第1話 始まりは地下牢から
伊織は抵抗することもなく、地下牢へ連れていかれた。
そのまま開いている牢へ投げ込まれる。
押さえ付けられ足枷をはめられる。
ガシャン!
牢の鉄格子が閉められた。
牢を見回すと、そこには小さなトイレのような筒状のもの。
汚い布の敷かれた石造りの床。
六〇センチ四方しかない鉄格子がはめられた二メートル程の高さにある換気用と思われる窓。
ジャラ……
そして伊織の両足に繋がれた足枷と鎖。
「なぁ、結構いい所じゃないか。もっと殺伐としたところだと思ったよ」
見張りの衛兵に話しかける伊織。
衛兵は二十代くらいだろうか、歳も近そうな感じで話しやすそうな気がする。
この男は最初から伊織の敵側の人間だ。
疑う必要など、全くないのである。
青年は呆れたような顔をして、伊織に話しかける。
「お前、勇者様なんだろう。なんでいきなり地下牢なんだよ?」
見れば解かるだろう、と思いながらも。
「あぁ、王女様のお願いを断っちまったんだ」
「お前バカだな。言うこと聞いていたらいい生活できたかもしれないのに」
「思っていることが顔に出るような、腹黒い女に仕えるつもりはねぇよ。そういや拷問するとか言ってたけど、やらないのか?」
若い衛兵は更に呆れたような表情になる。
「お前、拷問されたいのか?」
伊織もやれやれという表情でこう返す。
「されたい訳ないじゃないか、俺はマゾじゃねぇよ」
「マゾって何だ?」
「イジメられて喜びを感じる奴らだよ」
「あぁ、お前まともなやつだったんだな。そんな趣味を持つ男だったら嫌だなって思ったよ」
(ならここに長居する必要もないな…)
伊織はさっきみた自分のステータスとかいうものを思い出す。
この状況を打破するような、便利なものはなかったはず。
(治癒魔法ってのと超回復ってやつしかなかったよな…これで勇者様だって笑っちまうよな)
「お前こそ、あんな王女に仕えてて大変じゃないのか?」
青年を少し煽ってみることにする。
今は少しでも情報が欲しい。
「俺たち下々の衛兵には、関係ないことだからなぁ。話なんてすることもないし、給料もそんなに悪くないんだよ」
「ところで俺の食事ってどうなってんだ?」
「あぁ、後で持って来てやるよ」
「そうか、すまんな」
全く危機感を感じさせない伊織の言葉に半ば呆れている衛兵。
そんな衛兵をよそに、自分の身に起こっている理不尽なことに対して怒りがわいてくる。
勝手に召喚したあの女が気に入らないのだ。
この世に未練なんてなかったのは間違いじゃないんだろう。
その未練より、あの女が腹立たしいと感じる方が強かった。
このように、伊織は悪意を持つ者に対しては沸点の低い性格だった。
とりあえず、落ち着いて考えることに集中する伊織。
(そういえば、ユニークスキルって強大なものとか言ってたっけ。この超回復とかいうのが、そんなものなのか?)
伊織は試しに壁に自分の指先をマッチでも擦るようにしてみる。
(痛っ)
予想通り指先から血が出てくる。
(やっぱり現実なんだな)
が、徐々に傷が塞がり跡形もなく治ってしまう。
痛みまでなくなった状態に驚きを感じる伊織。
(うわ気持ち悪りぃ。でもこれは面白いかもな)
伊織は調子にのって、今度は壁に加減なしに拳を叩きつける。
グシャ!
(いててて…痛みは傷と同じくらいにあるんだな)
拳の骨が折れたような感触を感じ、皮膚から骨が飛び出してるのを眺めている伊織。
そして思った通り、しばらく経つと骨と皮膚が復元され痛みもなくなっていく。
(おぉ、こりゃ凄いわ。どうなってんだ、俺の身体は)
超回復の意味がなんとなく理解できた伊織。
「お前、何やってんだ、さっきから」
声のした方を振り向くと、青年の表情は、こいつ馬鹿なんじゃないか、と言うような表情をしている。
「いや、暇でさ。ちょっとした実験をね。そういや、お前。その額の傷どうしたんだ?」
いい加減に治療したのだろうか、青年の額に巻いた包帯がずれていて傷が見えていた。
「お前って何度も言うなよ、俺はジムってんだ。今日の鍛錬で上司にやられちまってな、木剣だからって手加減しないんでやんのよ」
伊織はステータスにあった、治癒魔法があったのを思い出した。
これは試さない理由はなかった。
「俺は伊織って言うんだ。ジムさんって言ったっけ、ちょっと包帯外してこっち近寄っちゃくれないか?」
「何しようってんだよ、逃げようったって無理なんだからな」
「いいから、そんなこと考えてねぇよ。俺な、治癒魔法ってのが使えるみたいなんだよ」
「本当か、ちょっと待ってろ」
半信半疑な表情のジムだったが、治癒魔法というのを聞いてちょっと試してみたくなったのだろう。
包帯を外して鉄格子に近づいてくる。
(呪文とかなんとかわからないけど、前に読んだ小説にイメージが大事とかあったよな……)
「なんだよこれ、かなりひどいな。よく痛くないもんだ」
「痛み止めの薬を処方してもらったんだ。でもな、俺達みたいな下っ端は魔法で治してもらえないんだよな」
「そいつぁ冷てぇ話だな、ちょっとまってろよ」
そう言うと、伊織は傷に右手をかざして、傷を治すようにイメージをする。
すると伊織の手から、淡い光が出てくる。
「おぉ、なんか光ってるな」
「いいから黙ってろって、結構難しいんだよ」
止血する、そして皮膚が戻るようにイメージをする。
徐々に傷はなくなり綺麗な状態へ戻っていく。
「よし、こんなもんだろう。そこの鏡に映して確認してみろよ」
ジムは自分の額をペタペタ触って驚く。
鏡に映った自分の頭を見て、さらに驚いた。
「おぉおおお。すげぇ。治ってるよ」
「だろう。嘘は言ってねぇよ。だから飯くらいはいいのを持って来てくれよ?」
「おう、わかったぜ。いい所をちょろまかしてくるからな」
そう言ってにかっと笑うジム。
(ステータスオープン)
氏 名:イオリ
年 齢:二十
レベル:一
H P:二〇五/二〇五
M P:一〇〇/一〇五
STR:一〇五
スキル:なし
魔 法:治癒魔法 レベル二
ユニークスキル:超回復
称号:勇者
(お、治癒魔法が上がってるし、さっきよりも詳細になってるな。今ので5減ったってことなのか)
自分のステータスを見て、少し上がっているのに気分を良くした伊織。
ジムの傷が治ったことよりも数値が上がった方を喜んだ。
彼らしいというかなんというか。
(ということは、もしや。ステータスオープン)
氏 名:イオリ
年 齢:二十
レベル:一
H P:二〇五/二〇五
M P:一〇五/一〇五
STR:一〇五
スキル:なし
魔 法:治癒魔法 レベル二
ユニークスキル:超回復
称号:勇者
(やっぱ、もうMPが回復してるよ、さすが超回復)
こういうところも、頭の回転のせいか気付くのが早い。
こうなると、伊織は色々試してみたくなるのであった。
軽く両膝を落として付き左手を腰へ沿える。
まるで腰に刀を差しているかのように構える。
右手に架空の柄を持ち、右足を立てると同時に抜刀の構えをとる。
その瞬間、手首を返し架空の敵を斬りつける動作をする。
そして納刀へ。
幼少の頃から叩き込まれていた動作で、これをゆっくりと数回繰り返す。
そして……
(ステータスオープン)
氏 名:イオリ
年 齢:二十
レベル:一
H P:二〇五/二〇五
M P:一〇五/一〇五
STR:一一〇
スキル:剣術 レベル一
魔 法:治癒魔法 レベル二
ユニークスキル:超回復
称号:勇者
(正しい理解、正しいイメージ、正しい動作。そんな気がしたんだ、勇者様補正、半端ねぇな…)
こうなったらもう伊織は止まらない。
右手の指先に火が灯るというイメージ。
ぼっ……
(うっは、これだけでいいのかよ)
灯った火を細く、そして高温になるようイメージを高めていく。
赤かった火が、今は青白くなっている。
指先を足枷へ軽く滑らせる。
キンッ……キンッ……
足枷が簡単に切れてしまった。
高温の火で足枷を焼き切ったのだ。
伊織は指先の火が更に高温になるよう、イメージする。
ジムは伊織の食事を取りに行こうとしているのだろうか。
椅子から立ち上がり階段の方へ向かおうとしていた。
伊織から目を離したその隙に、3本の鉄格子の上下に指をゆっくり滑らせる。
その後、足で軽く蹴る、すると、鉄格子が外れていった。
ガランガランガラン……
音に驚き、振り向いたジム。
伊織は何事もなく牢屋の外へ出てしまう。
「お、お前、何をした?」
「あぁ、この程度ならな出来ると思ったんだ。飯まで待とうとは思ったんだが、こんなに早く出られるとは計算違いだったよ。おっと、お前に危害を加えるつもりはない。見なかったことにしてくれないかな」
転がった鉄格子だったものを持ちあげて軽く振る。
ブンッ
木刀より少し重いくらいだろうか。
「これでもないよりはマシか。その剣、抜いたら相手をしなけりゃならないんだ。頼むから抜かないでくれよ。せっかく傷治してやったんだから、怪我するのは馬鹿らしいだろう?」
伊織はニヤリと笑うと、鉄の棒で自分の肩をぽんぽんと叩く。
「イオリ、勇者と呼ばれたお前とやって勝てるとは思っちゃいない。だがな、このまま逃がすと俺が処罰されちまうんだ。頼むから、思いっきりぶん殴ってくれないか。そうしたら言い訳できるってもんだ」
「あぁ、すまないな、短い間だったが世話になったな」
「おう、また機会があったら話そうぜ。面白かっ──」
伊織は申し訳なさそうな表情で、ジムの顎先を掠めるように殴る。
糸が切れた操り人形のように、膝から崩れ落ちるジム。
彼を抱きとめると、その場にそっと横たえる。
「すまねぇ……さてと、とっとと逃げちまいますかね」
そう言うと、伊織は階段を上っていった。
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