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第48話 事後処理と帰還

 伊織は目が覚めた。

 すると自分の脇腹あたりに違和感を感じた。

 目を向けると、マールが伊織の服を握って、丸まって寝ているではないか。

 小さな寝息をたてて寝ている彼女の髪を手で撫でる。

 よく見ると、彼女の目の辺りが涙で濡れているようだった。

 昨日のあの、女性の状態はマールには余程ショックだったのだろう。

 伊織にはただオークとは違う顔をした、生命反応のある女性にしか見えなかった。

 耳の形で判断して、ファリルに託した。

 余りに片手落ちだった自分の判断。

 それが招いたマールへの精神的負担。

 伊織は自己嫌悪と共に、マールへの済まない気持ちで一杯だった。

 濡れている目の辺りを指で拭う伊織、手を髪へ戻し、また髪を手櫛ですく。

 そうしていると、マールは目を覚ましたようだ。

「……ん……あ、おはようございます」

「おはよ」

「ごめんなさい、夜中目を覚ましてしまって、怖くて眠れなくて…」

「いいよ、大丈夫。俺こそ済まなかった、気配りが足りなかった」

「いえ、イオリさんは仕方なかったと思います」

「じゃ、お相子ってことで」

「はい」

 気が付くと、ガゼットがニヤニヤとこちらを見ている。

「まるで兄妹みたいだな」

「そうね、見ていて微笑ましいわね」

「マールちゃん、逃がしちゃだめよ」

「はい、絶対離れません」

「皆さん。その生暖かい目、やめてもらえませんか」

 朝からほのぼのとした雰囲気で始まったテント内。

 朝食を済ませ、皆が身支度を終えると、伊織はそのままの状態でテントを格納する。

 馬車に乗り込み、一路昨日の廃村へ。

「イオリさん、今日戻るんですか?」

 伊織の隣で御者をしていたマール。

「そうだね、この後オークの残りを狩って、後始末してからだから。昼過ぎかな、出るのは」

 伊織にとってオークは狩りの対象にしか見えなくなっている。

「なんかオークが弱い存在に感じるくらい、酷い扱いしてますね」

「そりゃそうだよ、あの程度じゃ単純作業にしかならないからさ」

「イオリ、お前本当に化け物だな…」

 後ろからガゼットの呆れたような声がする。

「化け物と言われた貴方も形無しですね」

 それとなくファリルがガゼットにツッコミを入れた。

「確かに、イオリさんが引きつけてくれていれば、狩猟対象ですよね」

 メルリードもその辺には同意してくれていた。

 三〇分程行くと、廃村が見えてくる。

 家屋は夜のうちに鎮火しており、煙も上がっていなかった。

 廃村の中央にある広場に馬車を停めて、外に出る一行。

「さっきの村跡もそうだけど、綺麗にして村を作り直すんですよね」

 ガゼットに聞いた伊織。

「そうだな、時間はかかるだろうが、そうなると思う」

「オークの死骸は全て回収してあるから、あとは焼け跡からその……」

「そうだな、冒険者に依頼して回収してもらい、北の廃村の共同墓地へ埋葬することになるな。それは俺が手配しておくよ」

「助かります」

 伊織は皆と家屋を回り、煙の残っている場所を水で消火しながらこの廃村の後始末をする。

 どこかに埋まっているだろう、亡骸に対して手を合わせつつ。

 馬車を街道に戻し、廃村の前に停める。

「マールさんをよろしくお願いします」

 ファリルに頭を下げる伊織。

「はい、私に任せてください」

「イオリさん、気を付けてね」

「ガゼットさんとメルリードさんもいるんだし、ただの狩りだからさ」

「そうだな、俺もまだ仲間の数に届いちゃいない。イオリ、残しておいてくれよ」

「はいはい」

「じゃ、行ってきますね、あたしの分も残してくださいよ」

 そう言いながら三人は南へと歩いていった。

 その場に残ったマールとファリル。

 伊織の気遣いで残ることになった。

 全てが終わったら、馬車で向かうことになっている。

「マールちゃん」

「はい」

「イオリさんって、多分」

「そうですね。間違いないと思います」

「貴女の報告も読みましたし、彼の髪と目の色、そして状況から言っても私もそう思いますよ。でもね、正式に教会で召喚された訳じゃないから、認定はされないでしょうね」

「はい、それでも彼は勇者として認定されなくても、この国の英雄です。それに、大好きな男性(ひと)ですから……」

「あら、もうべた惚れなのね」

「絶対逃がしません、一生ついて行くんだから」

「国への報告は私がしておきます、悪いようにはしないわ。姉さんには私から言っておくから、気にしないで自分のしたいことをするといいわ」

「はい、ありがとうございます、先生」


 それから二時間ほど経ち、伊織たち三人が戻ってくる。

「ただいまー」

「イオリさん、ガゼットさん、メルリードさん、お帰りなさい。怪我はありませんでしたか?」

 マールが3人を出迎える。

「うーん、ぶっちゃけ、食後の運動かな……」

「何とか二五匹残してもらったから、皆の敵は討てたよ」

「あそこまでいくと、本当に狩猟だったわね……」

「皆さん、お疲れさまでした」

 ファリルも出迎える。

「マールさん、少しは落ち着きましたか?」

 伊織は心配していた。

「はい、なんとか泣かないくらいには……」

「よかった、では馬車を出しましょうか」

 三〇分程かけて最後の廃村へ辿り着いた。

「ここが最後ですね」

 マールが伊織に聞いた。

「そうだね、地図を見ても、この付近に村はないし。それにあれだけの騒ぎになっても、オークが増えることはなかったから。多分、この辺りにはオークはいないと思うよ」

 さらっと言う伊織。

「そうですね、辺りを見て回りましたが、気配は全くないですね」

 メルリードもそう言う。

「どうするんだ、ここも一応火にかけるのか?」

「いえ、大丈夫でしょう。全ての家屋は確認しましたし、俺も気配は感じません。討伐ではなく、定期的に調査さえ怠らなければここ辺りも安全になるでしょう」

「イオリさん、その、ここには……」

 マールの髪をくしゃくしゃと撫でる伊織。

「いなかったよ、大丈夫」

「はい……」

「では、戻りますか」

「ですね」

「おう」


 約一日かけて、廃村から一番近い街まで戻ってきた伊織達。

 馬車を預け、宿へ。

 町を管轄する町長への報告はガゼットとファリルが行うようだ。

 残った伊織達は各自取った部屋へ戻って休むことになった。

 皆疲弊していて泥の様に眠ったのだろうか。




 それから四日。

 やっと、パームヒルド王国のひざ元の街ジータへと帰ってきた。

 帰還する日を伝えることがなかった為、街はいつもの通りだった。

 そのままマールの誘導に従って教会へ着く。

 先にファリルが教会へと入っていく。


 数分後、中へと通される一行。

 そこで出迎えたのは伊織にも理解できる、いかにも司教という様相の女性。

「イオリ様ですね、(わたくし)、大司教の職を預からせてもらっています。アリーシャと申します、この度は大変お疲れさまでございました」

「はい、伊織と申します」

「そう、貴方がイオリさんなのですね」

 教会の正装なのだろうか、髪まで隠れている為、顔の部分しか見えない。

 ファリルと同じくらいの歳だろうか。

 優しい目をした女性だった。

「ファリルさん、遺体はこちらでよろしいんですか?」

「そうですね、祭壇の前に下ろしてもらえると助かります」

 祭壇までの道を開けてもらった伊織は、そのまま歩いて行く。

 祭壇の前に片膝をつくと、遺体をストレージから出して横たえた。

 踵を返して、皆の所へ戻ってくる。

「俺にはこの国の宗教はよくわかりません。ですが、丁重に弔って頂けるよう、お願いしたいです」

 アリーシャは一歩前に出て、伊織の訴えに応える。

「わかりました、私が責任をもって弔うことをお約束させて頂きます」

 伊織は無言で一礼し、マールの手を取り、教会を出ていく。

 その後をメルリードがついて行った。

 その場に残ったファリル、ガゼット、そしてアリーシャ。

 アリーシャが口を開く。

「あの青年が此度、召喚された可能性のある…」

 ファリルがそれに応える。

「はい、その可能性は高いと思われます」

「そうですか。教会として、あのお方を勇者様とお呼び出来ないのはとても残念でなりません」

「それでもいいんじゃないでしょうか。イオリさんは、力を悪用せず、正しい方向へと歩み始めています」

「あぁ、俺もそれは保証するよ」

 ガゼットが一言口を挟んだ。

「教会では、奪われた魔石の行方は掴むことが出来たのですか?」

「いえ、関与したと思われる司教は拘束させましたが、頑として口を割りません。これからも調査は継続させるつもりです」

「私もこれから王家への報告に行かなければなりません。はぁ……憂鬱ですわ……」

「そうですか、お疲れさまですね、ファリル」

「とにかく俺もそれに同行させてもらうわ。あいつ、伊織が不自由になる事だけは避けなきゃならねぇ。まぁ、イオリの事、よろしく頼むわ、アリーシャ(ねえ)

「えぇ、私個人で後見させてもらいますよ。では、また明日にでも、ファリル」

「はい、では」




 一方その頃、教会を出て馬車を専用の業者へ預け、その後、ギルドへ向かった伊織とマール。

 メルリードは行くところがあると、教会を出て別れたのである。

「マールさん、本当にギルドの仕事辞めちゃうの?」

「そうですよ、冒険者だった頃よりお給料安いですし、拘束時間長いですし……」

「まぁ、止めはしないよ」

「うん、ありがと」

 伊織はギルドの建物を一度見上げて、そして入っていった。


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