第60話 マールの覚悟
マールの機嫌のよさはいつも以上だった。
「もしかして今日の店ってさ、プリシラさんへ報告もあったとか?」
マールは伊織に体を預けてくる。
「うん、プリシラにはね、小さいころから心配ばかりかけてたの。私が家を出るって言ったときね、凄く怒られたわ。それからかな、いつかいい人見つけて、自慢しにいってやるって思ったの」
「それだけ世話になったんだね」
「うん、お父さん、お母さんが忙しかったからね。いつも一緒だったの。貴族の子女だからといって、炊事洗濯掃除が出来ないと将来私が恥をかく事があるからって。基礎から、色々教えてくれたりね。寂しい時、一緒に寝てくれたり。とても優しかったのよ」
「大好きな人なんだね」
「うん」
暫くそのまま飲んでいた伊織とマール。
いつの間にかマールが話をしなくなったのに気付く伊織。
見ると、伊織に寄りかかって寝ているように見えた。
「寝ちゃったのか、飲ませ過ぎたかな。よっと…」
マールを抱き上げ、寝室のベッドに連れていく伊織。
マールをベッドに寝かせ、上掛けをかけようとしたとき、マールの手が伊織の服を掴んだ。
「やった、やっと引っかかってくれたの」
「マール……さん?」
「イオリさん、お酒強すぎ。いつまで経っても飲み続けてるんだもん」
マールは身体を起こしながら、伊織の首に抱き着いて顔を寄せてくる。
「ん……んちゅ、あむ…ぷぁ。イオリさんお酒の匂い凄いね」
「あのなぁ」
マールは伊織が我慢しているのを、セリーヌから聞いて知っていた。
だから、今日こそ伊織に自分を抱いてもらう為、伊織を開放する言葉を耳元でそっと囁く。
「……我慢しなくていいよ」
伊織は覚悟を決め、マールを抱きしめる。
「……知らないぞ、優しく出来なくても」
「うん……いいよ……」
夜が明けて、マールが先に目を覚ました。
自分のお腹に両手を当てて、昨夜の伊織の感触を思い出し、ニヤニヤと笑う。
身体を起こし、横に寝る伊織の顔を見て、伊織の頬に手を伸ばし、軽く引っ張ってみる。
ぐにっ
「あ、面白い、伸びる伸びる」
ぐにっ、ぐにっ……
伊織の目が開いた。
それは起きるだろう、いくら伊織でも。
「まーるふぁん、いったいなにをしてるのれふか?」
「あ、おはよ、イオリさん。だって酷いんですよ、セリーヌちゃん、教えてくれなかったんです。あんなに痛いなんて知らなかったんです。今だってちょっと動くだけで痛くて…」
マールは伊織の手をとり、自分の下腹部を触らせる。
「それは…なんというか、その、あ、そうだ」
伊織はちょっとした悪戯を思いついた。
右手がマールに触れたままの状態で、痛みが和らぐように念じてみる。
「な、なにこれ、お腹、暖かい……」
「ん、ちょっと治癒魔法をね」
「あ、あれ、痛くない。え、嘘……」
マールは慌てて確認した。
「んっ……あっ……よかった、元通りになってなくて。イオリさんを思って、自分でしてるときだって、指入らなかったし……って何言わせるんですか!」
マールは、伊織から肌掛けを取り返し、身体に巻いた。
肌掛けを取られたことで、今度は自分が裸だと気づき、ストレージからシーツを取り出し腰に巻いた。
「あ……俺、やっちゃったんだな……」
「うん、責任取ってね」
「それは勿論だけど、俺いいのかな、セリーヌとマールと……」
「それは大丈夫でしょ、イオリさんは末席の騎士爵とはいえ一応貴族扱いだし。騎士爵でも、それと、商家でも複数の奥さんいる人いるのよ」
「そか、わかった、まとめて責任とってやる」
「頑張ってね、イオリさん」
「そういえば、大丈夫なのか、その」
「イオリさんこれ見て」
マールは左の足の裏を見せる。
「あ、それ」
緑色の痣のようなもの。
セリーヌの足にもあった同じ印。
「討伐に出る前に、先生から処方してもらってたの。いつイオリさんに抱かれてもいいように…ね。あれだけアピールしてたのに、イオリさんたら全く相手にしてくれないし」
「あれは、その、からかわれてるって思っちゃうって……」
「そっか……やりかた間違ってたのね。確か、二回目にお昼奢ってもらった後だったかな。これ処方してもらったとき、先生がちょっと呆れてたのが悔しかったの。相手もいないのに、どうするの? って」
「それはその、ご苦労さんだったね」
「私の家ね、お兄ちゃんが跡取りだから焦る必要はないの。その、私だって、イオリさんとの赤ちゃん欲しいけど……それは今じゃなくていいの。イオリさんに色々教わって強くなりたい。そして、今まで蔑ろにされてきた人達を何とかしたいのよ。私だって、あの廃村の領主と、その上の男爵を許せないもの」
「あぁ、許せないな。いずれ責任は取ってもらわないとな」
ちょっと重たい空気に気付いた、伊織はベッドから下り、風呂場へと向かう。
「ちょっと待ってて」
バスタブに湯を張り、タオルと石鹸等を用意して、ベッドへ戻った。
そしてマールを抱き上げ、風呂へと連れていく。
「ちょっとイオリさん。どこいくの?」
「お風呂」
流石に一緒はまずいと思い、順番に風呂に入った二人。
マールは伊織の用意した新品のスエットの上下を着ている。
「えへへ、ぶかぶかー」
「ごめん、俺の予備しかなくて」
「ううん、大丈夫。部屋で着替えてくるね」
「あいよ」
マールは部屋に戻り、着替えを終えて伊織の部屋に戻ってくる。
伊織はその間に着替えを終えていた。
「おかえり」
「ただいま、イオリさん」
昨日、着替える前のマールの冒険者スタイルの服を着ている。
「あ」
マールは慌てて自分の脱いだ服を持って自分の部屋へ置いてきた。
「イオリさんも洗濯ものあったら貸して」
「いいの?」
「だって、私、イオリさんのお嫁さんになるのよ。……って言いたいことろだけど、洗濯は皺になると困るからお店に出すんだけどね」
伊織は自分の洗濯物をマールに渡した。
「じゃ、もっかい部屋行ってくるね。部屋に置いておけば、下のお店の人が制服と一緒に持って行ってくれるから」
「さすがお嬢様」
「からかわないでよ、もう……」
一階で朝食を取り、部屋に戻ってくる二人。
「さて、早速だけどさ、マールの魔法が見たいんだ。指先に火を灯すこと出来るよね?」
「うん、ちょっとまって」
マールは中空に向けて、右手の人差し指を滑らせる。
すると、指先が淡く光ると同時に、小さな魔法陣が瞬時に展開され、指先に火が灯った。
「へぇ、マールはそうやって起動するんだ」
「うん、先生に教わったの。予め、決まった魔法陣を何種類も記憶してね、強さによって円が増えていくの。複雑にもなっていくって言った方が解りやすいと思うわ」
「じゃ、俺がやってみるね」
「うん」
伊織は右手人差し指を立てて、その先に火が灯るよう念じる。
瞬間的に火が展開された。
マールは分かっていたが、唖然とするしかなかった。
マールと違い、魔法陣を展開していない。
そして、マールの起動時間の数倍の速さで火が灯った事実。
彼女が教わった、この世界での魔法の展開方法と全く違う方法でやってみせた伊織。
嫌でも自分との違いが分かってしまったと同時に、憧れというか、目標が定まったマール。
「あれ? 魔法陣見えなかったんですけど…イオリさん、その方法私に教えてもらえますか?」
「うん、いいよ」
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