃそうでしょうよ。これでも一応大人ですし。」
「・・・。できるかどうかに・・大人かどうかは関係ないよ。」
「なんだあ、一人前のこと言うようになったね。」
「私、自分が一人前って言ってない。」
「・・むぅ~。」
「とにかく、マキノが頑張ってるから、わたしも、いろいろできるようになりたい。」
「ふうん・・。」
「もうちょっとできるようになってから、また来る。・・キンモクセイも・・見に来る。」
マキノは、リョウとサクラが言いあうのを笑って聞いていた。
「わかったよ。・・いつでもおいで。期待してるよ。」
「ところでさ、キミたちお互い呼捨てにするようになったんだね?」
「ああそれはね、リョウが朝起きないから。コラ!リョウ!って起こしてたの。ちゃんづけしてる場合じゃないわと思ったの。」
「じゃあリョウは?」
「マキノが呼び捨てにするから、合わせた。」
「へぇ・・なんだぁ。気が合ってるんだねキミたち。」
マキノとリョウは、顔を見合わせて笑った。
帰り際、サクラが封筒を差し出した。
「これは、お礼。リョウのお母さんとおばちゃんから。」
「あ~・・あらためさせていただきます。」
マキノは、今度は素直に受け取って、サクラの目の前ですぐに開封した。
封筒の中には5万円も入っていた。
「もぅ、これは多すぎ。常識の範囲から逸脱してる。必要経費だけはいただくよ。」
マキノは、1万円札を1枚を抜いて、残りの4万円を封筒ごと返した。
「それはないわ!お布団だって買ったんでしょ?」
サクラとは、多少押し問答をしたが、マキノは頑としてそれ以上受け付けず、結局1万だけをマキノが受け取り、残りはおばさん達に返すことになった。
リョウは、前回と同じように、礼儀正しくお辞儀をして、ありがとうございましたとマキノに挨拶をした。
マキノの、次は前もって連絡してから来るんだよ~。という声に見送られながら、サクラとリョウは帰って行った。




