第61話 魔法の革命
「まずね、魔法は魔力を自分から放出して起動させるまでは同じかな?」
「はい」
マールは伊織の隣に座り、伊織の目をしっかりと見て答える。
「ここからは他言無用だけどいいかな?」
「はい」
マールは太腿の上に握られた手を強く握った。
「ほらほら、そんなに緊張しないで。もっとリラックスして聞いてね」
「うん、ありがと」
「俺は魔法陣を使ってない。俺の魔法の根底にあるのは、魔法を具現化させる為に必要なものがあるんだ。それは、その現象を正しく理解して、正しいイメージを持てるかっていうこと」
「現象を正しく理解するって?」
「例えばね、指先に火を灯す。その火はどういうものなのか。熱いのか、冷たいのか。火を灯すのに必要なものは何か。何を触媒として燃えるものなのか」
「先生、よくわかりません」
マールが手を上げて、まるで授業を聞いて質問するように聞いてくる。
「んー、何て言ったらいいんだろう。火はね、必ず引火するものが必要になるんだ。何もないところに火は引火しない。小さいころにやらなかったかな、板に木の棒をひたすら擦りつけると摩擦熱で焦げてくる。そこに木の削りかすとかがあれば、そこに火が点くみたいな」
「学校の授業で習った覚えがありますね」
「そう、紙や木や布等の触媒がないと火は燃えないんだよ。だから、魔力を指先にちょっと絞り出しておく。その魔力を無理やりにでも燃やすように、強くイメージする。どんな方法でもいいから、点火するイメージをする。するとね、こんなふうに火が灯るんだ。多少反則的な考え方だけど、俺はそれを見つけただけ」
マールは口を開けたまま、それをぼーっと見ていた。
伊織はマールのほっぺをさっき自分がやられたように、指で引っ張ってみる。
「いおりふぁん、いたいれふ、なにするんれふか」
「せっかく俺の魔法の概念を教えてるのに、何してるのかな?」
「すみません、えっと、私が先生に教わった魔法って、違うんですよ。魔法を発動させるには、予め用意されている魔法陣を使うのが一般的と言われています。先人たちが残したもので、最初に覚えるのはその意味を知ることからなんですよ」
「うん」
「紙に本に記された簡単な魔法陣を書くことから、勉強は始まります。丸を書いて、その内側に丸をもう一つ。その内側に魔法を起動する記号を必要数書き込んでいくんです。そこに魔力を流すことで、魔法が具現化出来るようになります。慣れてくると、紙がなくても中空に魔法陣を魔力を使って書くことが出来るようになるんです」
「へぇ」
マールは指先で丸を二つ書くと、その内円に沿って記号を書いていく。
魔力を流したと思った瞬間、指に火が灯った。
「この作業を如何に短縮出来るか。これが魔法使いの手腕の違いになるんです。でも、その概念を、今、イオリさんは覆すことを教えてくれました。これはもう、革命的なものです。誰もこんな方法知りませんよ。勇者様だって、魔法陣を使って魔法を覚えたと聞いています。その展開速度が驚異的な速さで出来ると聞いていました。複数同時展開出来る人は、過去にも少ないと言いますし…」
「俺、別にそんな大層な事したつもりないんだけどね」
「いいえ、イオリさんは凄すぎます。私はてっきり魔法陣の展開速度が見えない程に速いものだと思っていました。それだけでも尊敬してましたけど、それ以上じゃないですか。もっと教えてください、これで私も少しは強くなれるかもしれません」
「そしたらね、えっと。どんな魔法でもね、その現象を起こすためには必要な原理ってのがあるんだ。この辺は、もしかしたら勇者様も伝えてなかったんだろうね。概念的に危険だと思ったのかもしれないし、伝え忘れたのかもしれないね。じゃ、マール、約束して欲しい」
「はい」
「もし俺がマールに教える事を、外に漏らしたら、俺はマールから離れる。それでもいいなら、教えるよ」
「はい、絶対に離れません」
「いいだろう。まず、俺がこの部屋を掃除した時の事憶えてる?」
「はい、風を起こして」
「そう、ならば、今夏場で冬場より湿気が多いのも分かるよね」
「はい、じめじめしてますね」
伊織はグラスを出して、テーブルの上に置いた。
「この湿気っていうのは、空気中の水分のことなんだ。これを無理やり集めるイメージをして、魔力を使う。すると」
伊織の手の周りに風の代わりに、湿気が集まっていく。
その湿気の塊から、重さに耐えきれなくなった水分がグラスの中に落ちていく。
グラスの半分くらい水が溜まったら魔力の行使を解除する。
「俺は使ったことないけど、これが水魔法の原理じゃないかな?」
「……イオリさん、おかしいですよ。確かに水魔法に見えます。でも、そんな、あ、そうか。今までの概念を捨てちゃえばいいんですね」
「そう、きっかけさえあれば、それを魔力を使って具現化させる。あとはどれだけイメージを正確により強く出来るか。ほら、マールもやってみな」
「はい」
「むー、むー……水が周りにあるように感じる。それを集めるようにして……」
ピチャッ……
グラスに水滴が落ちた。
「あ、で、きた……」
「そうそう、魔法陣を使ったからってさ、無から有を生み出してる訳じゃないんだよね、多分。このプロセスを形式化したのが魔法陣だと思うんだ」
「なるほど」
「そしてね、多分、このイメージを利用して具現化させるのが魔力操作の一端だと思ったりもする」
「ちょっとまって、それって、魔法使いが生涯をかけて研究してるテーマじゃ……そうなのね、これが魔力操作の一端……」
「マール」
「はい」
「ステータス見てみな」
「ステータス……オープン。あ、魔力操作って……やった。先生も持ってないの、これ……」
「そりゃよかった」
マールの頭をぐりぐりと撫でている伊織。
それを受けて、目を細めているマール。
「あのね、俺の前以外でこの練習はしちゃ駄目だよ」
「うん、約束する」
「よし、いい子だ」
「やだ、子ども扱いしないでよ、もう……」
「仕方ないだろう、マールは俺の弟子なんだから」
「そうね。先生、これからもお願いしますね」
「うん、任された」
マールの飲み込みは物凄く速かった。
まるでスポンジが水を吸い込むが如く。
マールは元々素質を持っていたのかもしれない。
今、魔法陣を描かないで、指先に炎を維持できている。
「凄いのねこの方法。今までどうしても突破出来なかった火魔法も3になったの。ありがとう、イオリさん」
「よかったね、ホントに」
「あ、そうだ」
マールは伊織の手を持って、自分の下腹部に触らせる。
「ちょっと、マール何を」
「あのね、ここの痛みが取れたのって、もしかして」
「そうだね、痛みを和らげるイメージっていうか、祈ったっていうか、俺が願ったんだよ。ってこら」
マールは太腿をきゅっと絞めて、伊織を困らせる。
「イオリさん、優しいんだよね。ほんと…」
「こら、いい加減手を放しなさいって」…
「嫌」
「そうか、それなら」
伊織は少し指を動かした。
「ちょっと、イオリさん、そ、の、あ……ん……嫌、んっ、あっあっ……」
マールの目がとろんとしてくる。
「ん、あっ、イオリさん……」
「はい、おしまい」
マールの太腿の力が緩んだところを見計らって、腕を抜いた伊織。
「……なっちゃった」
「何?」
「えっちな気持ちになっちゃったじゃないのー!」
涙目で訴えてくるマール。
「知らないよ、マールが最初に意地悪したんじゃない」
「むー、イオリさんの意地悪……あ、下着濡れちゃってる……もう……」
慌てて自分の部屋に走って行くマール。
そして走って戻ってきて、また抱き着く。
「イオリさんのエッチ、馬鹿、もう……」
ぐぅ……
「あ、嫌だ……」
「はい、ごはん食べてないんだから、下に行って朝ごはんにしよっか」
「うん、好きなの食べていいよね?」
「いいよ」
「やたっ、高いの食べちゃうんだから!」
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