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第85話 特訓というじゃれ合いと希望的観測

 コンコン……

『イオリ先生。私です』

 マールが伊織に話しかけた。

 鍵を開ける部屋に入ってくるマール。

「この魔法便利ですよねー」

「何もドア越しなんだから普通に話せばいいのに」

「覚えたてのは使いたくなるのが魔法使いの性なんですよー」

 彼女は靴を脱ぎ、ソファに座ると伊織が用意したジュースを半分くらい一気に飲み干した。

 そしてマールは伊織の胸に飛び込んでくる。

「こらこら」

「だって、ずっとセレン姉さんがいたじゃないですか? 甘えるの遠慮してたんですよぉ」

 伊織の胸に頭をぐりぐりとこすりつけてくるマール。

 ふと伊織は思った。

 セレンは孤高の狼。

 ミルラは子狐。

 セリーヌはラブラドールのような犬。

 そしてマールは猫。

 というよりネコ科の大型の猛獣、虎のようにも思えた。

 彼女の頭を撫でていると目を閉じてさらに身体を寄せてくる。

「ほら、甘えてくれるのは俺としても嬉しいけどさ」

 そう言うと伊織はベッドへマールを転移させる。

 ヴンッ

 目の前からマールがいなくなる。

 バンッ

「な、なんてことするんですかぁ!」

 寝室のドアが開き、マールはちょっと驚いた状態で文句を言ってくる。

「ごめんごめん。成功したみたいだね。他人も転移できる、と」

 マールが伊織の隣にまた座る。

「あらかじめ言ってくれないと心の準備が──」

 ヴンッ

 瞬間、マールの前から伊織が消える。

 彼女は慌てて寝室へ走った。

 伊織をみつけると、ベッドへ飛び込んでくる。

 それを見越してまたソファへ。

 ヴンッ

 ボフン

「あ、いない。って逃げるなぁ!」

 ベッドから飛び起き、リビングへ走るマール。

「あははは。こりゃ慣れると早いわ」

 耳障りな音は残るが問題なく転移できているようだ。

 肩で息をしながらやっとのことで伊織をつかまえたマール。

「はぁはぁ……もう勘弁してください。疲れましたよ」

「ごめんね。あ、そうだ。中空へ魔法陣を描く方法を教えてくれるかな?」

「はい。簡単ですよ。魔力をこうですね……」

 伊織はコツを教わるとあっさりできてしまった。

「なるほどね。これなら誤魔化せると思う。ありがとね」

「いいえ。これくらいイオリ先生に教わっていることに比べたら。でも、これからが大変ですよ」

「何がかな?」

「だって、この国で唯一の転移魔法の使い手になっちゃったじゃないですか」

「……でもさ、魔力の量が足りないから今まで誰も起動できなかっただけだったからね。効率のいい魔力量の増加方法も伝わってないんだろうね」

「そうですね。私も今少しづつですけど増えてるところですから。学校でもそんな授業なかったですからね。あと、転移先はあまり目の触れない場所にしないと駄目ですよ」

「ん。気を付けるわ」

 そのあと、夕方まではマールが書き写してきた魔法陣の詳細を教えてもらっていた。

「そういえばさ、この頭の中で話す魔法って何ていうんだっけ?」

「一応、思考話というらしいですね」

「そか。その思考話ってさ、微量しか魔力を持たない人でも使えそうかな?」

「んー。ある程度気絶を繰り返して底上げしてるセレン姉さんくらいであれば……」

「生活魔法レベルではないってことだね」

「はい。そこまで簡単ではないかもですね」

 地魔法については、家の構造と建材にあたる部分をうまくイメージできれば解決しそうな気がしてきた。

 転移魔法はレベルをいかに短時間に上げるかにかかってきそうだ。

 レベルによって質量、距離がストレージと同じ意味合いで変わるだろうと予想はできているのだ。

 あとは距離や人数によって消費魔力がどれだけ変わってくるかさえ解かればいいと思っている。

 ひたすら特訓あるのみ。

「ところで、マールはその転移魔法陣は起動できないのかな?」

「やってみますね」

 転移魔法陣に手を当て、魔力を流してみる彼女。

「んー。足りないみたいですね」

「そか。無理しないでいいよ。俺がなんとかするから」

「はい」

 一度行ったことのある場所であれば、イメージするのは容易いはずだ。


 夕方になって、マールと伊織は靴を履き家の鍵をかけた。

 伊織はマールに触り、ネード商会の搬入口をイメージして転移を試みる。

 ヴンッ

「おっ」

 目の前の景色が一瞬で変わった。

「あっ」

 次に二人の目に入ったのはネード商会の搬入口だった。

「おー。やればできるもんだ」

 そして二人の目の前には、口をパクパクとして驚いているセレンの姿があった。

「イオリ先生。ごめんなさいは?」

 伊織はセレンに向けて頭を下げた。

「ごめんなさい……」


 それからちょっと経って、今はネード商会の二階にあるリビングに集まっていた。

 ミルラがお茶をいれてくれている。

「まったく、驚かせないでくださいよねっ」

 プンプンと怒っているセレン。

 平謝りしている伊織。

「すみませんでした」

「お兄ちゃん、もうお姉ちゃんのお尻に敷かれてるのかなぁ?」

「ミルラ!」

「あははは」

「そうですね。私は知ってたので驚きませんでしたけど。イオリ先生はちょっと反省した方がいいかもしれないですね」

「まったくもって、すみません」

 お茶をいれ終わったミルラが席に座る。

「それはさて置きですね。穀物なんですが、必要数が三日くらいで集まりそうですね」

「それは助かります。早くダムの街に行かないとまずいですから。あと、どれくらいの量になるんでしょう」

「えっとですね。製粉される前の小麦を金貨二〇〇枚分買い付けができましたから……」

「かなりの量ですね」

「そうですね。馬車十数台分になるかと思います。本当によろしかったんですか?」

「えぇ、構いません。到着次第かかった費用はその場で精算しますので。ストレージに全て突っ込む予定です。あとは、マール」

「はい」

「ボアを数匹狩っておこうか」

「そうですね」

「あ、それと。セレン」

「はい……」

 セレンと呼ばれたことで少し恥ずかしくなる彼女だった。

「ダムの街の人口はどれくらいになるのかな?」

「そうですね。確か、三〇〇人くらいだったかと」

「そっか。それなら国境まで送って、それから馬車数台に分けていけば……」

 ぶつぶつ勘定を始める伊織。

「あとは、まだ仮定の話なんだけど。セレンとマールに新しい街の運営を任せたいんだけど。俺はそういうのは疎くて駄目だから」

 それはそうだろう。

 あの村の跡地を使ってもいいと許可が下りていないからであった。

 そうなるといいという希望的観測で話をしている三人。

「マールちゃんはイオリさんについていてもらわないと駄目ですから。私がなんとかします」

 そうセレンは胸を張って言いきった。

「あと、セレンは一般的な商店や家の見取り図があれば用意してほしいんだけど」

「はい、急いで用意します。それとですね。私の母とマールちゃんのお母さまが私の実家にいて。なにやらとても楽しそうに今後の話をしていたんですよ。それが凄く怖くて……」

 伊織とマールは苦笑するしかなかった。

 そこでミルラが口を開いてくる。

「お姉ちゃんからある程度のことは聞いているんですけど。またとんでもないことをするんですね」

「俺の自己満足だから、巻き込んで済まないと思ってるんだ。ミルラちゃんもごめんね」

「いえ、いいんです。お兄ちゃんのやることですから、協力するのは当たり前じゃないですか」

 笑顔でそう答えるミルラ。

「ダムの街にも騎士爵クラスの街治めている人がいるだろうから、それをどうやって丸め込むかだな」

「その辺は私が手を打っておきますね」

 セレンは得意そうにそう言った。

「ありがとう。あとはマールとセレンのお母さんたちの吉報を待つだけだね」

「そうですね。きっとなんとかしちゃうと思いますよ」

「えぇ、母たちならごり押しでどうにでもできるような気がします……」

 アールヒルド家とクレイヒルド家が協力して事に当たるのだ。

 それも楽しそうに動いている両家の第一婦人二人である。

 誰にも止められないのだろう。


読んでいただいてありがとうございます。

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