第52話 自分の部屋での夕飯
伊織の腹が鳴った。
窓の外を見ると、もう夕方になろうとしていた。
掃除などで動いただけ腹が減ってきたのだろう。
リビングに戻ってきた伊織。
この部屋には生活必需品がほぼ揃っている。
低いテーブルにソファが一人用が二つ、二人用の長いものが一つ。
食器棚には食器も残っていたが、キッチンには調理器具はなかった。
風呂も手ぬぐいも石鹸もあるので、別に困りはしないだろう。
ベッドのシーツも取り替えた。
伊織は大事な場所、トイレを確認するのを忘れていた。
トイレらしきドアを開けると、なんと洋式ではないか。
便座もあり、水洗式だった。
トイレから出た伊織。
そこでソファに寝転がっていたマールを見つける。
「イオリさん……」
「ど、どうした?」
「おなかすいた……」
「そっか」
伊織にとっては可愛いお嬢様なのに、彼の前では一切飾ることをしないマール。
伊織の記憶には、まだギルドで冒険者からの誘いをばっさばっさとなぎ倒す人気受付のお嬢さんだったのに。
伊織は警戒を解いた女性にはかなり甘い、だが、マールはそれ以上だった。
自分も腹が減っていたため、食器棚から食器を出し、シンクで軽く洗う。
綺麗な手ぬぐいで拭いたらテーブルの上へ。
ストレージに残っていた料理を皿に盛る。
「代わり映えのない残り物でごめんね」
「ううん、美味しいから大丈夫。というより、贅沢かも。私、夜はパンだけ買って食べてたから……」
「どれだけ切羽詰まってたんだよ」
「いただきまーす、ん、おいひぃ……」
「食べながら喋らないの。一応お嬢様なんだから」
「むぐ、ん、ん──」
マールは何か言おうとした途端、喉に肉を詰まらせたようだ。
伊織は慌ててグラスを出し、水を注ぎマールに渡す。
「んくんく…ぷはぁ、し、死ぬかと思った」
「全く俺の知ってるマールはどこいっちゃったんだか」
ちまきから葉をはがし、かぶり付きながら、伊織を見る。
「むご?」
「だから、食べながら喋るなって。ホント、受付にいたときはしっかりした子に見えて、オークの説明を受けたときは、貴族令嬢然とした振る舞いをしてたし。でも、俺の前ではこれだからなぁ…」
一生懸命ちまきを飲み込み、水を飲んで一息つくマール。
「ん、んぐんぐ……ぷぁ。それは、その、イオリさん優しいからつい、甘えちゃってるのかも」
「ホントのマールはどれなんだろうね」
「えっと、多分、今、かな」
「ま、家柄を置いとけば、俺の一つ下の女の子だもんな。仕方ないっちゃ、仕方ないか」
「えへ、許してもらっちゃった」
マールは顔を赤らめながら、舌をペロッと出した。
食事を終え、マールが食器を洗っている。
この部屋にも冷蔵庫のような保冷庫がある。
しかし、中には当たり前だが何も入っていない。
「ちょっと買い物してくるけど」
「何を買いに?」
「氷と日用品かな」
「じゃ、私も行きたい」
一緒に外に出た二人。
ここからだとネード商会はちょっと遠い。
仕方なく近くの雑貨屋へ入ってみる。
よく見ると髭用のカミソリまである。
伊織はここ数日、無精髭が伸びていたので、これは助かった。
「あ、この石鹸いい香り、あ、これも欲しい」
今まで節制の生活をしてたせいか、あれこれ目移りしているようだ。
「そのなんだ、銀貨一枚までなら一緒に会計しちゃうから、持ってきな」
「ほんと! やったー」
必要なものをまとめて会計を済ませ、帰りしなに氷を買う。
マールは日用品の入った紙袋を両手に抱いて、嬉しそうに歩いている。
部屋に着いた二人、マールは急いで部屋に入った。
「あとでね、イオリさん」
「俺先に酒飲んでるから」
「うん」
伊織は自室に入ると、買ってきたアイスペールとトングを出し、氷を入れて、残りは保冷庫へ入れる。
これも下が冷凍、上が冷蔵になっていて、冷蔵部分には何も入ってない。
氷を下に入れ、ストレージの水瓶を上に入れる。
広めのグラスに氷を入れ、穀物酒を指2本分入れる。
グラスを揺らすように中の液体を混ぜ一口飲んだ。
「ぷは、美味いなー」
伊織は風呂に入るのを忘れていたことを思い出す。
残りの酒を飲み干し、グラスごと冷凍庫へ。
アイスペールもそのまま入れ、風呂へ向かう。
水を溜めて、手を入れて適温まで上げていく。
お湯を頭からかぶり、湯船へ入る。
「ふぃー、酔う手前でよかったわ」
酒が待っているので長湯はせずに、適当なところで身体を洗い、また温まって風呂を出る。
いつぞやのスエットの上下を着て、頭をタオルで拭う。
冷凍庫からグラスとアイスペールを出し、また飲み始める。
この世界にエアコンがあるかどうかは分からない。
少なくともこの部屋にはないようだ。
少し蒸し暑い時期だったからか、風呂上がりだからか、室内の温度が少し上がった気がした。
伊織は、目の前に空気の層をイメージし、それを冷却していく。
部屋中に対流させ、全体の温度を少し下げることに成功する。
「やれば出来るもんだな」
コンコン……
「ん」
「イオリさん、入っていい?」
「どうぞー」
ドアを開けてマールが入ってくる。
「あれ、何か涼しい。私の部屋、こんなに涼しくないのに。窓も開いてないし」
「あ、魔法でちょいちょいとね」
靴を脱いで上がってきたマールは、伊織の横に座った。
彼女は、風呂に入ってきたのか、少し髪が濡れていた。
そして、着ていたのは前に見た浴衣。
寝巻にでも使っているのだろう。
「イオリさん、また髪やってー」
「はいはい」
温風を出して、マールの髪にあてる。
ついでに買ってきた櫛で梳かしながら。
大方乾いたあたりで魔法を解除、櫛で仕上げるように梳かしていく。
「おし、こんなもんでしょ」
「ありがと、イオリさん」
伊織はまた酒を飲み始めた。
マールは伊織をじーっと見ている。
「ん? どうしたの」
「私も飲みたいな」
伊織はグラスを用意して、氷を入れ少し薄めの水割りを作る。
「ほい」
「ありがと」
マールは受け取った水割りをコクコクと飲んでいる。
「んー、あまり美味しくない……」
「マールはお酒苦手?」
「わかんない、実は、飲むの三回目……」
「あれま、そしたらこんなのはどうかな」
さっき買い物に出たとき、買っておいた果実の入ったジュースがあった。
マールのグラスに入った酒を伊織の方に半分ほど移し、それを入れて少し穀物酒を足してマドラーでかき混ぜる。
キッチンでレモンみたいな果実を、キッチンナイフでスライスしてグラスに浮かべる。
軽くかき混ぜ、手の甲にマドラーで少し乗せ、味を見る。
即興のカクテルのようなものを作ってみた伊織。
「ん、こんなもんかな」
ソファに戻り、マールにグラスを渡す。
「ほい、お酒入ってるから一気に飲んじゃ駄目だからね」
「はーい」
マールは恐る恐る一口飲んだと思うと、半分くらい一気に飲んでしまう。
「……ぷはっ、なにこれ美味しい!」
酒はあまり得意ではなく、そしてすぐに顔に出るタイプなのか頬が赤く、耳も綺麗に染まっていた。
「マールはお酒飲むとすぐ真っ赤になるんだね、飲み過ぎちゃ駄目なタイプみたいだな」
「そう? でもこれ、甘くて美味しいよ」
「飲みやすい感じに作ったからね、でも一応お酒入ってるから気を付けて飲んでよ」
「はーい」
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