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第74話 兄と妹に見えるかな?

 あれから伊織はマールの魔法のバリエーションを増やすことに成功した。

「──とまぁ、これが俺が気付いた魔法に関する全てなんだよ」

「はい、もうこれは今までの魔法の概念を根底から覆してしまいますね」

 マールは伊織を見て何度も頷いた。

「もちろんできることとできないことがあるけどね。そういえばマールは治癒魔法も使えたよね?」

「はい、一応使えますけど」

「俺の教えた方法はね、治癒にも応用できるんだよね」

「……まじですか」

「まじです。それももっと具体的にね。あと魔力操作ができるということはさ、もしかしたら」

「はい」

 伊織は冷蔵庫から果物を取り出す。

 マールの手に握らせると。

「マール。これをどこかに片付けるように念じてごらん」

「どういうことですか?」

「いいから」

「はい。どこかに……」

 しばらくすると手のひらからすーっと果物が消えてしまった。

「あれ、なくなっちゃった」

「ステータス見て」

「あれ、この次元倉庫ってなんだろう?」

「それがストレージの概念なんだと思う。ストレージって魔法の一種だったんだろうね。偶然できるひともいれば、魔力操作ができると格納することができるようになる。多分魔法陣に記述する方法がないから教えることができないんだろうね」

「えっ。私、絶対無理だと思ってたんですけど」

「ほら、驚いてないで、今の果物を口にださないで持ってくるように念じてみて」

「はい」

 手のひらに果物が出現した。

「あ」

「そういうこと。あとは何度も使ってるうちにレベルが上がって格納できる大きさや量が増えていくと思う」

 伊織はマールを抱きしめた。

「イオリさん、どうしたの?」

「マール、今までのことはみだりに人に教えちゃ駄目だよ。もしそんなことしたら、俺はマールをなんとかしなきゃならなくなるかもしれない。だからお願いだ。決して自分の力に酔ったりしないで欲しい。俺だって自分の力に酔っていたことがあるんだ……」

 コボルト討伐のときのことだろう。

 あの時、目の前の敵を倒すことで不安や苛立ちを忘れていた。

「はい。もちろんです。人前で魔法を使うときは魔法陣を一瞬書くふりをします。他人に悟られないように。そしてイオリさんに迷惑をかけないようにします」

「迷惑じゃなく、心配させないでくれたらいいよ」

「はいっ」


 伊織とマールはネード商会に来ていた。

「セレンさん、準備が整いました」

「そうですか、こちらもある程度準備が整いました、イオリ様」

「──あのさ、それやめてくれない?」

「あ。すみません、イオリさん」

 セレンは伊織が勇者だということもあって、無意識にそう言ってしまったのだろうか。

「俺はさ、別に偉くもなんともないんだ。何をしたわけでもないし、正体を明かすこともしたくない。今まで通りの俺として接してくれると嬉しいんだけど」

「はい、わかりました。イオリさん、あの……ですね」

「お兄ちゃん、約束だったからデートしよっ」

 ミルラはセレンの言葉を遮り、伊織の腕を引っ張り外へ連れ出そうとした。

「ミルラ!」

「だって、明日からいなくなっちゃうんだし、前にお兄ちゃんと約束したんだもん。それに、お姉ちゃん。マールちゃんとお話ししたら? どうしたらお兄ちゃんに婚約指輪もらうことができるのか、とかね」

 伊織に聞きたかったことだったのだろうか、セレンは真っ赤になって固まってしまう。

「じゃ、お兄ちゃん借りるね、マールちゃん」

「仕方ないわね。ちょっとだけだよ」

 マールは苦笑いしながらミルラにそう言った。

「いってきまーす。お兄ちゃんいこっ」

「はいはい、マール。セレンさんをお願いね」

「いってらっしゃい、イオリさん」


 近くの公園に来ていた伊織とミルラ。

 ベンチがあったのでそこに座る二人。

 マールは空を見上げ、伊織に話をし始める。

「わたしね、お兄ちゃんが欲しかったんだ。ほら、うちはお姉ちゃんだけでしょ? 小さいときね、兄妹で遊んでるマールちゃんを見てね、少し羨ましかったんだ」

「そっか。俺には兄弟がいなかったから、あまりそういうのはなかったかな。あ、一人だけ姉さんみたいな女性はいたな。小夜子がいなくなってから、俺が駄目になったとき精神的に支えてくれたんだ。でももう会うことは出来ないからね……」

「ごめんね、お兄ちゃん……」

 伊織は何も言わず、ミルラの頭をぐしぐし撫でる。

 ミルラは目を細めて気持ちよさそうにしている。

「お兄ちゃん」

「なに?」

「今ね、お兄ちゃんの髪の色。わたしとそんなに変わらないし、メガネもかけてるから。他人から見たら、兄妹に見えるかもね」

「そうなのかな。だったらちょっと嬉しいかもね」

 薄い栗色の髪の伊織と金髪のミルラは、遠目で見ると確かに兄妹に見えなくもなかった。

「うん。それとね、この先お姉ちゃんがね、お兄ちゃんのお嫁さんの1人になったらさ。わたしお兄ちゃんの本当の妹になれるんだよね」

「そ、そうなのかな……」

 ミルラみたいな妹は欲しいとは思うけど、セレンとのことはまだあまり触れてほしくない伊織だった。

 あからさまに誤魔化しているような感じを悟ったミルラ。

 少し伊織から離れてベンチに仰向けになる。

 伊織の膝に頭を乗せ、上を向いた彼女。

「イオリさん」

「ん」

 ミルラは伊織の手を持って頭に乗せて撫でろという感じに動かす。

 伊織はミルラの頭を撫でる。

「お姉ちゃんのこと、嫌い?」

 その言葉に反応して苦笑いになる伊織。

「そ、そんなことないよ。あんな風に言われて実際嬉しいと思うし」

 ミルラの目は細くなり、笑みを浮かべているようにも見える。

「イオリさんてさ」

「なにかな」

「壁あるよね」

「うっ」

 図星をつかれて言葉に詰まる伊織。

「でも、それを抜けたらすっごく甘いよね」

「ううっ」

 更に何も言い返せなくなる。

「最初、すごくそっけなかったのに。今、こんなにしても嫌がらないじゃない?」

「そ、それは、その……」

 容赦ないミルラの攻撃に完敗した伊織だった。

 ミルラの頭が膝に乗っているから逃げられない。

 伊織にだって女の子に甘いのはよくわかっている。

 面と向かって言われると何も返せなくなってしまう。

「妹ってこんななんだ。可愛いけど、憎たらしいというか……」

「お兄ちゃんてこんな感じなんだね。優しいし、妹に甘いし。でも安心する」


 公園を後にすると、出来合いの料理のストックの補充ついでにミルラの買い物にもつき合ってネード商会に帰ってくる。

 手を繋いで店内に入っていき、セレンの私室へ戻った二人。

「ただいま、お姉ちゃん」

 セレンとマールは一体なにを話していたんだろうか。

 セレンの顔が真っ赤だったことに気付いてしまった伊織。

「お、おかえりなさい」

「おかえり、イオリさん。ミルラちゃんも楽しめた?」

「うん。お兄ちゃん分をいっぱい吸収してきたよ」

 とびっきりの笑顔で答えるミルラ。


読んでいただいてありがとうございます。

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