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第36話 隠さずに報告 その2

 辺りはもう日が落ちて暗くなりつつあった。

 喫茶店でマールと別れた伊織は、宿屋へ戻る。

 受付で洗濯された着替えを受け取り、明日で一度チェックアウトすることを告げた。

「討伐に向かわれるんですよね、街でも噂になってますよ」

「いえ、そんな大層なことではないんですけどね」

 軽く謙遜しつつ、部屋へ戻ると辺りを見回す。

 荷物を全部、といっても殆どなかったがストレージに詰める。

 そのまま風呂へ行き、汗を流す。

「ふぅ、大変な1日だったな……」

 風呂から出ると、汚れ物を袋に詰めてストレージへ放り込む。

 受付に外出を告げ、表に出た。


 暫く歩き、買い忘れたものを思い出し、寄り道をしつつも、ビスクドールズへ到着する。

 コンコン……

 スッ……

「はい、イオリ様でございますね。今開けます」

 ガチャッ……

 重厚な音を立てて、開いた扉。

 そのままヨールの私室へ。

「それで、どうなりましたか?」

「えぇ、三人ほど凄い人達が揃いました。馬車の手配も終わってるみたいですね」

「そうでしたか、安心しました。セリーヌ」

「はい、お父さん」

「イオリさんをお願いしますね。ではゆっくりお休みください」

「ありがとう」

 階段を上り、セリーヌの部屋へ着いた。

 鍵を開け、中へ入ると、セリーヌは鍵を閉め、小走りでテーブルの前に行き、こっちを向いて座った。

「イオリさん、お帰りなさい」

「うん、ただいま」

 そして伊織はセリーヌの前に座ると、土下座を始める。

「セリーヌ、ごめんなさい」

「えっ、どうしたの?」

「今日、セレンさん、ミルラちゃんの姉妹とマールさんに好きだと言われた。小夜子の話をしたけど、それでも気持ちは変わらないと。俺は、友達からにしてくれと頼んだら、それでいいと言われた。…ということなんですけど」

「知ってるわ、セレンさん、ミルラさん、マールさんとは顔見知りだもの。それに言ったじゃない、イオリさんを女性の方が放っておかないって。今凄いのよ、英雄に一番近いって噂。イオリさん、優しいし、強いし」

「なんかセリーヌに申し訳なくてね……」

「私はいいの、こうして今一番長く一緒にいられるんだから。私はイオリさんを全部受け入れたんだし、全部許すの」

 くぅ…

「あ、やだ、せっかくいいこと言ったのに、台無しじゃない……」

「晩ごはん食べてないの?」

「あれから、先生に魔法の処理をしてもらったんだけどね。夜まで水以外摂っちゃ駄目って言われて」

 セレンはお腹を優しく撫でながら続ける。

「本当は、あのままにしておきたかったけど。でもね、私まだお父さんに親孝行出来てないし、もし赤ちゃん出来ちゃったら…イオリさんがいなくなっちゃうような気がしたの」

 足を前に座り直して、伊織の目を見て続ける。

「だからね、先生に処方してもらったの。ほら、これ見てくれる?」

 セリーヌが指さした足の裏、親指の付け根に、緑色の丸い印がついている。

「これ、この緑色の?」

「うん、これがね二四日で消えるの、そうすると毎月のものが来るのよ。お姉さん達は、六日ほど休んで、身体が辛くなくなったらまた処方してもらうの」

 伊織はセリーヌへ近づいて、その印に触った。

「くすぐったいっ、イオ、リ、さん、くすぐったいって」

 スカートを押えて身体をくねらせるセリーヌ。

「あ、ごめん」

 黒子(ほくろ)のように僅かに膨らんだその印。

 それを見た伊織は、少し申し訳なく思ってしまう。

「これ、痛くなかった?」

「ちょっと最初は違和感あったけど、少ししたら慣れちゃった。これを見たとき、またイオリさんを抱いてあげられると思ったら、愛おしくまで思えちゃったの」

 膝立ちで近寄り、伊織をお腹の位置で抱きしめる。

「だからね、イオリさんは何も考えなくていいの。これは私しかできないことだと思うと、嬉しいのよ」

 ぐぅう……

「あ、やだ……」

「あ」

「イオリさん、お腹空いたよぉ……」

「うん、ごはんにしよっか。また色んなの買ってきたから、お皿出してくれる?」

「うん」

 中華ちまき、肉の串焼き、葉野菜のクリーム煮、鶏のから揚げを皿に盛りつける伊織。

「よし、これでいいかな」

「うわ、美味しそう」

 セリーヌはよく冷えた水をグラスに入れてくれた。

「では、いただきまーす」

「はい、いただきます。これ、美味しいから食べてみて」

 ちまきの葉を取って、小皿へ取り分ける。

 セリーヌは、フォークで小さく削り、口の中へ。

「ふわぁ、もちもちしてて、美味しい……」

「それね、お米で作られたやつなんだよ」

「これがお米なんだ、聞いたことしかなかったわ。でも、こんなに美味しいなんてね」

 セリーヌはフォークでから揚げを一刺しして、噛り付く。

「うわ、じゅわーって脂が出てきて、美味しい。これ、鳥肉の揚げ物でしょ、病みつきになりそう。あーでも、ちまきも捨てがたいわ……」

「逃げないからゆっくり食べようよ」

「うん」

 あらかた食べ終わる2人。

「うー、食べ過ぎたわ……お腹いっぱい」

「あ、そうだ、忘れるところだった」

 伊織は小箱を出すと、セリーヌに持たせる。

「これさ、皆に渡した感謝のお礼なんだけど」

「そんな、貴族の皆さんと同じものなんて……」

 伊織は首を振ると、セリーヌの目を見る。

「皆、普通の女の子なんだよ。生まれた場所が違うだけで、俺には同じなんだ。それに、セリーヌが一番近いんだよ?」

「うん、ありがと、大事にします」

 そう言うと、食器が置いてあるところの下の引き出しを開けて仕舞い込んだ。

 そしてまた伊織の前に座る。

「明後日から、イオリさんいないでしょ? 毎日見て、ニヤニヤするんだ。それに、お姉さん達より目立っちゃだめだから……」

 そこまでは考えていなかった伊織。

「ごめん、気付かなくて」

「ううん、いいの。嬉しいのよとても」

「それと、ちょっとごめんね」

 伊織はセリーヌの右手を取り、甲を上にしてからそっと薬指にシンプルなシルバーリングをはめる。

「よかった、サイズ大丈夫みたいだね」

「これ…」

「誕生日のプレゼントだよ。改めて、十八歳の誕生日おめでとう」

 ボロボロに涙を流すセリーヌ、そして伊織の胸に飛び込んで来る。

「あぅ…あの、ね。わた、し、お父さん、と、お母さんが死んじゃったと聞いたとき、ね。私も、死のうと思ったの。でも、生きててよかった。こんな嬉しいことがあるなんて」

 伊織はセリーヌを強く抱きしめる。

「うん、ありがとう。生きててくれて。俺も、小夜子が死んで、生きてるの辛くなった。でも、今、生きててよかったと思ってる。小夜子の敵を討とうと、それだけで生き永らえてきた。小夜子、ありがとう、絶対に忘れない」

「うん、生きててくれてありがとう、イオリさん。貴方が生きる理由を与えてくれてありがとう、サヨコさん。貴方が抱いてくれなかったあの朝、私はお姉さん達に相談したの。私、サヨコさんを知らなければ、ただイオリさんに身を捧げるつもりだったんです。でも、抱いてあげられたんです。こんな幸せな気持ちになって、ごめんなさい、サヨコさん。私も貴女を絶対に忘れません」

 暫く抱き合っていた2人。

「喉、渇いちゃいましたね」

「うん、お酒飲む?」

「うん、飲みたいです」

 伊織は空いた皿を片付け、セリーヌはグラスと酒を用意した。

 チンッ……

「誕生日おめでとう」

「ありがと、イオリさん」

「……ぶはっ、うまっ」

「……ぷはっ、おいし」

 お互い見つめ合って、そして、笑いあった。

 暫く飲み続け、いい具合に伊織も酔っぱらってきた頃。

 セリーヌは、右手の指輪をうっとりとした表情で見ていた。

「イオリさん、知ってますか? 右手に指輪してる人って、恋人がいるんですよーって主張してるってこと」

「そうなんだ、知らなかった」

 勿論、そういうニュアンスがあるのは知っている。

 むしろ、そういう意味で渡した意味もなかった訳ではない。

 今回の討伐、協力な助っ人がいたとしても、何かの間違いで死んでしまうことだってあるだろう。

 少なくとも出発したら、帰ってこれるのはいつになるか分からない。

「なーんだ、あくまでもプレゼントだったのね。つまんないのー」

「だったら返してもらおうかな?」

「嫌、返さないもん。これも毎日見てニヤニヤしてやるんだから」


読んでいただきまして、ありがとうございます。


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