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第33話 懐かしい味と買占めと

 ミルラからもらった地図を辿って、歩いていく伊織。

 ヨールから聞いていたとはいえ、伊織の肩書が女性に好かれる要因なのか。

 それとも伊織自身の魅力なのか。

 外面が良くそして成績も良かった高校時代の伊織。

 男子部と女子部に分かれているのに、毎朝下駄箱にラブレターが入っていた。

 伊織はその度に、几帳面に全て角の立たない断りの返事まで書いていたのである。

 そんな伊織も、この国に来たばかりの頃は近寄りがたい雰囲気を出していた。

 今はセリーヌの優しさに包まれたことで、伊織の張りつめていた殺気も今はほとんど感じられない。

 危険と隣り合わせな世界であるが故に、強い男は女性が好む要因であるというのも間違いではないのだ。

(どっちにしても、俺はまだ強いだけの一般人、ただの冒険者なんだよな。責任の取れない行動は、出来ないよなぁ)

 当たり前である。

 地図に書いてあった店に着いた。

 そこは、ダルドの店から少ししか離れていない屋台が店先にある飲食店であった。

 売っているものを見ると、蒸籠で蒸されたいい匂いのするもの。

「お兄さん、一個買っていくかい?」

 あまりのいい匂いで蒸籠にくぎ付けになっていた。

「そ、そうだね。一個もらおうか」

「熱いから気を付けるんだよ。銅貨二枚だよ」

 銅貨と引き換えに渡されたものは、三角形の四面体の形をして、笹の葉のようなもので包まれたもの。

 剥がして、中から出てきたものは、なんとキノコが散りばめられた中華ちまきだった。

「米だ、ちまきだ、すげぇ。あちあち、むぐむぐ、美味い、美味すぎる……」

 伊織は涙を流しながらむしゃぶりついた。

「お兄さん、そんなに慌てなくても逃げないよ」

 そう売り子のお姉さんは笑顔で答える。

「お姉さん、これだけ? 他に米の料理ないの?」

「ありますよ。っていうか、涙拭いてくださいよ……」

 彼女は伊織に近寄り、手ぬぐいで涙を拭いてくれる。

「すびばぜん……」

「……店の中へどうぞ」

 伊織は逸る気持ちを鎮めながら、店内に入る。

 するとどうだろう、この既視感は。

 なんだこれ、中華料理屋じゃないか、と伊織は思った。

 日本のよく街中にある、壁にメニューの書いてある大衆型の店だった。

「こ、このチャーハンっての、もらえますか」

「はい、ちょっと待ってね」

 そのお姉さんは、厨房に入ると、準備を始める。

「あれ、お姉さんがこの店やってるの?」

「そうだよ、あたし一人でやってるのさ」

 歳の頃、セレンよりもちょっと高め。

 料理に髪が入るのを嫌ってか、バンダナのような布を巻いている。

 スリットの入った赤地に金糸の刺繍が入っているチャイナドレスを着ていた。

 どれだけ万能な先代勇者だったんだ、と感心しまくる伊織。

 これも先代の勇者が伝えたものだと決めつけてしまった。

 カシャカシャと鍋の鳴る音、ちょっと焦げたしょう油の匂い。

「はいよ、お待ちどうさん」

 出されたチャーハンは、見た目も懐かしいものだった。

 添えられた中華スープを一口飲む。

 「うめぇ……まじ感動だ……」

 次にチャーハンを一口。

 ほろりとパラける米と米。

 焼き豚のような肉とネギと卵だけが混ざったもの。

「やばい、まじ美味い……泣きそう」

 既に泣いていた伊織。

「いや、そこまで言ってくれると、あたしも嬉しいよ」

 壁に書かれた文字に、中華丼、天津飯、その他懐かしい料理の名前。

「まさか再び出会えるとは思いませんでした。ほんと、ごちそうさまでした。それと、ちまき、全部もらえますか」

「えっ、いいのかい? 五〇個はあるけど」

「えぇ、全部です、明日も来ますから」

「ありがとうよ、いや、嬉しいよね」

 支払いを済まし、ちまきをあつあつのままストレージへ突っ込む。

「またよろしくねー」

「絶対来ます!」

 伊織はついでにダルドの店に寄る。

「よ、また来たな」

「ダルドさん、それ全部ちょうだい」

「おう……ってお前いいのか?」

「いいんだ、全部欲しいんだよ」

「今包むから待っててくれ」

 凄く嬉しそうな声、それでいて不思議な表情もしているダルド。

 支払を終え、ダルドは心配してくる。

「持っていけるのか、これ」

「大丈夫」

 片っ端からストレージへ放り込む伊織を見たダルド。

「なるほど、それ持ってるんだな」

「はい」

「毎度ありがとうよ、また来るよな?」

「また来ます、じゃっ」

 伊織は色々な料理を買い込み、かなりの金額を消費している。

 その金額、金貨一枚に迫っていた。

「よし、これで食料は大丈夫だな」

 伊織はホクホク顔で満足していた。


 一度部屋へ戻ろうと道中歩いていたとき、伊織の目に留まったとある店。

「お、銀製品じゃないかな、ちょっと見ていこう」

 伊織は銀製品を集める趣味が日本ではあった。

 バックルをメインとして、小遣いの範囲内で買うことが多かった。

 銀の含有率八〇パーセントまでが銀製品として伊織が認めていたもので、銀食器等がこの品質である。

 なぜ一〇〇パーセントではないのか。

 銀は柔らかく加工しにくいので、伊織のいた世界では、装飾品として加工する際は銅などの他の金属を混ぜ、合金にしてから加工するのが一般的であった。

 伊織の今しているベルトのバックルは、少し黒ずんでいる、これを一部ではいぶし銀と呼ばれている。

 錆ではなく、硫化と呼ばれる、空気中の硫黄などに反応して黒く変色する。

 銀食器などは、毎日のように磨かれているため、この反応が少ないとされていた。

 伊織は、この黒ずんだ感じも好きだった。

 そんな中、花の意匠を模った髪留めが置いてある。

(お、これ可愛らしいな、でもくすみが全くないな……)

 すると、伊織の目の前にステータス表示のようなものが見えてきた。

 ==========

 鑑定結果:装飾品 銀(九九.九パーセント)

 ==========

(なんだこれ、ってことはほぼ純銀ってことじゃないか)

「すみません、これ、お幾らでしょうか?」

「はい、いらっしゃいませ。こちら、銀貨5枚になっておりますが」

 伊織は銀貨を出し、見てみる。

 ==========

 鑑定結果:貨幣 銀(九三.一パーセント)

 ==========

(ほほー、銀貨は合金なのか、減ったらまずいもんな。便利なスキルに目覚めたもんだ)

 伊織はちょっと考える。

 「これ、意匠違いで四つもらえますか」

 「はい、では金貨二枚になりますが、よろしいでしょうか?」

 「では、これで精算お願いします」

 伊織はギルドカードを渡す。

「はい、では、精算が終わりましたのでお返しします。個別に包みましょうか?」

 ギルドカードを受け取る。

「はい、お願いします」

 小さな木箱に入ったものを四つもらう伊織。

 そのとき、飾り気はないが可愛らしい指輪が伊織の目に入った。

 伊織はこの指輪をセリーヌにあげたら喜ぶかな、と思う。

 おおよそのサイズだったが最悪合わなければ交換すればいいと思い、手に取って店員へお願いした。

「すみません、これもいいですか?」

「ありがとうございます。銀貨四枚になりますね。こちらも化粧箱にお入れしますか?」

「いえ、これは裸でいいです」

 銀貨と引き換えに指輪をもらい、ストレージにしまい込んだ。

「ありがとうございました、またよろしくお願いしますね」

「はいはい」

 伊織は女性に贈り物をするなんてこと、久しくしていないのだった。

 本当ならセリーヌだけに渡すつもりだったのだが、マールやセレン、ミルラにも世話になっている。

 感謝の気持ちとして贈るのであれば、これくらいなら大げさにならないだろう。

 同じようなものを用意したのは、不公平が起きないように、あとで問い詰められないようにするためでもあった。

 セリーヌに誕生日のサプライズプレゼントとして指輪を用意できたこともあり、伊織の足取りは軽くなっていた。

 小箱の入った手提げ袋を軽く振りながら遠慮されてしまうか、それとも喜んでくれるのか想像しながら歩いている。

 米を使った料理のある店を教えてくれたミルラに感謝するとともに、セレンの落ち込み様が少し心配になった伊織。

 様子を見に行くべきか悩みながらも、自然とその足はネード商会に向かっているのだった。

 セリーヌに送る指輪が、後にちょっとした騒動を起こしてしまうことを機嫌のいい伊織は知らなかったのである。


読んでいただきまして、ありがとうございます。


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