第93話 一度ジータに戻って
昨日色々話し合った結果、セレンを領主として街を回していくことになった。
ギルドで募集をかけて、街づくりを手伝う冒険者や移住を募るのもいいだろう。
もし、街がうまく機能するところまでできたら、ダムの街からの移住を考える予定だ。
「「いただきます」」
「はい。どうぞ」
今朝もマールの手作りの朝食を食べて、いつも通り食後の打ち合わせをしていた。
「今日は一度ジータに戻って、必要なもの揃えようか?」
「そうですね。私も租税関係を母と相談してきます」
クレイヒルド家とアールヒルド家の直轄地なので数年間の租税免除も相談するとのこと。
「先生。セリーヌちゃんのところ行ってから連絡しますからね」
「うん。お願い」
「浄化装置がいくらするか調べて欲しいんだけど。それとガラスのこともお願いね」
「わかりました。浄化装置はいつくか用意しておきます。ガラスも聞いておきますね」
「ヨールさんに説明するつもりだけど。セリーヌにね、領主としてのセレンをサポート出来ないかお願いしようと思ってるんだ」
「そうですね。それができるなら助かりますけど」
「まだこの街の敷地は広げる予定だから。この街だけで千人以上暮らせるようにするつもり。セレンだけでは手が回らなくなると思うんだ」
「先生。まじですか」
「はい。まじです」
マールは呆れるような、諦めたような顔になっていた。
それを見て、くすくす笑うセレン。
「マールはギルドへ依頼もお願いね」
「はい。先生」
三人は館を出ると馬車へ乗り込んだ。
「先生。もしかしたら馬車置いていったほうがよくないですか? 万が一魔獣が出るかもしれないことを考えたら」
「そうだね。次はセレンの馬車を持ってくることにしようか」
「はい。そうしましょう。必要なものは私の馬車に積んでおきますので」
馬車からいそいそと降りると伊織は彼女たちの肩へ手をやり、魔法を起動する。
ヴンッ
一瞬目の前がブレたかと思うと、ネード商会の搬入口へ着いてしまう。
「よしっと。連絡は例の方法でお願いね。じゃ、解散ってことで」
「「はい」」
伊織は思うことがあって、ナタリアの店に向かった。
徒歩でもそれほどの距離はないのですぐに着く。
「おはようございます。ナタリアさんいますか?」
工房の奥から音が聞こえる。
ガラガラガラ!
何かを崩したような大きな音と共に、ドアが開いた。
バンッ
「イオリ君かい?」
「はい。ご無沙汰してます」
「どうしたんだい、その髪は」
「色々ありまして、目立たないようにと」
伊織は今街づくりをしていることをナタリアに掻い摘んで説明する。
「──という感じなんです。ナタリアさんは失礼ですがお一人ですよね?」
「あぁ、そうだけど」
「鉄の加工などの相談に乗ってもらえれば助かります。それと……」
「それはいいんだけど。他にもあるのかい?」
「移住しませんか?」
ナタリアはもちろん驚いた。
「ここだけの話なんですが。実は、南の方に手つかずの鉱山を見つけたんです。多分鉄もあると思います」
「……それは面白い話だね」
「それにもしかしたらなんですが、亡くなった旦那さんはあの村の南にあたりの出身ではないでしょうか?」
「あぁ、そう聞いていたけどね」
「その滅んでしまった村も、いずれ街として作り直す予定です。二つの村の遺骨などはどうにもなりませんでしたが、今作っている街の外れにあった墓地を綺麗にしました。そこで亡くなった方々の魂だけでも弔うことができればと……」
ナタリアはまた驚く。
「イオリ君。なぜ君はそこまでするんだい?」
「これは俺の自己満足でしかありません。あの村を管轄していた貴族に対しての腹立たしさもあったと思いますが。こうすることで俺が納得できるから、ですね」
「そうなのかい。ありがとう。イオリ君には話してなかったけれどね。ヨールは私の亡くなった旦那の弟なんだよ。血縁はないけれど、セリーヌは私の姪にあたるんだ。襲われたかもしれないという姪は彼女のことだったんだよ。悪いんだけどこれからちょっと付き合ってくれるかい?」
伊織は無言で頷くとナタリアについてビスクドールズへ向かった。
ナタリアは娼館のドアを叩いた。
コンコン……
「戻っているんだろう? 私だよ」
小窓が開く。
ヨールの目が驚いたように見える。
バンッ
「ナタリアさん。どうしたんだい?」
「ヨールさん。話は全部イオリ君から聞いたよ。ちょっと話があるんだけど、いいかい?」
「えぇ、入ってください。イオリ様……ですよね。昨日戻ってきました。その節は本当にありがとうございます」
『先生。セリーヌちゃん戻ってました』
「──って、目の前にいるじゃないですか?」
奥からマールの声が聞こえてきた。
「あれ? イオリさん、髪の色」
「色々あってね……」
その問いには、照れ笑いをする伊織。
その後すぐに、セリーヌ、ヨール、マール、ナタリアを交えてヨールの私室で話をすることになった。
「聞いていると思いますが。ナタリアさんは私の兄の奥さんだったんです。このことはナタリアさんから口止めされていまして……」
なんとなく察した伊織はあえてその部分には突っ込むことはしなかった。
「ごめんなさいね、セリーヌ。私は叔母だったんだよ」
「えっ」
「血縁がなかったのと、まだ私が旦那のことを吹っ切れていなかったこともあってね……」
伊織はヨールに向き直る。
「ヨールさんにご相談があります」
「はい。どのようなことでも」
「今、セリーヌが住んでいた村を新しい街に作り変えています。セレンを領主として運営していくつもりです。そこで、セリーヌをセレンの補佐をしてもらいたく、お願いにきました」
「はい。セリーヌが行きたいというのであれば」
「俺はこれから忙しくなります。セリーヌに寂しい思いをさせることになってしまうかもしれません。ですが、セレンと一緒であれば俺の情報も逐一入ることになります。そして、彼女に新しい街を見せてあげたいんです。野ざらしになっていた墓地も綺麗にしました。それも見せてあげたくて」
セリーヌが伊織を見て、涙を溜めながら。
「……またあの村に住めるんですね。お父さんお願いします。私、一緒に行ってもいいですか?」
「あぁ、いっておいで。イオリ様、セリーヌをよろしくお願いします」
ヨールが伊織に頭を下げる。
「ヨールさん、頭上げてください。俺からもよろしくお願いします。できるだけ目の届くところにいて欲しいんです」
「ヨールさん。このイオリ君は私も認めてるんだよ。初めて見たときは危なっかしかったけど、いい子になったと思う。私もいずれイオリ君が作った街へ移住しようと思ってるんだよ」
「そうですか。私もいずれ、店の子たちを正業に就かせたいと思っています。そのときは私も皆と一緒に移住を考えましょうかね」
マールがこそっと伊織に言ってくる。
「なんか、凄いことになっちゃいましたね」
「そうだね」
読んでいただいてありがとうございます。




