第47話 悲劇は続いていた
被害者のいた家屋から、ファリルが出てくる。
マールもそれに続いて出てくるが、大泣きしていた。
「マールさん、どうしたの」
マールは伊織に抱き着いて頭を擦りつけて泣いている。
「イオ、リ、さん……もうだめ、私、耐えられない……」
ファリルが伊織に近寄り、マールの頭を撫でながら説明する。
「イオリさん、ありがとうございました。彼女は、多分、この先の馬車を置いた村から攫われてきたのでしょう。ですが……」
「はい…」
「逃がさないようになのか、抵抗できないようになのか。四肢の欠損が激しく、意思の疎通も難しい状態でした。目は潰され、歯も見える範囲にはありませんでした。全部抜かれてしまったのでしょう。教会の最上位の治癒魔法師でも、長い時間をかければ欠損は治せるでしょう。しかし、心までは…記憶の操作は魔法では無理なんです。そして、彼女のお腹には…痛みを和らげ、なんとか私の言葉に頷くことまでは出来ましたが。彼女の希望の通り。私の責任において処置をさせてもらいました。…とても安らかな最後でした」
「……そうでしたか。ファリルさんにお任せしたんです。俺はそれに従う迄です。辛い判断、行動させてすみません、ありがとうございました」
「イオリさん、なんで、私貴族なのに、なんでこんなに国民に辛い思いをさせなきゃいけないの……」
「それはさ、後で俺と一緒にゆっくり考えようよ、俺も一緒に悩むからさ」
「うん、ありがと……」
「2年前、イオリさんがいたらどうなっていたかと思うと、ちょっと悔しくなるわね」
メルリードはそう呟いた。
「すみません」
伊織は謝る事しか出来なかった。
「いいのよ、あたしが思っただけだから……」
伊織にだってその悲痛な感情は分かっている。
これを機に、こんなことが起こらないようにするのが伊織の仕事だと、そう思っていた。
そこにガゼットが戻ってきた。
「ガゼットさん、お疲れさまでした。変わったことありませんでしたか?」
「あぁ、とりあえずここの家だけだな、悲しいことだよ……」
伊織はマールを胸に抱きながら、いただろう場所に向かって手を合わせた。
(遅くなってすみません、貴女の敵だけは取りました。これで勘弁してください)
伊織に倣って黙とうをするガゼット、ファリル、メルリード。
「ごめんなさい……」
マールはそれだけしか言えなかった。
マールをファリルとメルリードに預けて、伊織は家屋に火をかけていく。
集落から少し離れた場所で、火に包まれていくのを見ていた。
女性の遺体だけは、伊織がシーツに包み、ストレージに格納してある。
「街に戻ったら教会でいいんでしたっけ?」
「はい、お手数ですがよろしくお願いします」
ファリルが伊織に頭を下げる。
「いいんですよ、これくらいは。延焼することはないと思いますから、一度馬車のある場所まで戻りましょうか」
皆がそれに賛成して、ベースキャンプへ戻ることになった。
小一時間程歩き、テントへ着いた。
伊織はそのまま外で湯を沸かし、返り血を浴びた服を脱ぎ、身体を拭いてく。
着替えを終え、テントに戻る伊織。
「マールさんその、服、汚れてませんでした?」
「着替えたので大丈夫ですよ、さっきはありがとうございました」
「いえ、とりあえず、今日はお酒を少し入れましょうか。精神的にも辛かったので」
「お、いいなそれ」
「飲み過ぎたら怒りますよ」
マールにその光景をみた感想を言う伊織。
「なんだかさ、ファリルさんとガゼットさん、姉弟みたいですね」
「そうですね、お二人は従姉弟ですからね」
「あれま」
「ファリルさんは私の母の姉の末の妹で、ガゼットさんはセレネード様のお父さまの弟さんの息子ですから」
「ってことは、まだ若い?」
「しーっ、ガゼットさんは二九歳。ファリル先生はその、ごにょごにょ…」
なんとなく察した伊織、聞いてはいけないことだと。
「あたしはまだ二八歳だけどね」
年相応よりも若く見えるメルリードは、胸を張って言った。
「流石エルフの女性ですね、お若いです」
「誉めても何も出ませんよ」
皆が一息ついたので、テーブルで今後の話を始める伊織。
「さて、明日なんですが、拠点を先ほどの廃村へ移そうと思ってます」
「──ってことは、その南のやつか」
伊織は料理と酒を用意しながら返事をする。
「そうですね、殲滅しようと思ってます。今度は策を練らなくても、力押しでいけると思うので」
マールが手伝って食事の用意が出来る。
穀物酒とブドウ酒を出して、グラスも配る。
「お酒はお好きな方をどうぞ、ではちょっと遅い夕食ですが。いただきます」
「「「「いただきます」」」」
「マールさん、無理しないでいいからね。スープとちまきくらいなら食べられる?」
「うん、大丈夫、泣き言なんてもう言わないわ」
ワインを飲んでいるファリルとメルリード。
穀物酒を飲む伊織とガゼット。
マールは薄く水で割った穀物酒を飲んでいた。
「しかし、俺が言うのもなんだが、イオリお前化け物だな」
「いえ、ガゼットさん程ではないですよ」
「それ、三対一五〇では、慰めにもならないぞ……」
「すみません……」
「このワイン凄く高いんじゃないの?」
メルリードが聞いてきた。
「えぇ、最高級だって言ってましたね、ヨールさんは」
「ということは、これ一本で金貨一枚とか……勿体ないから全部飲むわよ、ファリル」
「程々にしてくださいね」
「なぁイオリ、この酒、王が好きなやつなんだけどな。こんな酒毎日飲んでたのか?」
「そうですね、他にお金を使う事なかったもんで」
「俺だって月に1度だぞ、こんな高いのは」
目が座ってきたマール。
「私ね、ギルド辞めるの。冒険者に戻ってイオリさんに一生ついて行くの。イオリさんに許可もらったしー」
マールの爆弾発言に皆の笑いが。
「いえ、俺の仕事を手伝うって意味で……」
「イオリさん、指輪買ってあげなきゃ駄目よ」
「イオリさん、マールをよろしくお願いしますね」
「ちょっと、まだだって。何でそんな話になるのさ」
そして暫くして、酔いつぶれたマールをベッドに寝かせてテーブルに戻った伊織。
「イオリ、俺はな、今日ほど嬉しかったことって久しぶりなんだよ。仲間の敵を討たせてもらって、ありがとう」
「本当にありがとうございました」
「これで悪夢にうなされることが減るわね、ありがとう」
「では、明日の朝、朝食が終わったら出ることにしましょう」
「おう」
「わかりました」
「わかったわ」
テーブルを挟んでこっちに男性、反対に女性の簡易ベッドがある。
着替えは馬車で行うことに決めているのでこれで十分だったりする。
伊織は自分のベッドに横になり、天井を見ていた。
コボルトよりは強かったが、伊織にしてみれば大したことはない。
多分、伊織が強くなりすぎたのか、オークではもう相手にならない。
魔獣を倒すことに喜びを感じていた前とは違い、今は戦えない人々の安全を考えている。
少しは成長したと言っていいのだろうか。
伊織はそんなことを考えながら、意識を手放していった。
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