第3話 外面全開
主人公の見た目を追加しました。
「もし、あなた。大丈夫ですか?」
「お姉ちゃん、お水」
会話から二人が姉妹だったことが解かった。
伊織を抱き起したのは姉の方だろう。
(そろそろ起きるふりをしないとまずいかな)
伊織の頬を軽く叩いている姉と思われる女性。
彼女はおもむろに水を口に含み、伊織の顔にちかづいてくる。
(やばい)
「……う……ん……」
口に含んだ水を慌てて飲み込んだようだ。
「……んっ。よかった、気が付いたみたい。大丈夫ですか?」
彼女は少し残念そうな表情をしている。
「あ、ここは……」
「落ち着いてくださいね。はい、まずはお水です。飲んでください」
柔らかな笑顔で伊織に水筒を差し出してくる。
軽く罪悪感を感じた伊織。
「すみません、いただきます……」
実に数時間ぶりの、この世界に来てから初めての水分だった。
一口だけ口に含み、痺れや変な味がしないのを確かめる。
人の親切に対してもこの徹底した疑い方は、もう性格としか思えないだろう。
(ここまで親切にされたのに、すまないね……)
親切に対して、ここまで疑ってしまうことの罪悪感は伊織にだってあるのだ。
一分程経って、心配がないのを感じた伊織は喉を鳴らして一気に全部飲んでしまう。
「ぷは、ありがとうございます……」
「いえ、気が付かれてよかったですよ。私は隣国から行商に来ています。セレンと申します、こちらは妹のミルラです」
「すみません。俺は……伊織。あれ、俺なんでここにいるんだっけ。そうだ、街を出てから歩いてきたのですが、疲れて休んでいる間に置き引きにあってしまって。持っていた物を全て奪われてしまい、水を飲むこともできませんでした。もうダメだと思っていたところで、意識が遠のいてしまって……」
伊織の嘘にひとつも疑いを感じていないのか。
「それは大変でしたね、確かに街を出るときにそのようなことをする人がいると言う話を聞きました。大丈夫ですよ、慌てないでいいと思います。長い間行商人として生きてきました。あなたの目を見れば、悪い人ではないとわかります」
「ありがとうございます、こんなどこの馬の骨とも判らない俺にまで優しくしてくれるなんて……」
「お姉ちゃん、そろそろ出発しないと次の街に着く前に夜になっちゃうよ」
「あの……僕は一文無しな状態ですので、お礼をすることが出来ません。ですから、何かお手伝いできることがあればいいのですが……」
「そうですね。出来れば荷物の上げ下ろしを手伝って頂けると助かります。でも、大丈夫なのですか?」
「はい、なんとか動けるようになりました」
「お姉ちゃん、そのお兄ちゃんがカッコいいからっていつまで抱いてるのかなぁ?」
「ちょっと、そんな訳ないじゃないの。何を言うのよ……」
慌てて身体を離すセレン、そしてその瞬間伊織の頭が地面へ落ちる。
ゴンッ
「痛てっ……」
「あぁああ、すみません……」
もう一度抱き起すセレン、そしてまた冷やかそうとするミルラだった。
身長百七十五センチ、黒髪、深い黒く見える目。
すらっとした細身の身体。
髪の長さは短くなく、若干目にかかるくらいの手櫛だけが通されたふわりとした感じ。
そして、母親似の中性的な顔立ち。
そんな伊織が、愛想笑いをしてるのだから。
伊織はどのようにセレンの目に映ったのだろうか。
馬車に乗せてもらい、ミルラは後ろへ。
伊織とセレンは並んで御者席に座っている。
「私たちは、国境近い街へ荷物を下ろしたらそのまま隣の国、パームヒルドへ帰る予定になっています」
「俺もそこへ行く予定だったんですが何分、荷物を全部取られてしまいました。なので、国境を越えられないかもしれません……」
「大丈夫だと思いますよ、私たちの従業員だということにすれば。私が持つ、商業ギルドのカードだけで通れると思いますので」
「それはありがたいです、是非ご一緒してもよろしいですか?」
伊織は満面の笑顔で外面全開状態。
それに見惚れたセレンは、ちょっと言葉に詰まりながらもこう返す。
「は、はい、大丈夫ですよ。その代わりに、ちゃんと働いてもらいますけどねっ」
「お姉ちゃん、さては惚れたな?」
「ば、バカなことを言わないの!」
お腹を抱え、足をバタつかせて笑い転げるミルラ。
顔を真っ赤にしながらミルラを叱りつけるセレン。
そんな姉妹を利用しようとしている伊織。
所変わってフレイヤード王国、伊織の逃げ出したリンダ王女のいる謁見の間。
「なんですって、勇者に逃げられたってどういう意味ですか!」
ジムの上司なのだろう。
リンダへの報告をしつつ、ジムの襟首を掴む。
「申し訳ございません。牢を破られ、こいつも昏倒させられたみたいで」
その報告に、苛立ちを隠せないリンダ。
「あの魔石を手に入れるのにいくらかかったと思ってるのよ! 金貨3万枚よ。貴方たちが何年働いても手に入らない金額なのよ! いいから探しなさい。まだ城下町に潜伏してるかもしれないわ。確か名前は……あぁ、なんで聞いておかなかったのよ。誰か知ってる者はいないの?」
逃げられた当の本人、ジムも平謝りしていた。
「申し訳ございません。あのような化け物とは知りませんでした。私一人ではどうにもなりませんでした……」
(傷の恩は返したぜ、うまく逃げてるといいんだけどな…)
「いいからあなたは持ち場に戻りなさい。いえ、城下町へ行って探しなさい。人相書きを作って、張り出しなさい。とんでもない損失になるわ、どうしてくれるのよ!」
ジムは名前を知っていたが、話すつもりは全くなかった。
それが、恩を返したということだったのだろう。
その日、数十名の手を使って城下町を探して回った。
しかし、街の守衛からの情報もなく無駄足に終わってしまった。
そして国中に人相書きのみが回ることとなった。
一方その頃伊織と姉妹は、近隣の街へ寄らずに野営をしてるところだった。
野営を買って出た伊織はたき火の前に座り、これからの事を考えている。
明日の朝には目的の街へ着く予定だ。
そこで荷物を下ろしたらそのまま国境を越えると聞いていた。
(うまく国境を越えられたら、仕事を探さなきゃならないな。身分を証明するものを何とかしないと食べていくだけでもきつくなるだろう。あの王女は、魔石で勇者を召喚したと言っていた。ということは、他にも俺のような人がいたのだろうか? 俺に何をさせるつもりだったんだろう。爺ちゃんと親父には悪いが、あの世界に未練なんて残っていない。ただ、心残りは敵を取ることが出来なかったくらいか。どうせ俺一人では、何十年かかるかわからない。ごめんな……)
上を向いた伊織の目から涙が落ちる。
やはり悔しかったのだろう、未練がないなんて嘘だった。
目元を袖で拭いてパチパチと弾ける火を見ながら伊織は、自分を偽っていたことに少し後悔していた。
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