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第44話 夜明け前の偵察

 伊織は外に出て、風を操る方法の発展型を考えていた。

「足の周りに空気の層を発生させて、っと」

 こういう魔力の操作は段々得意になってきた伊織。

「なるべく上を狭くして、これでいいかな」

 伊織はわざと小枝を踏んでみる。

 パキッ……

「お、いい感じだ、もう少し空気の層を厚くして…」

 もう一度踏んでみると、今度はほぼ音を消すことが出来ている。

「よし、これだけでも足音を立てずにいけるな……」

 パキッ……

「あれ?失敗したか」

 その音の方向を見ると、マールが立っていた。

「イオリさん」

「どうしたんだ、眠れないのか?」

「うん、あの、さ、そこの御者のとこ座らない?」

「いいよ」

 馬車の御者席に並んで座る2人。

「ねぇ、イオリさん」

「ん」

「イオリさんは何故、こんなに他人(ひと)に尽せるの?」

「尽すか。あのさ、前にも話したけど、俺は小夜子の事件に巻き込まれて、残された側の人間なんだよ」

「うん」

「オークの話をマールさんに聞いてさ、苦しんでる人がいるって。それが他人事に思えなくなったんだ。そして、セリーヌに会って、余計その思いは強くなった。俺みたいな辛さを他の人に味わって欲しくないっていうのと」

「うん」

「逃げ回ってる領主と男爵に、どうだ! って言ってやりたいな」

 マールは上を向いて、息を深く吐いた。

「そっか、イオリさんって確かにそんな人だよね」

「どんな人だよ」

「んー、秘密」

「全く……」

 公害も何もないせいか、夜空に輝く星が綺麗だった。

 この世界に来て初めてだったかもしれない。

「イオリさん、星、綺麗だね」

「そうだね」

 伊織の手の上に自分の手を重ねるマール。

「イオリさんも馬鹿だよね」

「なんで?」

「だって、何十人もいた討伐隊がさ、負けて帰って来たのよ。それなのに、こんなに少ない人数でそれ以上の事をしようって…馬鹿以外の何物でもないじゃない」

「そうだな、そうかもしれないな」

 マールは伊織の指に自分の指を絡めてくる。

「あのね、私、イオリさんに黙ってたことあるの」

「どんな?」

「最初、イオリさんに近づいたのってね、お母さんに言われたからなの。セレネード様のお母様経由で話が入ったみたいでね、イオリさんの功績がわかっちゃったのよ」

「うん」

「私に言ったの。イオリさんの素性を詳しく調べなさいって。出来ることならセレネード様より早く親密な関係になりなさいって。そうすればお見合いも結婚のこともうるさく言わないからって」

「うん」

「私、最初はそのつもりで近づいたの。そしたらあのちびったときね、いい機会だと思ったのよ。うまくイオリさんを誘い出せたと思ったの。でもね、イオリさんと会ってるうちにね、本当に好きになっちゃったんだ」

「そっか」

「ごめんね、イオリさん」

「別にいいよ、俺もマールさんを騙してたことあるし。読み書き出来てたけどさ、書けないって嘘ついたことあるし」

「そんなこと、私に比べたら……」

「だからさ、お相子でいいじゃない」

「うん、ありがと。私ね……ギルドの仕事辞めようと思うの」

「なんでまた?」

「冒険者に戻ってね、イオリさんの手伝いをするの。こんな女性に騙されやすいお馬鹿なイオリさん、放っておけないもの。それに、私くらいじゃない、こうやってついて来れるのも」

「痛いとこ突くな……俺は、手伝って欲しいとは言わないよ?」

「うん、私が決めたの。この国には、もっと困ってる人がいるはず。そういうのをもっと知って行かないと。ギルドにいたら情報は入ってくるけど、動けないからね。私…」

「ん?」

「私、一緒について行ってもいいよね」

「んー、駄目ともいいとも言えないかな」

「ずるい、その言い方」

「……給料安いよ?」

「うん、大丈夫。ごはんだけはちゃんと食べさせてくれたらいいよ」

「そっか」

「だからね、イオリさん」

「ん」

「死なないでね、私、すぐ失業は嫌だよ」

「あぁ、努力はするよ」

 マールは背伸びをして、御者台の上に立った。

「じゃ、私もう寝るね」

 そして、御者台を降りて、少し屈み、伊織の顔の下から近づくマール。

 伊織の死角から近づいたマールの動き。

「うん、おやす──」

「ん……ぷは」

「全く……」

「ごちそうさま、おやすみ、イオリさん」

 踵を返してテントへスキップしてるマールの背中を見ながら、ため息をつく。

「ふぅ…死なないでね…か」

 伊織はスマートフォンを出し、時間の調整がされている時計を見る。

「だいたい、夜中の一時くらいか」

 最初の夜に受付の女性に時間を聞いて、伊織はだいたいの時間を合わせていた。

 この世界も、二四時間くらいで一日が回っていることに気付いてそうしたのだった。

 伊織は一日くらい余裕で休まず活動できる。

 肉体的疲労はすぐに回復してしまうせいか、意識して起きていることは出来る。

 やることがなくなった伊織は、身体の周りに空気の層を作る練習をしていた。


 それから暫くは、何も考えず、魔力の操作に集中していた伊織。

「さて……と、そろそろ行きますかね」

 目的地はこの街道を南に行った辺りだ。

 道に迷うことはないだろう。

 軽くストレッチをして、身体の筋を伸ばしておく。

 そして、ほぼ全速力で走り始める。

 暫く暗闇にいたせいか、道は良く見えていた。


 走ること一〇分程、人が住んでいないはずの場所に、明かりが見えてくる。

 速度を落とし、ゆっくりと近づく。

 勿論、足の周りにさっき試した方法で空気の層を(まと)わりつかせる。

 ある程度視認できる場所で、伊織は伏せた。

(何故、篝火(かがりび)がある?)

 門のような場所の両側に、篝火があり、そこには異形の体躯の大きな人型の生物が2体槍を持って立っている。

 遠くて良く見えないが質の良くない服を腰から下だけ着ている、それは人間には見えなかった。

 (ビンゴ!)

 伊織は足音を消しながら、柵の外側に沿って歩いて行く。

 稚拙とは言えない造りの柵で、木材をロープみたいなもので括ってあるタイプだ。

 見える建物は汚く、所々窓のようなものが確認できる。

 そこからも僅かながら、光が漏れている。

 耳を澄ますと、寝息のような、(いびき)のような音も聞こえてくる。

 柵の周りをぐるっと一周したところ、外から見ただけでも、光の漏れていた建物は二〇以上あった。

 村の周りを探り終えた伊織は、少し離れた場所から、先ほどの門番らしき生き物を眺めている。

 凡そ身長は一七〇、体格は伊織よりもかなり大きい。

 腕も伊織の倍以上の太さがあり、血管が浮かんで見える。

 足はそれほど長くはないが丸太のように太い。

 その顔は醜悪であった。

 眉はなく、表情を感じさせないどこを見ているのか解らないような目。

 口がかなり大きく豚のように潰れた鼻。

 先のは尖っているがささくれた醜い耳を持ち。

 茶褐色の皮膚を持つおぞましい化け物。

(なるほど、これがオークか…豚が二足歩行しているとかの前情報だったら、絶対ビビってるな)

 よく見ると何やら会話をしているようにも思える。

 人の言語ではないのが聞いてて分かった。

 こんな生き物が集団で襲ってきたら、人々は動けなくなってしまうだろう。

 伊織は暫くその場で観察を続ける。

 関節の動き、皮膚の薄そうな場所、目の大きさ等々。

 空が明るくなりかけたときに、伊織は戻り始めた。

 音を立てずに一〇〇メートルほど進み、ゆっくりと走り始め、後ろを振り返り、篝火が見えなくなったとき全速力で走りだした。


 一〇分程で、ベースキャンプに着いた伊織。

 軽く呼吸を整え、ストレージから水の瓶を出し、飲む。

「──ぷはっ、ふぅ……ありゃないわ」

 朝日が昇り始め、テントからマールが出てきた。

「おかえりなさい、どうだったの?」

「あぁ、ありゃ化け物だわ、詳しくは皆が起きて朝食の時に話すよ。テーブルに皿を出しといてくれる?」

「うん」

 水樽を出して、たらいに水を入れる、顔を洗って気を引き締める。

「よし、朝ごはんの準備だ」

 伊織はテントに入っていく。

「あ、マールちょっといい?」

 皿を並べ終わったマールは伊織の所へ来る。

 馬車まで手を引き、中に入る。

「イオリさん、ちょっと、ここでするの?」

 マールは顔を赤くしつつ、モジモジした様子で聞いてくる。

「あのなぁ…違うってば」

 伊織は水樽を出し、手を入れて温度調整をする。

 あっと言う間にお湯になる樽の中。

 たらいを二個出して、タオルも数枚、石鹸も出してマールに渡す。

「ここで、女性陣に身支度をしてもらおうと思ったんだよ」

「あ、お風呂の代わりね…」

「そそ、じゃ、二人にも言って、連れてきてね」

 マールはスキップしながらテントへ向かう。

「おっふろ、おっふろ」

 風呂がなかったから嬉しかったようだ。

「先生ーメルリードさんお風呂だよ、お湯があるから身体拭けるんだよ」

「まぁ、それは有難いわ」

「そうね、助かるわ」

「じゃ、イオリさん、覗いちゃだめよ?」

「誰が!」

「イオリ、俺は?」

「水で十分でしょ、表にあるから顔洗ってきてください」

「そっかよ、仕方ねぇな……」

 タオルを渡す伊織。


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