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第21話 クリームシチュー

イズミさんが来てくれた翌日。日曜日の朝市はマキノは午前中で終わり、早々に引き上げてきた。この一週間のお休みの間のプランを細かく立てようと思ったからだ。


家に戻るなり、サクラから、今日おじゃましていいかとラインの連絡があった。

来てくれるのは嬉しいしごはんぐらい食べに来てもいいのだが、遊びにつきあうことはできない。「朝市に手がかかってお掃除もできてないので、ロクなおもてなしはできないよ。」と返した。すると今度は電話がかかって来た。


「実は、ちょっとまた、お願いがあるのよー。」

「あれ?なにか問題発生?」

「うんまぁ・・」

「また迷子だったりして。」

「まぁそんなところ・・迷子ではないけどね。」

「ええ・・。またリョウちゃん?でももう夏休みじゃないし、学校行ってるはずだよね?家に帰ったんじゃなかったの?」

「うんまぁ・・いろいろ事情がありまして。リョウちゃん今日はマキノんちへ行くって、すでに出ていっちゃったんだって。今度は路線図も自分で用意して調べてたらしいから、たどりつけると思うんだけど。」

「なんでまた・・・ひとりで行かせるかなあ。」


事情とやらを話してみなさいとマキノが問い詰め、現在リョウちゃんがいわゆる不登校なのだという事をサクラが白状した。彼女が学校に行くのを嫌がるようになり、いつも辛そうにしているので、家族はそういう状態を心配し、今年は少し環境を変えてはどうかと、夏休みを利用しておばさんの家で過ごすことになったらしい。


 あの時は、降りなくてもよい駅で降り、乗らなくてもよい線に乗り御芳方面へと行きついた。迷子か気まぐれか、みんなに心配されているのを知ってか知らずか、その行動は今となっては謎だ。マキノも知っている通り、あの後はおばさんの家で大事にされて夏はそのままおとなしく過ごしていたが、今度は自宅に帰りたくないと言いだし、今に至る。


「マキノと関わるのは、最初っから抵抗なかったんだよねぇ・・。」

「そうなの?なんでだろうね・・。ちょっと待ってよ、今リョウちゃんどこにいるの?」

「今は電車の中。さっきも言ったけど家出というわけじゃなくて、カフェに飾る絵が描けたから持って行くって。マキノが留守で会えなくてもいいからなんとかして届けるんだって言ってさ。電車もバスも自分で調べてたんだって言ってたよ。すごいと思わない?」

「すごいけど、バスはまぁいいよ。駅までぐらい行ってあげる。着く時間は?」

「だいたい30分後ぐらい。すみませんねぇ。忙しかったらいいんだよ。本人バスのつもりだから。でもたどりついたら褒めてやりたいと思ってるんだ。私もこれから車で迎えに行くけど、それまで保護してやってよ。」

「いいけどさ・・。」


保護するのはいいけど・・。とマキノは少し考え込んだ。

そうまでして、リョウは私に何を伝えたいのか。何を求めているのか。

おばさんちや自宅では扉を閉めているのだろうか?何を聞いてもリョウが言葉で答えを返せるとは思えなかったけれど、ボートで遊んだ時のように、一緒にいたらすこしずつ感情の動きをみせてくれるようになるんじゃないか?・・関わってみたい。でも、そんなこと軽はずみに言ってもいいのか?

「サクラ。リョウちゃんさ、どうせ学校にいかないのなら、一週間ほど、うちにいる?」

まだ、自分でも考えがまとまっていなかったのにそんなことを言ってしまった。

「えっ・・?」

「いや、そんな軽く言っていいことだとは思ってないんだよ。でも、リョウちゃんの気持ちが私に向いてるんなら、期間限定で引き受けてもいいかなと・・。」

「・・マキノ、今、大変な時なんでしょ・・」

「うん。もう、すごく大変。だけど。頑張ってるところをリョウちゃんに見てもらってもいいかなと思うし、手伝ってもらえるならもっといいけど。どうかな。いろいろやりたいことがあって今週一週間バイトのお休みもらったの。リョウちゃんにこのバタバタにつきあってもらってもいいかなって、今の今思いついた。ダメかな。おもてなしはできないけど、ずっと一緒にはいられるよ。」

「マキノ・・・」

「えと・・もちろんリョウちゃんが嫌だって言ったらなかったことでいいし、えらそうに言って何もしてやれないかもしれないけど。もうちょっとしたら電車がつくね。とにかく駅まで行ってくるわ。」

「わかった。じゃあ、どっちにしても、リョウちゃんの荷物は持って行くよ。」



駅前のバス停に行くと、少し寒そうに、リョウがちんまりと座っていた。

「リョウちゃん、こんにちは。」

「こんにちは。」

「サクラから連絡が入ったよ。絵を描いてくれたの?」

「うん。」

マキノから見たリョウは、サクラが言うほど、外界を閉ざしているようには見えなかった。

「自分で来ようと思ってバス待ってたの?」

「うん。」

「昨日ラングドシャ焼いたんだよ。食べにくる?」

「・・うん。」

来る前に、前もって連絡をするように言うべきなのだろうけれど、リョウがしたことを100%肯定してやりたかったので言わなかった。家まで連れて帰って昨日イズミさんと食べたラングドシャを出した。今日はホットのカフェオレを淹れた。

「・・おいしい。」

リョウは、カフェオレをひとくちすすっては、お菓子を口に運んだ。

「どんな絵かな?」

リョウは以前も背負っていたオレンジのリュックに刺さっていた筒を抜いて、それをさしだした。マキノはパコンとふたを開けて、まるめた絵を取り出して広げた。A4ぐらいの小さめの水彩画が2枚。1枚は桜の花。1枚は川の絵だった。

「きれい・・きれいだね。前に見たのを描いたの?」

「紀野川は、一度見ただけじゃ覚えられなかったから、ズルしてネットで見た。」

「・・ほう・・。」

絵の技術どうこうはよくわからないが、上手だ。構図のバランスも取れていると思う。繊細な細い線でこまかいところも丁寧に書き込んである。きっちりやさんだ。

でも、どちらの絵もどこか独特だ。木々や植物の緑も桜の淡いピンクも、川の流れの青も丁寧過ぎる気がした。さらっと流せない性格がうかがえる、そんな感じ。

「この絵も、絵のサイズも。この家にちょうどいい感じだね。どうもありがとう。飾らせてもらうよ。」

マキノは、絵をもう一度丁寧にまるめて筒の中にしまい込んだ。そして、さあて・・と、思っていたことを切りだしてみる。

「リョウちゃんさ、突然かもしんないけど、私から提案があるんだ。」

絵を渡したことで安心していたリョウが、すこしびくっとした。

「リョウちゃんって、ここが気に入ってる?だったら2~3日うちにお泊りしない?」

「・・・。」

「事情はサクラからちょっと聞いたけどさ、今私もいろいろ忙しいし細かいことは考えてないんだけど、リョウちゃんにつきあってもらえたらなって思って。」

しばらく待ってみたが、リョウはちょっとうつむきかげんのまま、返事をしない。

「あのね、来週ぐらいから工事が始まるから、その受け入れ準備やすることがいろいろあって、ちょうど来週の一週間、バイトのお休みをもらってるの。これだよ。」

マキノは、おしゃべりをしながら、先日やることリストを書きだしていたルーズリーフを出した。リョウはそのリストをしばらく見てから、あやしげな顔をした。

「このウィンナーづくりと、サツマイモ掘りって何?」

「ええとウィンナーは、前の会社にいたとき同僚たちと行ったブーブーファームでウィンナーづくりの体験をしたのを思い出して、材料と道具を取り寄せてたの。もうすぐ届くよ。ペンションで食べた手作りウィンナーがおいしすぎたから自宅でもできるかなと思って。」

届くのいつだっけ・・と注文書控えを確認すると2日後の火曜日になっていた。

「サツマイモ掘りは、・・私ね、農家さんと契約して1畝分のオーナーなの。もう十月だからいつでも掘れる。正直言ってこれ初めてだから、手伝って欲しいんだな。」

そう言うと、リョウがぴくりと眉毛を動かした。アンテナを動かしたように見えた。

「そうだ。リョウちゃんも設計士さんの図面見る?何か思いつくことがあったら言って。」

リョウはまただまって渡された図面を眺めた。その間に、マキノはすること一覧に「額を買う」の行を書き足した。

 

「もうちょっとしたらサクラが来ると思うから、とりあえずごはんを一緒に作ろっか?」

いつまでたってもリョウが黙っているのでマキノは声をかけた。うちにお泊りすることを嫌がっているようには思えないのだけれど、遠慮なのか、不安なのか、単に迷っているのか、自発的な言葉を待とうかなと迷ったが、リョウなりに何か考えているのだろう。追い詰めたくはなかったので話題を変えた。

リョウが顔を上げた。何を感じている表情かよくわからない。

「シチューは何がいい?クリーム・ビーフ・ポークビーンズ?ボルシチ?カレー?」

「クリームシチュー。」

マキノは、にっと笑って言った。

「じゃあ、にんじん切って。」

ピーラーとにんじんを持たせると、リョウが固まった。こんな簡単な皮むきを知らないとは。あまりお料理はしてないらしい。一度マキノが取り返して、最初のひと剥きふた剥きしゅんしゅんと皮をむく動作をやって見せた。

「OK?」と顔を見ると、リョウはこくりとうなずいた。

「皮を全部むいたら、包丁で乱切り・・は、わかんないかな。適当に、縦に切ってそれをまた縦に半分にして、2センチぐらいにたんたんたん。わからなかったら質問してね。」

 リョウがうなずいて、作業を始めるのを確認してから、マキノは豚肉のかたまりを角切りにして塩コショウをした。あまり煮込む時間がないので、お肉の厚さは薄めに。

「クリームシチューって、ビーフよりポークのほうがおいしいよね。」

マキノはリョウにときどき声をかける。玉ねぎとジャガイモの皮をむき適当に切り、リョウがにんじんを切り終えるのを見てフライパンを温める。

今度はターナーを持たせて「豚肉から行くよ。」と炒めるように促す。じゅわんっと、お肉をフライパンに放り込んだ。リョウはたどたどしくまぜ始めた。フライパンはマーブルコート加工だからきれいに焼けてこびりつかない。お肉の表面がこんがりと焼けたら深鍋に移して、次ににんじんを入れて、玉ねぎを入れて、最後にジャガイモを入れる。

マキノはリョウの鍋の隣にもう一度フライパンを乗せて、小麦粉をバターで炒め牛乳で少しずつのばしていった。リョウがそろりそろりと混ぜている深鍋に、ポットのお湯を材料がヒタヒタ浸かるぐらいまでいれて、ローリエと固形ブイヨンを入れフタを閉めた。

サラダは、紫キャベツ・パプリカのカラフルな野菜を少しずつ細かい千切りにして、レタスの上に乗せてホールコーンを散らした。ドレッシングはイタリアン風味だ。


「ごはんね、朝市で残ったしめじごはんがあるんだけど、それでもいい?」

「うん。」

もう一口何か欲しいなと思って、買い置きしてあった冷凍チキンスティックを揚げはじめたところで、サクラの車が到着した音が聞こえた。



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