第13話 リョウ視点(2)
こんな時でも、まわりの人間の目が気になった。
じっとしていれば、じっとさえしていれば、自分がパニックを起こしていることを誰にも気づかれない。ドキドキしていることも、焦っていることも、表情を変えなければ、ばれたりしない。
電車が止まった。ようやく駅の名前はわかった。Y駅・・と書いてある。
路線図や時刻表をさがしたいが、キョロキョロしたりすると自分が迷子だとバレそうな気がした。
自分を好奇の目で見られているのではないかと思って、立ち止まることが怖かった。
そばにあった階段を一度上がって、ホームを歩いて、売店の横を通り過ぎ、その裏をぐるりと一周回ってまた階段を降りた。立ち止まれないから、仕方なしに。
だんだん怒りが込み上げてきた。
なぜこんなことをしているのか、自分が情けなくなってきた。
どうして立ち止まって、駅の構内図を探せないのか、何がそんなに怖いのか。
どうして。
どうして。どうして。
階段を下りたホームに、タイミングよく電車が入ってきた。
さっき乗っていた線だろうか、いや、同じホームなのか、反対側のホームなのか・・考える余裕のないまま人の波が押し寄せる圧力に押され、それに流されるように歩いた。
大勢の人の波に乗せられると、自分を含めて一糸乱れず全員が同じところへ向かわねばならないような錯覚をしそうになる。つられてその電車に乗った。
その電車はあまり時間もかからずに終点に着いてしまった。それまで行動を共にしていた乗客たちはバラバラになり、それぞれの改札へ向かって歩いてゆく。
と・・取り残される。また、どう行動するのか考えなければならない。
その時、見覚えのあるドラッグストアが見えた。これなら知っている。
少し安心して、そこでチョコバーを買った。
店から出てくると、今度はどちらの方向から来たのかもわからなくなった。
すべてが・・わからなくなった。
絶望だ。
でも、キョロキョロするのはダメ。
もちろん、立ち止まってもダメ。
じりりりとベルが鳴って、人の流れがまた出来上がってきた。
どうして今歩いているのか、よくわからなかった。
人々が構内を歩き、停まっている電車に乗り込み、当たり前のように座っていく。
それにならって自分も、また座った。
この世界で、ここに座っている自分は違和感がないかないだろうか。
うつむいて考えた。
・・・だいじょうぶなはず。
誰にも不振がられずに、行先を確かめるすべはないのか・・。
座って、しばらく身じろぎもせず考えていた。
電車が動き出した。
自分が今向かっている行先を知らないことも怖かったが、とにかく電車が動いている間に次の行動を考えなければいけない。
停まるのが怖かった。することもなく、ぽつんと放り出されるのが怖かった。
頭のしんが、しびれたようになってきた。
母さんのいる東京は、遠い・・。誰か・・誰か助けてくれる人は・・。
ハッ・・
そうだ。迎えに来てくれるはずの従姉のサクラに電話すればよかったんだ。
なんでそんなことに気がつかなかったんだろう・・。
私って、本当にバカだ・・。
ようやくまともな対処法を見つけた。
家を出る前に、母親がスマホに電話番号を登録してくれていたはずだ。
スマートフォンを取り出して、サクラの電話番号を検索した。あった・・。
でも、電車の中では電話はしちゃダメだ。
この電車は、いつ停まるのだろう。
少し安心して、そこで考えるのをやめた。
うつむいていると、しばらく、うとうとと眠ってしまった。
「発車までしばらくお待ちください。」というアナウンスが聞こえて目が覚めた。
リョウは顔をあげた。
駅の名前の看板が目の前に見えた。
そして、乗客がまばらになっていた。
電話しよう。
そこでようやくサクラに電話をかけた。
他の人に迷惑がかからないくらい、電車は空いていた。本当は、電車の中で電話をしちゃダメだということは知っているのだ。
降りると電車に置いていかれそうで不安だったから、電車の入り口で外に向かって立って小さい声で話した。
「今、M田っていう駅にいる・・。」
駅名を伝えると,サクラが何かうるさく言っていたが、何を言っているのかよくわからなかった。
「そのまま終点まで行くといいから。改札から出て待っててね!」
「うん。」
ふうん。わかった。
それなら、簡単だ・・。
終点まで駅を3つ通り越した。時間はあまりかからなかった。
電車のアナウンスが終点を告げて、扉が開いたままになった。
もうそこは人が少なくて、他の人と同じように一緒に降りた。
並んで改札を出ようとしたら、乗り越しているから精算してねと言われた。
やり方は駅員さんが一緒に来て全部教えてくれた。優しい声の人だった。
追加料金を払って、外に出た。
人があまりいなくて、ほっとする。
ベンチに腰かけて、どこかの駅で買ったチョコバーを食べた。
疲れた・・・。シャワー浴びたいよ。
そう思っていたら、女の人が自分の目の前に立って話しかけてきた。
「前村リョウちゃん?」
リョウはうなずいた。
「はい。」
うなずくだけじゃダメだと思って返事もした。
サクラの名前を言ってるから、確かにサクラから言われてきたのだろう。
電話してからそんなに時間も経っていないのにな・・とかすかに思った。
その女の人は、サクラに電話をかけた。電話口の向こうからサクラの賑やかな声が響いてくる。よく通る声だなぁ・・。
目の前の女の人が、私にごはんを食べてもらう・・・と言ってる。
知らない家に行くのも、他人が作ったものを食べるのも、なんだかいやだ。
「おなかは空いてないです・・」
「何か食べたの?」
「チョコバー。」
「前村リョウちゃん。」
「あ・・・はい。」
「ごはんは、ちゃんと食べたほうがいいですよ。チョコバーじゃなく。」
いやだ・・
愛想笑いができない。
この人、なぜわたしを見て、笑っているの・・
もう・・・考えるのやめよう。
どうせ、この人についていかなくちゃならないし。
言われるままに車に乗り、その人の家へと向かった。
マキノと名乗ったその人は、自分の家まで私を連れて来ると、カバンをおろすように言ったまま、わたしの世話を焼くでもなく自分のしていた作業を再開してしまった。
自分が今何をするべきなのか、どう言う立場なのか、考えることすら面倒だったから「その辺に荷物降ろせばいいよ」と言われたとおり、自分の足元にリュックをおろして、じっと立ったままマキノさんのしていることを眺めていた。
私より・・背は高いのに、その割に手が小さいように思う。
シャカシャカと小さな手が動いている。
ごぼうだ・・ゴボウを切っている。これがゴボウの匂い?・・土の匂いに似てる。嫌いじゃない。
ボウルの上でしゅっしゅっしゅ・・・。まな板を使っていない。
ゴボウが少しずつけずれて、えんぴつのようにとがっている。
母親の料理をするところなんて興味がなかったから、ゴボウのことなんて知らない。
こんな料理の仕方を見たのは初めてだった。
ゴボウの切れ端たちが水に浸かっていて、その水がだんだん黒くなっていく。
まるっこくて小さい手が、すばやく器用に動く。なんだかおもしろい。
そう思っていたら、マキノさんはこちらを見ないで話しかけてきた。
「おもしろい?」
「うん。」
返事をすると、マキノさんが不意に手を止めた。
そこで初めて、シャワーを勧められて、お風呂に案内された。
他人の家ですぐにくつろげるほど、自分は柔軟じゃない。
来てすぐに、無防備な裸になれと言われていたら、本心ではシャワーを浴びたいと思っていたとしても、たぶん「いいです。」・・って断っていると思う。
わたしがこの家の中の空気になじむ時間を測っていたんだろうか・・?
とにかく、熱いシャワーを浴びて汗を流すと、気分がよくなった。
さっきのお料理の続き、どうなったかな・・。
台所に戻ると、ちょっとの間に随分いろんなものができあがっていた。
素直に感心してしまう。速いなぁ・・・。
テレビをみるよりも、この人の動きのほうが楽しいな。
踊るようにくるくる動く。しゅしゅしゅ。たんたんたん。ぱっぱっ。かちゃかちゃかちゃ。
何品ものお料理が並んだ。
「リョウちゃん。ごはんです。」
「・・はい。」
ごはん・・好き嫌いがいろいろあるけれど、食べてみようと思った。
食べてみたら、おいしかった。
さっきのゴボウも。
冷たいお素麺も。
ツルンとしたなめこも。
サラダも。
おさしみも。
「おいしいです。」
と言ったら。
こぼれるような笑顔が返ってきた。
この人は・・なんてしあわせそうな顔をするんだろう。
ごはんのあと、マキノさんは、フルーツを忘れていたと言って、夏みかんの房をはずして剥いてくれた。剥いている匂いだけで、口の中がすっぱくなる。
「こんばんはー。ごめんくださーい。」
サクラの声だ。
来るなりマキノさんと、勢いよくしゃべりだす。いつもにぎやかな人だ。
そして、サクラもマキノさんの作る料理が好きなようだ。
食いしん坊だからわかる気はする。
サクラとマキノさんの話がおもしろかったから、少し離れて横で聞いていた。
居心地は悪くない。
でも、今日は緊張したから疲れた。
少し眠くなってきたな。おばさんちには、いつ向かうんだろう。
ぼーっとしていたら、いつの間にか泊まることになっていた。
なのに、まともなお布団がないことに唖然とした。
サクラはそれをおもしろがっている。
私にはちゃんとお布団を敷いてくれて、2人は座布団やバスタオルで寝るらしい。
仮設寝床の用意ができたら電気が消された。
隣にいるマキノさんが一番早く寝てしまった。
規則正しく、すーすーすー・・・・・。これは、あきらかに・・寝息だ。
さっきまでおしゃべりしていたのに、台風みたい?いやそんなに荒々しくはないけど。
「マキノさんて、変な人だね。」
と小声で言った。
本当は「変な人」だなんて思っていなかったけど、いろいろ、不思議な感じがしたから。
「でしょう?」
とサクラが言った。
そしてさもおかしそうに、うふふふふ と笑った。




