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第16話 ささがきごぼう

 食材を買い物に行く前に、隣の町のホームセンターで、リョウちゃんのお布団を買った。敷き布団とパイルシーツ、それに肌布団とそのカバーそして枕とそのカバーも。母さんや万里子姉も来るかもしれないし、以前から買おうと思っていたものだ。


 買い物から帰ると夕方の4時だった。ゆっくり時間をかけて調理実習をするにはちょうど良い。まずお米を洗って炊飯器をセット。「洗米すぐ」のボタンがあるから便利だ。買ってきたものを片付けながら、まずは、リョウの希望のささがきのごぼうの指導をした。しかし、どうしてこんなことにこだわってるんだろう・・。

 シンクの中で水を流しながら包丁の背中でゴボウをこそげ土を落して、ボウルに水を張って、その上でシュッシュッシュとささがきの仕方を見せて、そのまま包丁とゴボウをリョウに持たせた。刃物を持っても危なっかしい様子はない。気のすむまですればいいよと放置している間に、マキノはほかの作業を進めていった。


 お湯を沸かして固形スープの素を入れて、豚ロースのスライスをくぐらせる。レタスをちぎった上に、豚肉が冷めてからその上に盛りつける。さっとくぐらせただけだからお肉は柔らかくて甘みがある。トップにカイワレ大根を飾り付ければ豚しゃぶサラダのできあがり。このサラダには胡麻のドレッシングが合うだろう。


 リョウちゃんは根気がよくて、買ってきたゴボウすべてをささがいてしまった。

マキノはゴボウのアクで黒くなった水を捨てて、リョウに菜箸を持たせた。

「私が適当にいろいろ入れていくから、リョウちゃんはこれかきまぜて炒めてて。」

フライパンを火にかけて中火にし、マキノは、ゴマ油をたらして、ささがいたゴボウを適当にじゅわんと放り込んだ。リョウはそのゴボウをそろそろとまぜ始めた。人参も少し入れ、砂糖と醤油と出汁の素を入れていく。やわらかめにしようと思って少し水も加えた。


「適当なんだね。」

そうなのだ。リョウの言うとおり、マキノの料理は大抵目分量だ。笑って取り繕う。

「味見するから、だいたいで大丈夫なんだよ。」

「・・・。」


柔らかくなって水分がとぶまで炒め煮にする。残った分はフリーザー用の袋に入れて冷凍だ。

マキノは、リョウが炒めていたきんぴらをひとつお箸でつまんで食べた。

「うん。よい感じ。」

一人でうなずいて、リョウの手にも同じように乗せた。

リョウも、もごもごとゴボウを咀嚼して「よいかんじ。」と笑った。

「これ、ちょっとアレンジしようか?」

マキノはもう一つのフライパンを出して、鶏ムネ肉のひき肉でそぼろを作り始めた。

「今度はこれ炒めてて。」

と、またリョウに炒め途中のターナーを持たせた。そしてさっきと同じように横からめんつゆの素と調味料を加えていった。少しつゆだくだ。同時進行で小松菜をさっとゆでてざくざくとと3cmぐらいに切った。さっきまで豚肉をしゃぶしゃぶしていたスープを、ペーパーフィルターで漉し、別鍋にとって乾燥ワカメを放り込む。ごま油を落して塩コショウで味を調えて簡単スープのできあがり。ちょうどごはんが焚きあがった。


 マキノは白いボウルのような丼にあつあつごはんをよそって、そぼろと、小松菜と、きんぴらごぼうをのせて、三色丼にした。丼とスープにいりごまを指でざりざりと軽くつぶしてふりかけた。ごぼうの甘辛味がごはんに合いそうだし、同時につゆだくのそぼろで、さらに甘辛味がしみんでいく。

「ごちそうだ。」

とリョウが喜んだ。

「いただきまーす。」と声二人は声をそろえて夕ご飯を食べはじめた。

ぽろろんぽろん。スマートフォンが鳴った。サクラからだ。

事故の件は問題なしとのこと。よかった。明日は夕方迎えに来るようだ。心配材料もなくなり気持ちよくご飯が食べられる。

「んー三色丼おいしいねぇ・・。この上に半熟玉子をのせてもいいね・・。豚シャブもいけるねぇ・・。リョウちゃんごぼうも上手に炒められたね。今度家でもやってみる?」

「・・・・・。」

マキノは一人で自画自賛しながら、リョウは黙々と。

それは、どちらにとっても、幸せな食事だった。



 夜は、お風呂も早々に済ませてから寝るまでの時間を、家の中を2人でくるくると歩き回ってTVもゲームもつけずに、この家をお店にするにはどう改装すればいいかを考えた。見取り図を描いたり思いついたことを書きこんだりして、2人は頭を突き合わせて過ごした。



 翌朝。リョウは一人で他人の家にお泊りしているというのに、また遅くまで寝ていた。

意外と神経が太いのかもしれない。初めてここに来た時も朝は遅かった。

さて、朝食は何にするかな。レタスは夜食べたし、キャベツの千切りにトマトときゅうり。ハムエッグでいいかな。梨があるから剥いておこう。リョウはたまご割ったことあるのかな。


8時半になったので、睡眠時間は充分。起こしてしまえ。

「リョウさん。起きましょう。」

「・・・?」

寝ぐせのまま這い出てきたリョウにシャワーを浴びるように声をかけると、のそのそと洗面所へと歩いていった。動けるところを見ると寝起きは思ったほど悪くない。

「朝ごはんは、パンがいいですか?ごはんがいいですか?」

とたずねたら、くるっと振り返って「パン!」という勢いのある答えが返ってきた。

「じゃあ、自分でやってごらんよ。」

「・・・うん。」

「パンはトースターに入れてダイヤル回すだけだけど。卵を割ったことある?」

「ある。」

プロの職人が作ったわけでも天然酵母使用でもないけれど、4枚切りの食パンがある。それをごくありふれたオーブントースターに入れてダイヤルを回す。フライパンを用意して油を引いて、ハムをぺんぺんと載せるところまでして、

「ひとつ目玉?ふたつ目玉?」と聞いた。

「1個で充分だよ。」と返ってきた。

マキノに卵を渡されて、リョウちゃんはじゅじゅんパチパチとハムが油ではじけるフライパンに、卵にコンコンとヒビを入れた。そして、じわっと割った。卵を割ったことが「ある。」とは言ったけど慣れていないようだ。

「うまいうまい。」

マキノはすぐに大匙2杯の水をそのフライパンに投入してフタを閉めた。フライパンのフタの中心はガラスになっていて中が見える。すぐに湯気がその窓をくもらせた。蒸気が水滴になり、ほどなくたまごの黄身の上がふわっと白くなってきたのが見えた。頃合いを見計らって火を止める。しばらくしてトースターもチンと鳴った。

「たまご、もう焼けたの?」

「予熱で火が通るし、たまごの中は半熟のほうがおいしいと思わない?中までしっかり固まったほうが好き?」

「中間ぐらいがいい。」

「じゃあ、もう少しフライパンのまま置いておけばちょうどいいよ。」

野菜を盛り付けたお皿に、今焼けたパンを並べて最後にフライパンから卵を移す。

「私はもう食べちゃったから。ゆっくり楽しんでおあがりなさいませ。あ、たまごには塩コショウでいいの?マヨネーズやウスターソースとかケチャップはいらない?」

「普通でいいよ。塩コショウで。」

「あら。しょうゆが普通の人もいるのに。」

「そんなの変。」

「世の中いろんな普通があるってことよ。」


リョウは食パンに普通のマーガリンを塗りながら、独り言をつぶやいていた。

「この上にたまご乗せてみようかな・・・黄身がたれるかな。」

マキノは、リョウが一人で食べている間に、布団を片付けて出かける用意を着々と始めた。いい機会だから、一緒に近所を回ろうと思ったのだ。

「リョウちゃん、食事終わったら、サクラが来るまでこの辺の観光案内をします。私もこっちに来てからゆっくり見て回ったことなくて、行ってみたいところがいっぱいあるんだよ。一緒に遊ぼう。」

リョウは黙ってうなずいた。


 時間がもったいないので移動はすべて車だ。

まずは近所の古い神社へ。自宅からは5分かからずに着いた。杉か桧のような背の高い針葉樹の林の中に谷があり透き通った水が流れていて、それを跨ぐように渡り廊下がかかっている。景色に溶け込んだような建物だ。看板の説明を読むと歴史で習ったような名前がいっぱい出てきた。

「社会は得意じゃない。」とその看板を睨みつけてリョウは言った。

「でもこれ、おもしろそうだよ。日本の歴史は知って損はない。ここで歴史の勉強すれば?」

「やだよ。」

「あっそう。そこは即答なんだね。」

「・・歴史はどうでもいいけど、この場所はいいと思う。」

「ふうん。あ、そうだきっとホタルがとぶよ。水が綺麗だし。ホタルの季節っていつかな。」

「・・ホタルも見たことない。」


リョウはぶっきらぼうだ。こちらからの働き掛けに対する反応も薄く見える。でも、言葉がでないときでも口元がゆるんだり呼吸が変わったり表情が変化したりするのだ。


神社の次は、近所の資料館にも行ってみた。ここも車で5分もかからない。マキノの家の一帯が遺跡だったらしくて、その資料館の中の展示物は、このあたりから発掘されたものだ。こんな田舎が栄えていたことがあったとは想像もきない。


次に、その資料館のそばの空き地で近隣のおばちゃんたちがやっている朝市にも、始めて顔を出した。お付き合いはほとんどしていなかったのに、マキノの顔は意外に知られているようで、おばちゃんたちがにぎやかに歓迎してくれた。


きゅうり、トマト、ジャガイモ、ピーマン、なすび・・みずみずしい野菜や、季節の果物など、自分たちの畑で採れたらしい野菜がいろいろと並んでいて、どれも格段にお安い。

「こんなにお安いなんて、もっと早く来ればよかった。」

おばちゃんたちに、お世辞ではなく本気でそう言った。あれもこれもと買い物をしていると、おばちゃん達が「みたらしも買ってちょうだいな。」とセールスしてきたので、それも2本買った。テントの中に置いてある縁台に腰かけて、できたてをいただく。


「毎週土・日にやってるから来てちょうだいね。ここで、あなたも商売してもいいのよ。」

「あ、興味あります。やってみたいです。みたらしも、おいしいですね。」

マキノが言うと、おいでおいで大歓迎と、おばちゃん達は大いに盛り上がった。


おばちゃん達には、これからもよろしくと挨拶をして、二人はお昼には一度家に戻った。


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