第82話 夢物語を実行に移す準備
多少疲れがたまるかもしれないが、野営を極力しないで伊織は昼夜ぶっ通しで馬車を走らせた。
馬の足腰に溜まる疲労の蓄積を治癒魔法で和らげながら、休憩を挟みつつちょっとだけ無理をしてもらう。
そうこうしながら、五日ほどでパームヒルドまで戻ってきた三人。
「二人とも無理させてすまなかったね」
「いえ、事の重大性を考えたら、疲れるなんていえませんよ」
「シノ先生の為なら多少の無理くらいは大丈夫です」
伊織を慕ってくれる二人に感謝してもしきれない気持ちになる。
早速二手に分かれて行動を始める。
セレンは穀物の手配と例の話を。
伊織とマールは彼女の実家へ向かった。
フレスコットの勤める店まで行き、事情を話して馬車を出してもらう。
「わかりましたお嬢様。そういう話であれば、私も協力させていただきます」
二つ返事で動いてくれるフレスコット。
二人を馬車に乗せ、マールの実家へと連れていってくれる。
クレイヒルド家の屋敷につくと、前に招かれた部屋へと案内される。
マールと伊織はお茶を飲みながら待っていると、コゼットがやってきたようだ。
伊織は立ち上がり、彼女に一礼をする。
「この度は急な面会に応えていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、いいのよ。家族みたいなものなんですから。さぁ、座ってくださいな」
笑顔で迎えてくれたコゼット。
「イオリさん、いつの間にか私たちと同じような髪になったんですね、とても似合ってますよ。マールもしっかりイオリさんを捕まえてるみたいね」
マールは顔を赤くしながらもコゼットへ話しかける。
「はい、お母さん。今日はイオリさんと一緒にお願いにきたんです」
「まぁ、なんでしょうね」
伊織は真剣な眼差しでコゼットを見た。
「お願いというのはですね、ある計画を立てていまして」
伊織は彼女にダムの街で起きていることを細かく説明をした。
「──ということがありました。それであの村の跡地を譲ってもらえないかと思いまして、お願いにあがったわけです」
「お母さん、私からもお願いします」
伊織とマールは立ち上がり、コゼットに深く頭を下げた。
「貧困にあえいでいる人々の救済と、フレイヤードの国力を削る計画ですか。悪くないわね」
「ではご協力いただけるということでしょうか?」
伊織は頭を上げて、コゼットの顔を再び見る。
「条件があるわね」
「お母さん、そんな意地悪しないで」
「いいえ、これは大事なことなのよマール」
毅然とした態度をとるコゼット。
国の運営にかかわることだということは伊織にも分かっている。
真剣な目つきから一転、何か企んでいるいたずらっ子のような目に変わるコゼット。
「私をお母さんって呼んでくれるなら協力してもいいわよ」
「へっ(えっ)……」
伊織とマールはその場で固まってしまった。
「だって、こんな可愛くてカッコいい男の子にお母さんって呼ばれたいじゃないの。将来そうなることは分かっていても、待ちきれないじゃない」
「はい。お、お義母さんお願いします」
伊織はあくまでも義理という意味だが、コゼットにはそのままの意味に聞こえたのだろう。
発音は同じなのだから。
その瞬間、コゼットは自分の身体を両手で抱きしめて歓喜の震えに喜びを感じている。
「あぁ。たまらないわね、ぞくぞくしちゃう。凄く嬉しいわ。うん、お母さん頑張っちゃうから、期待して待っててね」
伊織たちにウィンクをすると、走ってこの部屋を出ていくコゼット。
ぽかーんとした顔で唖然としている二人だった。
はっとした表情に戻るマール。
「イオリさん。あのお母さんの状態、必ずやっちゃうかもです……」
「えっ」
「あのようになったら、誰にも止められません。諦めましょう」
マールはやれやれといった仕草で呆れた顔をしていた。
伊織はわけが分からなかった。
二人は屋敷を出るとフレスコットに乗せられて王城近くにあるファリルの研究室へと向かった。
マールに聞いた話では、宮廷魔術師は個人に研究室が与えられるのだと。
それ程長い距離ではなかったので、すぐに馬車が止まる。
すると小さな白い建物が目に入った。
小さいという表現はおかしいのかもしれないが、クレイヒルド家の屋敷に比べたらという意味であった。
日本の一戸建ての数倍の大きさはある白壁の屋敷で、決して古い感じのするものではない。
馬車を降りると、フレスコットが玄関ドアのドアノッカーを叩いた。
コンコン……
しばらくすると、ドアが開く。
そこには笑顔で迎えるファリルの姿があった。
「あらいらっしゃい。フレスじゃないのもう帰って来たの? あら、マールちゃんにイオリ君もいるのね。入ってちょうだい」
「はい、お邪魔します。ファリル叔母さま」
「お邪魔します」
「……」
無言で二人のあとをついてくるフレスコット。
通された場所は居間なのだろうか。
「さぁ、座ってちょうだい。フレスはね、仕事が終わるとここで私の世話をしてくれているのよ。フレス、お茶をお願いできるかしら?」
「はい、かしこまりました」
「んもう、相変わらず固いわね。もっと気楽にしてくれていいと言ってるのに」
「いえ、仕事ですので」
そう言ったフレスの顔は少し嬉しそうだった。
「あの子も素直じゃないのよね。さて、どんなお話しでしょう?」
伊織は背筋を伸ばし、ファリルを見て頭を下げる。
「お願いがあってきました。転移系の魔法陣を見せてもらいたいのと、地魔法の活用について詳しく教えてもらいたいと思いまして」
ファリルは少し困った顔をする。
伊織とマールの顔を交互に見ると、一度ため息をついた。
「二人が来る前にね、姉さんが来たのね。それも嬉しそうな顔をして。詳しくは聞かなかったけど、あれは誰も止められない状態だって分かったわ。またとんでもないことを考えているのね?」
「はい。実は──」
伊織はコゼットに話した内容を余すことなく説明した。
姉妹だからだろうか、ファリルの目も爛々と輝いてきている。
「なんでそんな面白そうなことに私も呼んでくれないのよ!」
「すみません叔母様。何分急なことでしたから……」
「あら、マールちゃん。私を先生って呼ばないのね?」
「はい、私、イオリさんに弟子入りしたので。先生はイオリさんだけなんです」
「あらら。マールちゃんも化け物と呼ばれたいのね……」
伊織はその言い方には否定できないので、苦笑しながら聞くしかできなかった。
一度私室に戻ったファリル。
戻ってきた彼女が持ってきたのは、古い魔導書なのだろうか。
あちこち煤けている古いが装丁がしっかりとした表紙の厚い本だった。
読んでいただいてありがとうございます。




