第4話 国境を越えて
朝を迎え、姉セレンの方が起きてきた。
「イオリさん、すみません野営を任せっきりにしてしまいまして……」
「いえ、これくらいであればいくらでも大丈夫ですよ。荷物を下ろしたら、少し馬車で眠らせてもらえれば」
伊織はそう言って欠伸をする。
妹ミルラも起きてきたようだ。
「お兄ちゃんありがと、あとでゆっくり眠ってね」
「はい、そうさせてくれたら助かるよ……」
野営の時間ギリギリまで先を急いだため、思ったよりも早く馬車はダムの街へ着く。
ギルドのカードと言っただろうか、見せるだけでフリーパスのようだ。
伊織も一緒だが、何事もなく通される。
この姉妹が信頼されているのか、またはギルドのカードがそれだけの効力を持っている証拠なんだろう。
商会で荷物を下ろす、それを伊織も手伝うと思いのほか早く終わったのだろう。
「男手があると仕事も早いわね。まさかこんなに早く終わるとは思ってなかったわ」
「そうだね。お兄ちゃん見た目より凄く力あるし、重い荷物も楽々だったからね」
「いえ、これくらいしか能がないのでなんとも言えませんよ」
姉妹にべた褒めされて、少し照れる伊織。
街を出るのは昼くらいの予定だったみたいだが、予定より早く国境へと向かっていった。
国境の通関へ辿り着くと、セレンは自分のカードを提出する。
「いつもありがとうございます。そちらの男性は?」
「えぇ、うちの従業員ですわ。何か問題ありますでしょうか?」
「いえ、大丈夫です。セレン様のお連れでしたら問題ないでしょう。では、いってらっしゃいませ」
そして問題なく国境を越えてしまった。
こんな簡単に超えられるとは思っていなかった伊織。
「この後イオリさんはどうなさるのですか?」
「そうですね。俺は田舎から出てきたばかりで、身分を証明するものも持っていません。普通、どういった方法で作る物なんでしょうか?」
「そうですね、商売をなさっているのであれば商業ギルド。そうでなければ、冒険者ギルドで登録されるのが一般的でしょうか」
伊織にも聞き覚えのある単語が出てきた。
もちろん、伊織の許嫁の小夜子に借りた小説にあった単語である。
(まさか、こんなところで役に立つ知識だとは思わなかったよ。ありがとう)
そう感謝する伊織だった。
「しかし、私が仕入れた情報がちょっと困りものなんです。近いうちに良くない事が起きるかもしれないという…なんでも、近隣の国で勇者召喚の魔石が盗まれたという話が」
「なんですか、その魔石って?」
とりあえず、伊織はすっとぼけることにする。
「本来、勇者というのは、有事の際に教会で召喚されるという習わしがあったのです。この百年に召喚されたのは一度と聞いています。その時は、魔物のスタンピード、いわゆる集団発生があったそうです。もう七十年ほど前の話らしいですね」
「その勇者という人は、元に場所に帰ったと聞いていますか?」
「いえ、戻る方法はなくて、その国で暮らして余生を送ったと聞いています」
(なんてこった、帰れないのか。あの王女嘘つきやがって……ま、帰っても仕方ないか)
「そうなんですか、それはまた……」
「もし私利私欲で呼び出されたとしたら、まず侵略される国が出てくるでしょう。そのようなことが起きたら、今みたいな国を超えた行商なんかも出来なくなりますね」
(俺よりもちょろいヤツが召喚されてたら、とんでもないことが起きてたってことか……)
「そんなことを考えている国もあるんですか……」
「えぇ。最近不穏な話や、とある国家間で小競り合いもあると聞いていますし。でも一度でいいから会ってみたいです、どんな人だったんでしょうね」
(はい、ここにいますよ。すみませんね、こんな男で……)
「そうですね、俺も会ってみたいですね」
馬車に揺られながらちょっと物騒な世間話を続けていた伊織とセレン。
伊織自ら勇者であることを明かすことはないだろう。
それに自分が勇者である自覚なんてないのだから。
この世界で生きていくためにまずは金銭を稼がないとどうにもならない。
このままこの姉妹のお世話になるなんて、伊織はこれっぽっちも思っていないのである。
これだけのことを話してくれたセレンを伊織はまだ信用していない。
借りはそのうち返せばいい、程度にしか思っていないのだろう。
そのまま四日ほど野営を繰り返す。
伊織は野営の番をし、昼間馬車で眠るを繰り返す。
そうして、やっと見えてきた大きな街。
「イオリさん、あそこに見えるのがこの国。パームヒルド王国の首都、ジータの街です」
「ほー、これまた大きな城壁ですね」
馬車から見える部分だけでも、かなりの高さの城壁だった。
「三十年前くらいまで、先日いた隣国のフレイヤード王国と交戦状態だったと聞いています。友好国だと思っていた国から攻め入られたので、防戦の一方だったそうです。その際、この城壁が進入を拒んだと聞いています。そして、現在は発生する魔物を避けるためにも役立っているんですよ」
「えっ、ということは」
「はい、まだ休戦状態ですね」
「怖くはないんですか?」
「この程度で怖がっていては商人は務まりません。そして私たちは交易だけではなく、情報も集めてくるんです。その持ち帰った情報の方が大切だったりするんですよ。それにこの馬車には、魔物除けの魔石が埋め込んであるので結構安全に行き来できるんです」
近づくと城壁の高さに驚いた。
軽く十メートル以上はあるだろうか。
大きな石のブロックを積み重ねて作られた城壁。
その傍らに人々の並ぶ列が見えてくる。
遠くから見てもわかるほどの人数。
商人たちであろうか、入国審査と思われる列で渋滞していた。
城壁に近づくと、重装備の衛兵が近づいてきた。
「これはセレネード様、おかえりなさいませ。どうぞお通り下さい……」
「だから、私は商人なんです。大げさなのはやめてくださいよ……」
なんと顔パスではないか、流石に驚いた伊織。
入国審査の列から外れ、衛兵の先導で別の入口から馬車を進める。
ぎぃ……
重々しい音を立てて入口が開いていく。
そこには、逃げてきた国。
フレイヤードとは違う、綺麗な街並みだった。
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