第86話 一度ダムの街へ
あれから二日が経ち。
小麦が集まったとセレンから連絡が入った。
その間にブラックボアを二十匹ほど伊織とマールとで狩り終わっていた。
それは全て換金が終わっている。
新たに二匹だけ狩ってストレージに格納してある。
転移魔法についても、伊織はできるだけ繰り返し使うことでかなりのレベルアップをしていた。
伊織とマールはネード商会へ向かうことにする。
もちろん今回は歩いて行くことに。
二日前、セレンを驚かせて怒られたからだった。
正面からではなく直接搬入口へ向かった。
「おはようございます。イオリさん」
セレンに呼び止められた。
声の方を向くと、そこには途方もない数の麻袋が積まれていた。
「おはようございます。これ、全部ですか?」
「は、はい。すみません……」
「おはようございます。セレン姉さん、ミルラちゃん」
「おはよー、マールちゃん。お兄ちゃんもおはよ」
セレンにギルドカードを渡す伊織。
「とにかく、これで精算しちゃってください。もちろん商会が損をするようなことはありませんね?」
「はい、大丈夫です。ご心配かけてすみません。では金貨200枚丁度いただきますね」
「お願いします。じゃ、これ格納始めちゃいますね」
伊織は片っ端から格納を始めた。
それから一時間ほど経っただろうか。
やっとのことで全ての袋を格納し終わる。
「ふぅ。これは疲れるね。じゃ、お昼食べたらさっそくダムの街に行きますか」
「えっ。今からですか?」
「そうですね、そんなに時間はかからないと思いますよ。荷下ろしを入れても夕方には戻れるかと」
「えぇえええっ」
ひたすら驚くセレン。
マールはそのやり取りを笑いながら見ていた。
ミルラには何が起こってるのか解かっていなかった。
それから簡単な昼食を済ませると、セレンが用意した馬車へ乗り込む三人。
「ミルラちゃん。遅くなる前には帰れると思うからセレンを借りるね」
「うん、いってらっしゃいお兄ちゃん。マールちゃん、お兄ちゃんとお姉ちゃんをお願いね」
「うん、任せてー。いってくるね」
城門に近づくといつもの様にアレンが出迎える。
「セレン様これからお出かけですか?」
「えぇ、今回は遅くはならない予定になってます」
「はい。ではいってらっしゃいませ」
ある程度進み、城門が見えなくなった辺り。
「マールちょっと止めてくれる」
「はい」
伊織は可視範囲内の転移をしてみるつもりだった。
「じゃ、いくね」
「はい。シノ先生」
「……?」
一瞬景色がぶれるがセレンには気付くほどではなかった。
ヴンッ……
「よし。馬車ごといけるのはわかった。じゃ一気にいくよ」
「はい」
「……えっ?」
ヴンッ……
あっという間に国境が遠くに見える位置まで来てしまった。
「あ、シノ先生。国境らしきものが見えてきましたね」
「うん。予定通りだけど、ちょっと疲れたわ。少し後ろで横になるね」
伊織は客室部分へ下がると横になった。
「はい、ゆっくり休んでください。ではセレン姉さん、出国の手続きお願いしますね」
御者席へ入れ替わりに座ったセレン。
「えっ。ちょっと待って、ここって」
「はい。国境近い場所ですよ」
マールは国境へ馬車を進めながらそう答える。
セレンの反応は当たり前だろう。
前に四日かけて着いた場所を一瞬で進んでしまったのだから。
「もう考えるのはやめます。シノ先生のことですから一々驚いていたら大変ですからね」
「そうですね、私も諦めます」
そこはマールも同意のようだ。
「……酷いいいようだね」
出国手続きを終えて、この間野営した場所へ馬車を進める。
「シノ先生。この辺りでいいですね?」
「うん。じゃ、もう一回いくよ」
ヴンッ……
また一瞬景色がぶれると、今度は遠くにダムの街が見える辺りに出た。
これで一週間かかる行程を一時間経たずに移動してしまったことになる。
その代わり、伊織の疲労はそれなりのものであった。
「もう一回休むね。小麦を出すときに起こしてくれると助かるわ」
「はい。交渉が終わったら起こしますね」
セレンは後ろを向いて答えた。
「シノ先生。起きてください」
マールは伊織をゆすっている。
「……ん。あ、寝ちゃってたのか」
「シノ先生。価格はどうしましょうとのことですね」
セレンがそう言ってきた。
「えっと。税率が上がった分を値下げしたくらいでいいんじゃないかな」
「わかりました。それでですね、小麦を下ろしたいんですけど」
「おっけ」
マールは馬車を商店の搬入口へつけた。
「セレンさん。荷物はどこに降ろせばいいのかな?」
「はい、この奥が穀物の倉庫になっているそうです。そちらへお願いしますね」
伊織たちは奥の穀物倉庫へ着いた。
「どれくらい降ろせばいいかな。とりあえず半分出してみるか」
伊織は小麦の入った麻袋を山積みにしていく。
五つ積んだら横へ。
あっという間に穀物倉庫が埋まっていく。
「ありゃ、半分出す前に埋まっちゃったんだけど……これをこっちに置いて、マール」
「はい」
「ここの開いたとこにブラックボア置いちゃってくれる?」
「はい、ここでいいんですね」
麻袋の隙間にブラックボア二体を置いていく。
「これでしばらくは持つかな? セレンさんこれはサービスだって言ってね」
ブラックボアを指さして説明する伊織。
「わかりました。仕入れ分は売れてからの回収でいいんですか?」
「それでもいいけど、値段はさっき言った通りにするように約束させてね」
「はい」
「じゃ、馬車で待ってようかマール」
「はい。シノ先生」
セレンが戻ってきた。
「どうだった? とりあえずどれくらい持ちそうかな?」
「はい。一月は持ちそうだと言ってましたね」
「よし。その間にこっちを何とかしちゃおうか。マール馬車出してくれる?」
「じゃ、戻りましょう」
馬車で街から出ると、少し行ったところで止める。
「一気に国境まで行くからね」
「はい」
「えっ」
ヴンッ
「おし、セレン。言い訳は適当にお願いします」
短めにやり取りを行うと戻ってきたセレン。
「もう、誤魔化すなんて初めてでしたよ……シノさんのためにやってるんですから。感謝してくださいよね」
「ありがと。すっごく助かるよ」
「さ、いきましょ。セレン姉さんも早く乗ってください」
「はい。いいわよ」
国境を抜けて暫く行くと、また馬車を止める。
「今日最後の一仕事だね。よしっと」
ヴンッ
一瞬で城門が遠くに見える場所へ転移する。
「さすがに疲れたわ。あとよろしくね、マール」
「はい。イオリ先生は寝てていいですからね」
自国に着いたからだろうか、シノからイオリに呼び方が変わっていた。
「ありがと」
伊織が寝てしまってから気が付いた二人。
「セレン姉さん」
「なに? マールちゃん」
「本当に夕方までに戻ってきちゃいましたね……」
「そうね……」
二人は御者席でお互いの苦笑した顔を見ながら、伊織の桁外れな部分に呆れるのであった。
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