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第59話 ちょっとした贅沢と

 長い話だった、窓を見ると外は夕方になっている。

「イオリさん、私、着替えてくるね。イオリさんはいいけど、私、この姿じゃちょっと無理だから」

「うん、いってらっしゃい」

 数分後、伊織の部屋に戻ってきたマールはまた見違えるような可愛らしい姿をしていた。

 ベージュのノースリーブの形をしたサマードレスだろうか。

 腰のあたりが同色のリボンできゅっと締まっていて、膝丈のスカート状になっている。

 同じ色のリボンで三つ編みの先を結び、伊織のあげた髪留めをしている。

 足元は、素足に足首まで黒のリボンで編み上げになった、少し踵の高いサンダル。

 そして、唇だけがツヤツヤと輝いていた。

「うわ、すげ、可愛い……」

 つい口に出てしまった伊織。

「ちょっとだけ、頑張ってみました。ホント? 可愛い?」

「う、うん……」

 見とれているイオリを見たマールはちょっと自慢気な、そして満足した顔をしている。

 マールは右手を前に出し、伊織を待つ。

 伊織は我に返り、マールの手を取り、外に出ていく。

 この国には便利なものがあった。

 辻馬車と呼ばれるタクシーのような乗り物。

 マールは道で手を上げると、黒く、綺麗に磨かれた小さな馬車が停まる。

 伊織はドアを開け、マールを乗せてから自分も乗り込んだ。

「どちらまで行きましょうか?」

「はい、シエラというお店までお願いします」

「は、はい、畏まりました」

 馬車は街中を走って行く。


 そして、暫く走ると馬車は停まった。

「ここでよろしいのですか?」

 御者の男がそう聞いてくる。

「はい、これお代です、ありがとうございます。さ、イオリさん降りましょう」

 伊織はドアを開け、先に出てマールの手を取り、降ろそうとする。

 マールはそれはお淑やかに降りてきた。

 伊織は店を見た。

 黒を基調に落ち着いた感じのある店、小さな看板にシエラと書いてある。

 カラン……

 ドアを開けると右奥から女性が出てきた。

 フレスコットが着ていたような服装の女性。

「いらっしゃいませ、失礼ですが、ご予約のほ…あら、お嬢様ではありませんか」

「席、空いてるかしら?」

「はい、今ご用意させますので少々お待ちくださいませ」

 その女性はマールに一礼すると、ハンドベルのようなものを出し、それを鳴らす。

 チリン……

 奥から似たような制服を着た女性が出てきて。

「奥の席を準備してください」

「はい、かしこまりました」

 その女性も一礼し、戻っていく。

「お嬢様、こちらへ来られるなんて珍しいですね」

「それはそうよ、このお店高すぎるんですもの」

 他愛ない会話をしていると、先ほどの女性が戻ってくる。

「ご準備が出来ました」

「ありがとう、下がっていいわ。では、ご案内致します」

 店内は高級レストランのような感じ。

 満席ではないが、上品そうな男女の利用客がちらほらと見える。

 伊織の恰好は黒を基調としているので、場違いな感じはしなかった。

 奥の部屋に案内されると、椅子が引かれ、マールは着席する。

 伊織もマールの向かいに座ろうとしたが。

「イオリさん、隣に」

「はいはい」

 マールに言われるように隣へ座った。

「プリシラ、お勧めのコースでお願いできるかしら」

「はい、お飲み物はどうなされますか」

「それも任せるわ、今日、私、婚約したの」

 プリシラと呼ばれた女性にマールは右手の指輪を自慢げに見せる。

 プリシラは少し目を見開き、そしてまた優しい表情をして少し涙を溜めたような目になる。

 ハンカチを出し、目元を押さえて、姿勢を直した。

「失礼しました、それはおめでとうございます。このお方がお嬢様のお相手なのですね。私、お嬢様がご幼少の頃、お世話をさせて頂いておりました、プリシラと申します。今はこの店を任されていますので、久しぶりにお嬢様とお会いすることができました。この度は、本当におめでとうございます。お嬢さまを末永くよろしくお願いします。では、準備をしてきますので、少々お待ちください」

 綺麗な所作で挨拶をして、下がるプリシラ。

「大事にされてるんだね、マール」

「うん、プリシラはお姉ちゃんのような人だったのよ。小さいころ、悪戯してはよく怒られたの」

「そっか」

 マールは伊織の肩に頭を乗せて、昔話をしている。

 膝の上に手を乗せ、指輪を左手で軽くさすりながら。

「このお店ね、お母さんが経営してる中で、一番高い店なのよ。十五歳の誕生日にお父さん、お母さんと一度だけ来たの。私一人で食べに来たりしたら、その日の内にお金なくなっちゃうわ」

「よく俺に連れてきてって言わなかったよね」

「だって、そんなことしたら、嫌われちゃうかもしれないし」

「そんなに高いのか」

「……うん」

「失礼します、お飲み物をお持ちしました」

 2人の前に出されたワイングラスに注がれるもの。

 かなり年代物のワインなのだろう。

 伊織は飲みたくて仕方がなかった。

「どうぞ」

 伊織は洋酒全般が好きで、ワインも嫌いではない。

 要は美味ければ何でもいいのだった。

「うん、これは美味いな…」

「そうなの? 私はお酒の味の違いは分からないの」

「そんなに強くないから飲んでみて」

 マールは少しだけ飲んでみる。

「あ、おいし……」

「がっつり飲むタイプのお酒じゃないからね。香りがよくて、口当たりもいいし、アルコールもそれ程じゃないからね」

「イオリさんが毎日飲んでるのに比べたら、水みたいなものなんでしょ」

「それは言わないで」

 仲良くしている二人を見て、プリシラは満足そうに微笑んでいる。

 スープ、前菜、メイン、デザートと食べた。

 日本にいた頃に行ったことのある高級レストランに、引けを取らない満足した味だった。

「美味しかったね、イオリさん」

「うん、たまには……いいかな」

 マールは会計を済ませるため、プリシラを呼ぶ。

「プリシラ、お幾らかしら?」

「はい、お二人で銀貨九枚になりますが、よろしいでしょうか」

「うは、イオリさんお願いしていい?」

「では、これで」

 伊織は金貨を渡した。

「はい、少々お待ちください」

 一度戻ったプリシラは、お釣りを持ってくる。

「はい、お返しいたします」

「ありがとう」

 帰りの馬車を呼んでもらい、二人は入り口で待っていた。

「お嬢様、また来てくださいね」

「そのうちね」

 苦笑いをしてマールは答えた。

 馬車が到着し、プリシラがドアを開け、マール、伊織の順で乗り込んだ。

「本日はおめでとうございました。末永くお幸せになってくださいね」

 頭を下げるプリシラに、マールは伊織の方に身を乗り出して。

「うん、プリシラも元気でね」

「はい、お嬢様」

 ドアを閉めて見送るプリシラをいつまでも見ていたマール。

 プリシラの姿が見えなくなると、伊織の方を向き、ちょっと泣いてたマール。


 部屋の下に着き、馬車を降りた2人。

 部屋へ上がり、ソファに並んで座り、一息ついた。

「流石に、美味しかったね」

「高かったでしょ、ごめんね、イオリさん」

「いや、いいんだ、俺が稼げばいいだけなんだから」

 といいつつ、お酒の用意をする伊織。

「ありがと。まだ飲み足りないの?」

「そりゃそうでしょ」

 自分のグラスに穀物酒を注ぐ。

 マールのグラスにも前のように果汁と酒を入れ、果物のスライスを浮かべる伊織。

「ぷは、やっぱりこれくらい強い酒じゃないとね」

「あれ、おつまみなくていいの?」

「今日は可愛いマールさんがいるから、それで十分」

「そんな……」

 照れながらも自分のグラスに入ったものを飲むマール。

「んくんく……ぷは。これ甘くて美味しいね」

 少しづつ赤みを帯びていくマールの頬と耳。

「お酒なんだから、飲み過ぎないようにね」

「はぁい」

 上機嫌で伊織の作った酒を飲んでいるマール。


沢山のブックマーク、ご評価ありがとうございます。

これからも頑張りますので、よろしくお願いします。

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