第55話 戻っていく日常、変わっていく日常 その2
マールが戻ってきて、一緒にセリーヌ達を見送る伊織。
「なんか一つやり遂げたって感じがするよ」
「そ、そうですね」
そういえば、マールがいるのに、冒険者達が騒いでいないことに気付いた。
セリーヌに注目が集まったことでうやむやになったのだろうと伊織は思っていた。
「イオリさん、昨日の素材買取の件もあるから、行きましょうよ」
「そうだね」
伊織は受付に歩いて行く。
「いらっしゃいませ、どのような……あ、イオリさんですね。ギルドマスターから部屋にお通しするよう、言われてますので、こちらへどうぞ」
冒険者達がざわつき始める。
「イオリだってよ、あれ何者なんだよ」
「おう、あの倉庫の件だな、俺も見た。ありえねぇよ」
「なんだよ、また可愛い子連れてるじゃねぇか、ちくしょう」
そんな声を聞き流しながら伊織とマールは受付の子の後をついていく。
コンコン……
「失礼します、イオリさんをお連れしました」
「入ってもらってください」
部屋に入ると、ギルドマスターであるベックが応接用の椅子に座るように勧める。
「どうぞお座りください。マール様もどうぞ」
「はい、マール座ろうか」
「はい、イオリさん」
ベックは伊織達が座ると話を始める。
「昨日預かりましたオークの素材なんですが、まだ剥ぎ取りが終了していません。ですが、算出が終わりましたので、ご報告をと思いました。ガゼット様、ファリル様、メルリードさんから今朝方報告をもらいまして、素材の分は全てイオリさんにお渡しすることになりました」
「三人には後日お礼しないとだね、マール」
「はい、そうですね」
「まず、報酬についてですが、依頼主からの報酬が、金貨三七枚と銀貨が七枚になります。そして、素材に換算した買い取り額になりますが、オーク成体一につき銀貨四枚で換算することになりました。成体が三六〇、それ以外が一七でしたので、ギルドでは金貨一五〇枚で買い取らせてもらいたいと思いますが、いかがでしょうか?」
伊織はマールの耳元に小さな声で話しかける。
「俺、よくわかんないから、マールに任せるよ」
「いいんですか?」
「うん」
マールはベックに向き直ると、背筋を正し、伊織に代わって答えた。
「はい、それでよろしいです」
「流石はマール様ですね、評価の基準を知っていましたか」
「仕事をするのに必要でしたから」
マールのベックへの当たり方は、以前上司であったとは思えない程、ドライな感じであった。
その徹底ぶりには、伊織も感心している。
「イオリさん、カードをお願いします」
マールにカードを渡す伊織。
「では、こちらへオークの分をお振込み下さい。残りは現金でお願いします」
「はい畏まりました、少々お待ちください」
ベックは部屋を出て行った。
「ふぅ、マールも、よく元上司なのにあんな冷静に出来るもんだね」
「割り切ってますからね、今はイオリさんのマールですから」
暫くすると、ベックが戻ってきた。
「では、こちらが現金になります。それと、イオリさんのランクについてですが、今回の功績により、暫定的にBランクとなりました」
マールはお金とカードを受け取る、そして、伊織にそのまま渡した。
伊織は現金をストレージにしまう。
「暫定的と言いますと?」
「Bランクの上限に達していますので、今週、審査をします。早ければ来週にでもAランクになるという事ですね」
「マール、俺、Aランクなんて早くないのか? 功績だけで上がるのはおかしいって」
「いえ、イオリさんはAランクでもおかしくない功績を残しました。おかしいのは、ギルドの方ですよ」
「あの、それは、その……」
「ギルドにはAランクまでの依頼しか今は来ないんですよ。報酬に表示されている額面の2倍が依頼主からの依頼料になるんです。Aランクの依頼も少ない方ですので、Bランク以下の依頼を消化してもらう。その手数料を稼ごうというギルド側の都合だと思います。なので、早ければという表現を使ったのでしょう。多分暫くはAランクに上げないと思いますよ。ですが、ギルドでの位置づけより、これから来る国からの評価のが高いですからね。ランクなんて、イオリさんにとってどうでもいいことかもしれませんし」
それをマールの口から言われてしまったベックは顔が真っ青になっていく。
「いいのか? そんな内部の情報を俺に」
「いいんです、私、今はギルドの人間ではなく、ただの侯爵家令嬢ですからね」
「じゃ、そろそろお暇しますかね、マールさん」
「はい、そうしましょうか、イオリさん」
軽く一礼して出ていくに二人。
そこに残されたのは、固まったままのベックであった。
「これでイオリさんも私と同じBランクですね」
「そうだね、いいのかな……」
「いいんですよ、たっぷり報酬ももらったんです。何かおごってくださいね」
「あぁ、何でも好きなの言ってくれていいよ」
「ホントですか、やった!」
実に一八〇〇万円相当の報酬を受け取った伊織。
後でその金額の高さに驚く伊織だが、今はこれでいいのだろう。
マールは伊織の腕を抱いて、嬉しそうにしている。
「ゆ・び・わっ、ゆ・び・わっ」
「なにそれ?」
「えっ、セリーヌちゃんから聞いたの。イオリさんに指輪もらったって」
「しまった、口止めしておくの忘れた……」
「あれって婚約指輪ですよね」
「えっ、なにそれ」
「この国にも先代勇者様から伝わってますよ。婚約は右手薬指、結婚は左手薬指って」
「なんじゃそりゃぁ!」
イオリは日本の風習しかしらなかった、先代の勇者は欧米での習慣を広めたのかもしれない。
「そういえば、セリーヌもいつも指輪を眺めてたっけ…そういう意味だったんだ……」
「大丈夫ですよ、うちもお兄ちゃんのお母さん、お姉ちゃんのお母さん、私のお母さんって3人いるし」
「そういう問題か……えぇいもういいわ、買ってやろうじゃないか、指輪でも何でも!」
「やった!」
伊織は宝飾店へ連れていかれる。
店に入ると伊織は場違い感を感じる。
「やべ、なんだよこれ……」
奥からやや年配の女性が出てきた。
「これはこれは、マールディア様、ようこそいらっしゃいました」
「知ってるの? 私の事」
「えぇ、この国の貴族のお嬢様方は存じておりますよ」
「まぁいいわ、あの、指輪欲しいんですけど。色々見せてもらいたいです」
「では、まずは指のサイズを測りましょうか。どちらの指になりますか?」
「これです」
マールは右手を前に出し、左手の指で指した。
「まぁ、ご婚約ですか。それは大変……」
「あ、まだ家には言ってないので内密に──」
女店主であろう女性は、慌てて奥へ引っ込んだ。
「いえ、そうでは…そうなのかもですけど、いや違うそうじゃない……」
伊織は混乱してしまった。
「イオリさん、大丈夫?」
「うん、大丈夫、俺は、大丈夫だから」
指のサイズを測り、数十個揃えられた中から、マールが選んだものは。
一番シンプルで、飾り気のない指輪だった。
「うん、これがいいの。イオリさんこれ、いい?」
「うん、いいけど」
「じゃ、これ下さい」
「はい、かしこまりました。でもよろしいのですか? そのような地味なもので」
「いいんです、これで……」
「では、お代は銀貨六枚でよろしいでしょうか?」
伊織はマールに銀貨を渡す。
「はい、ではこれで」
「ありがとうございました。またご贔屓にお願いしますね」
店を出たところで、マールは伊織に指輪を渡す。
「イオリさん、つけてほしいな……」
そして伊織に右手を差し出す。
伊織はもう逃げられないと悟り、マールの薬指に指輪をつけた。
そのとき、伊織の手に、一滴の水滴が落ちた。
伊織はマールを見ると、嬉しそうに泣いているではないか。
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