第90話 新しい街のイメージ
墓地の整備が終わった伊織は、一度テントを回収する。
馬車の近くに戻った伊織はすぐそばにテントを再び出した。
思ったよりも墓地の整備に時間がかかったので、もう夕方になっている。
料理をマールに任せると伊織は思っていたことを実行に移す。
テントに近いところにしゃがみ込み、両手をついて魔力を流した。
周りを一度整地して腰位の深さで穴を掘っていく。
掘った残りの土で四方に衝立を作る。
衝立で囲った場所は一段低くしておく。
足元と掘った穴を固着させて、水が浸みないように魔力を流していく。
そう、造った物とは露天風呂みたいなものだった。
大気中から水を集め、風呂桶に見立てた穴に集めていく。
水がいっぱいに溜まると手を突っ込んで温度を上げていく。
人一人通れる部分を衝立から開けると、そこにシーツでカーテンのように入口を作っていく。
簡易的ではあるが、これで風呂ができた。
多少冷めてもマールが温度調整できるだろう。
一仕事終えた伊織はテントに戻った。
「お帰りなさい。イオリさん」
マールは気持ちを切り替えたのか、先生とは呼ばない。
「イオリさん。そとで何をされてたんですか?」
「見たらわかるけどね。風呂を作ってたんだよ」
「えっ。お風呂ですか?」
マールが料理をテーブルに並べながら驚いた感じに聞いてくる。
「うん。明日には壊しちゃうけどね。とりあえず今晩使うには十分だと思うよ。夕食後に入ってくるといいよ」
「ありがとうございます。まさかお風呂に入れるなんて思ってませんでした」
「これも地魔法の訓練だと思ってね。風呂に浸かった方が疲れが取れるはずだよ」
伊織は椅子に座るとマールから水をもらって飲んだ。
今日のマールが作った晩ごはんもなかなかのものだった。
伊織はベッドに身体を投げ出し、テントの屋根を見ている。
結局墓地の整備も伊織の自己満足のようなものだ。
伊織のいないときの事件とはいえ、あのままにしておくのは嫌だった。
街が綺麗になったとしても、墓地があの状態では誰も近寄らなくなってしまうだろう。
だからここに来たら、まずやらなければならないことだと思っていた。
伊織は身体を起してテーブルについた。
セレンから受け取ったネード商会の見取り図を広げる。
それは日本でいうところの間取り図のようなものだった。
ネード商会の建物は三階建てだ。
伊織の記憶であれば、天井の高さは一階が約三メートル。
二階が二メートルくらいだった。
間取り図を見ながら立体的な構造をイメージしていく。
余った砂をテーブルの上に置いて、ワンフロアづつ構築していく。
砂に手を当てて魔力を流す。
すると、イメージ通りの間取りになっていく。
それを三フロア分作ってみた。
手のひらの倍くらいのミニチュアネード商会の出来上がり。
それを見ながら更にイメージを高めていく。
階段、トイレ、バスルームなどを細かく作り込んでいく。
納得のいくものが仕上がったとき、二人が風呂から帰ってきた。
「イオリさん。ありがとね。お風呂気持ちよかったー」
「まさかお風呂に入れるとは……ってそれなんですか?」
「あ、これ。見たことあるような?」
「お帰り。そうだね、ちょっと試しに作ってみたんだ」
マールとセレンが椅子に座る。
まじまじとミニチュアを見ながら感嘆のため息を漏らす。
「うわー凄いですね。姉さん、これネード商会ですよ。見取り図そっくりですよ」
「私もここまで精密なものは見たことないですね。これって魔法で作ったんですか?」
「うん。基礎の砂が残ってたから明日の練習にね」
伊織は立ち上がって二人を見る。
「じゃ、俺も風呂入ってくるわ。湯冷めしないようにしてね」
ザブン……
「ふーっ。こりゃ気持ちいいわ」
マールが温度調整をしてくれたのだろう。
まだ熱いままのお湯に入れた伊織は、疲れがとれていく感じを味わう。
さっき作った建物のミニチュア模型。
あのイメージであれば、一気に作ってしまうことも可能だろう。
あとは慣れの問題だと思っていた。
風呂から上がると、お湯を森の方に転移させてみる。
瞬間的にお湯がなくなった。
「お、出来るもんだな」
あとは風呂を解体し、整地してしまう。
テントに戻ると彼女たちは楽しそうにミニチュアを見ていた。
「お帰りなさい。イオリさん」
「お帰り。イオリさん」
「はい。ただいま」
そのあとは寝るまでにジータの街では上水と下水がどうなっているかなど。
新しい街では、道をどのように位置づけるかなど。
そんな話をしながら夜が更けていった。
翌朝、朝食を済まして一息ついていた三人。
中央に広場を作り、その一角にネード商会を建てることに決めた。
街に入る場所からメインストリートを伸ばし、その先に中央広場を作る。
まずはそこから始めることにした。
馬車とテントを墓地前に移動させて、伊織は一気に町全体を整地してしまう。
そして、やりすぎて気絶してしまった。
「……あれ? 俺やっちゃった?」
「はい。駄目ですよ、最初から無理したら」
セレンの膝で目を覚ました伊織に、彼の額の汗を拭いていたマールに怒られる。
さすがにこの街全体を一度に整地するほどの魔力は使い過ぎだったようだ。
だが、綺麗に何もない状態になっていた。
「それにしても、魔法って凄いんですね。もう圧巻でしたよ」
伊織の後ろからセレンの声が聞こえてくる。
そのあと、伊織は何度か倒れながらも、セレンから見せてもらったジータの街の下水構造を真似て道の両側にそれを作り、メインストリートを作り終える。
近くに川が流れているので下水はある程度魔法で浄化してから流すことにした。
そのあたりは魔石による装置が発達しているようで、伊織が考える必要はなかった。
水を流しながら勾配を切り、川へ繋げる部分も出来上がる。
昼までにメインストリートと中央広場の道の表面を固着させることが出来た。
全ては伊織の桁外れな魔力量によるものだったが、彼女たちの助言も助かる場面が多い。
貴族令嬢の知識量の多さに驚いた伊織だった。
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