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第80話 予想通りの展開と予想外の展開

 昨夜から降り続く雨の中、山道の街道を下っていく馬車。

 行商に来た商人と雇われた護衛の冒険者という立場三人。

 とはいえ、ここはもう休戦中の敵国でもある。

 だが、マールは機嫌良さそうに馬の手綱を握っている。

 セレンは手のひらに果物を乗せて格納したり取り出したりして、ストレージを使う訓練をしている。

 緊張感が高まってくる伊織と、全く緊張感のないマールとセレン。

 伊織はそれでもいいと思っていた。

 警戒は伊織だけがしていればいいのだ。

 昨日セレンが交わした小夜子への挨拶。

 伊織が感じている彼女たちとの絆。

 小夜子を守れなかった代わりに彼女たちを守る。

 そうすることで小夜子を忘れないでいられる。

 今伊織ができる小夜子への弔いなのかもしれない。

 それがなければ彼女たちに心を開いていなかっただろう。

 パタリ……

 またセレンが気絶した。

「あ、またか」

 マールも苦笑していた。

 これで何度目だろう。

 伊織はセレンの手を握って魔力の補充を行う。

 暫くするとセレンは目を目を覚ます。

「すみません。シノさん……」

 また果物の出し入れを始める。

 多分セレンは熱中すると周りが見えなくなるタイプなのだろう。

 元々魔力の保有量が少なかったセレン。

 ストレージの出し入れには僅かとはいえ魔力を消費することが分かっている。

 魔力を枯渇させると少しだけ魔力の保有量が増えることがある。

 枯渇すると気絶をするのだが、それ自体は伊織がついていればそれ程危険という訳ではない。

 最初は伊織も注意をしていたが、もう呆れて見ているだけにしていた。

 それだけセレンも必死なのだろう。

 マールのやっている毎晩の訓練を見ていれば、セレンのこうした行動も予想できたことであった。

 セリーヌもマールもセレンも、伊織に何かがしたくて頑張ってしまうのだ。

 それを止める権利は伊織にはない。

 だから見守ることにした伊織だった。

「セレンさん、俺がいない所では枯渇するまでやらないでくださいね」

「はい、シノ先生」

「恥ずかしいからやめてってば」

「諦めてください。私もセレン姉さんも、シノ先生の生徒であり弟子なんですから」

「それはそうかもしれないけどね……」

 自慢げなマールに対して、尊敬のまなざしを伊織に送っているセレン。

「そういえば、シノ先生。御者席が濡れてないんですけど。もしかして?」

「そだね。障壁って言えばいいのかな? 傘みたいに雨が当たらないようにしてるんだけど」

「まさか、その制御をしながらセレン姉さんに魔力の補充を?」

「うん。それくらいなら大したことないからね」

 マールは悔しそうな、それでいてとんでもないものを見るような表情をしている。

「シノ先生って、こんなに近いのに。凄く遠くにいるんですね……」

 マールの追いかけている伊織の背中のことを言っているのだろう。

 伊織も日々成長を続けているのだから追い付くことは至難の業。

 それでも追いかけようとしてくれるマールの気持ちは嬉しかった。

 そんなとき馬車の方が静かなのに気付いて振り向く伊織。

 案の定、セレンは何かをやり遂げたような満足した表情で気絶していた。

 

 ~~~~~~~~~~


 国境を越えて何事もなく数日過ると、やっと最初の街ダムが見えてくる。

 この辺りになると標高も低くなってきていて、汗ばむほどの暑さになってきている。

「シノ先生。さすがに暑いですねー」

 マールはシャツのボタンを二つほど外し、胸元を開け閉めして伊織を見る。

 伊織はレモンのような果実で出来ているジュースの瓶を軽く冷やしてマールに渡す。

「こらこら、女の子なんだから少しは恥じらいをだな。って仕方ないか。はいこれ飲んで」

「暑いんですから見逃してくださいよ。それにシノ先生しか見てないし……んくんく、ぷはっ。冷たくて美味しい」

 マールは半分くらいまで一気に飲んでしまう。

 それを見て苦笑しつつ、セレンにも瓶を冷やして渡す。

「はい、セレンさんも」

「ありがとうございます」

 伊織から受け取ると一口飲んで驚いたセレン。

 夢中になって半分ほど飲み干したセレン。

「冷えてますねこれ……それに美味しいわ」

「セレン姉さん。これ私もお気に入りのジュースなんですよ」

「氷を入れて飲んだことはありましたけど、冷えた状態は初めてですね」

 セレンは全部は飲まずにストレージに格納してしまう。

 ストレージの内部は時間が止まっているように冷えたのもや暖かいものはそのままの状態で保存できることを覚えたセレン。

 この三日でセレンはバッグ程度であれば数個、余裕で格納できるようになった。

 移動中だけではなく、夜にマールが訓練している横でセレンも訓練に付き合っているからだろう。

「セレン姉さん。ぬるくなったらまた冷やしてあげますよ」

「そんなことできるんですね……マールちゃんもすごいわ」

 そんなやり取りを見ていた伊織は、街に近づくとマールに御者をまかせてストレージに格納してあった交易品を馬車に出す作業を始める。

 全て出し終るころにはダムの街に近づいていた。

 セレンが街中に入る手続きを終えると、馬車を前に荷物を降ろした商店へ進める。

 セレンの商人としての信用がここまで高いというのに驚いた伊織。

 相変わらずセレンが持つ商業ギルドのカードだけであっさり通ることができてしまう。

 荷物のチェックなどは全くなしだった。

 セレンだけが馬車を降りて商店の店主と話をしているようだ。

 そんなとき、マールが伊織の耳元に近づきささやいてくる。

「シノ先生。あそこ見てもらえます?」

「どれどれ」

「商店の入口右側の壁に貼ってある紙です。国の落款が押された紙みたいですね」

「あ、あれか」

「人相書きはありませんけど。黒い髪、黒い瞳をした年のころ二〇くらいの男性を見たら申し出るように。と書いてありますね……あれってシノ先生のことじゃ?」

「あー、たぶんそうかもね」

 伊織に対する手配書みたいなものだろう。

 こんなものまで出回っているとは。

 さすがにこれは伊織にも予想外だった。

 マールと伊織はお互い見つめ合って苦笑いをするしかなかった。 


読んでいただいてありがとうございます。

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