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第2話 脱出

 ジムのことは、多少心が痛みながらも石造りの階段を上っていく伊織。

 同じ学校に通った同級生でもあそこまで伊織を信じたやつはいなかった。

 抵抗せずに連れてこられたから、帰りの道もなんとなく憶えている。

 謁見の間ではなく、目指すのはあくまでも地上まで。

 地下牢まで降りた階数は二つ。

 慎重に階段を一歩一歩進んでいく。

 なるべく音を立てずに、そして音を聞き洩らさないように。

(しかしまぁ、なんて緊張感のないところなんだ。仮にも勇者様だぞ、見張りを一人しか付けないとか、ないだろう)

 舐められていた感に腹が立ったが、そこは軽く抑え込む。

 罠の可能性も捨てきれず、さらに警戒をしながら地上を目指していく。

 しかし、あっさり地上へ出てしまった。

 中庭らしき場所に出ると、まだ日が高いようだった。

 ここまで衛兵らしき姿は見えない。

 今の伊織の姿は、誰が見ても異国の人間の姿をしている。

 無地の黒いTシャツに黒い作業用綿パン、そしてちょっと派手なスポーツシューズ。

 その上に白いパーカーを羽織っている。

 靴底がゴム製な為、足音を立てないで歩けるのは幸いだった。

 地味と言えば地味だが、こっちの世界ではどうなんだろうか。

 中庭を壁伝いに進んでいくと門らしき場所に出る。

 そこには二人の衛兵らしき男がいる。

 伊織はそのままゆったりと歩いて出ようとする。

「よ、お疲れさん」

「おう、お疲れ」

 門から十歩程歩いたあたりだったか。

「ん? ちょっと待て、お前誰だ。見たことない……って待ちやがれ!」

(待てと言われて待つバカがいるか)

 伊織は全力で走り始める。

 相手は重い鎧を着こんだ男二人、追い付くはずはなかった。


 暫く走り続けただろうか。

 なんとか追手を引き離したようだ。

 城下町に入ると、人込みに紛れて路地裏へ退避する。

 壁に寄りかかり息を整える。

 おかしい、前より持久力も上がっている。

 長い時間全力で走っていたのに、それほど息があがっていない。

 それこそ国体の中距離で優勝してしまう程のペースだったはず。

(これも補正なんだろうかね。しかしまぁ、温い奴らだったな)

 路地裏から人々を見ると、伊織の姿はそれ程違和感はないみたいだった。

 黒髪黒目だけが違うというところだろう。

 落ち着いて今の状況を考えてみる。

 言葉は幸い通じているようだ。

 街並みは石造りの建物がほとんど。

 足元も石の表面を削って作った石畳を並べたような感じだ。

 それほどひどい段差はないと思われる。

 人々の話し声も理解は出来ている。

 一番の印象は、人々の表情がそれ程明るくないということだろう。

(さて、問題は持ち合わせがないというところか。この国の通貨も持ってないから飯も食えない。まいったな……)

 伊織は手持ちの物を見てみる。

 ポケットに入った、圏外になっているスマートフォン。

 財布には二枚の諭吉と少々の小銭。

 さすがにこの国の通貨でないため、持っていても役にはたたないだろう。

 しかし、捨てていくわけにもいかない。

 あとは趣味で集めていた純銀製のベルトのバックルくらいだろうか。

 これなら換金できるだろうか。

 そう考えていると、城とは別の方向へ走って行こうとする行商人のものらしき馬車を見つける。

 御者席に若い女性が二人。

(丁度いい、荷物に紛れ込ませてもらうか……)

 伊織は走り寄り、なるべく音を立てずに馬車の後部にある荷物に紛れ込む。

 簡単にやり過ごせればいいのだが、そうはいかないだろう。


 街の外へ出る門が近づいているのか、馬車の速度が落ちていく。

「いつもお疲れさまです」

 御者の女性の声だろうか。

「今回は何処まで行くんだい?」

「えぇ、国境近いダムの街までいつもの行商ですよ。その後、一度店に戻る予定になってます」

「今日は妹さんも一緒かい、気を付けて行くんだよ」

「はい、いつも心配してくれてありがとうございます。では、いってきますね」

「気を付けて行くんだよ。最近は物騒な輩も出るらしいから、夜にならないうちに近い街で休むように」

「はい、では」

「おじさん、またねー」

「おう、いってらっしゃい」

 そんなやりとりが終わると、馬車はまたスピードを上げていく。

(なんだよ、あっさり出られちまったじゃないか。心配して損した気分だな。さっき国境近い街に行くって言ってたよな。数日かかるみたいな言い方をしていたけど。とりあえず、うまく出られたんだ。良しとしようじゃないか……)


 馬車に揺られてしばらく経った。

(さて、この先どうしようか。このまま隠れていても仕方がないな)

 その時馬車が止まり、前から声が聞こえてくる。

「この辺りで少し馬を休ませないとだめかな」

「そうなの?」

「うん、水を飲ませないとね」

「わかったよ」

 伊織はその言葉を聞き、馬車から音を立てずに飛び降りる。

(この二人を騙すのは少し心が痛むけど仕方ないな。うまくいけばいいけど……)

 心の中で手を合わせ、二人の女性に謝罪をする。

(すまねぇ、おふたりさん)

 歩いて数分程先に進み、伊織は道端に倒れているふりをする。

 耳を澄ますと馬車の音が聞こえてくる。

(うまく見つけてくれよ。じゃないと、ただのバカだからな…)

 ちょっと情けないと思いつつ、そのままの恰好で待つこと数分。

「お姉ちゃんあれ!」

「えぇ、誰か倒れているわ」

(ごめんな、この恩はいつか返すからさ……)


読んでいただきまして、ありがとうございます。

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