第31話 鍛錬のついでに金策を
伊織はギルドを出てから城門へ向かった。
いつもの様に衛兵とやりとりをする。
「お、イオリ君じゃないか、今日も外かい?」
「はい、ちょっと訓練にですね」
「気を付けていってきな」
「はい、では」
いとも簡単に抜けられるようになった。
そのまま徒歩でブラックボアのいたあたりまで林を潜っていく。
林が森になり、歩くのが困難になろうとしたころ、風の流れる方向から獣の匂いがしてくる。
伊織はストレージから刀を出すと腰に差した。
そして刀を抜き、刃先に薄い炎をイメージする。
それを少しづつ外側へ広げると同時に、温度も上げていく。
外側が青白くなったとき、今度は刀の茎に向かってそれを伸ばしていく。
刀の中頃に届いた辺りで少し苦しさを感じる。
この辺が今の限界だろう。
多分放出できる魔力と回復する魔力の分岐点なのだろう。
これ以上は消耗して倒れるという辺りで炎の成長を止める。
匂いのした方向を見据えると、その方向から土煙を上げながら走ってくる大きな猪。
前よりは少し小さいだろうか、それでも体高1.5m、伊織より低いくらい。
ドドドドド……
突っ込んで来るブラックボアを紙一重で避ける瞬間、目の上辺りに刀を滑らせる。
ピギィイイイ!
ズシン……
ブラックボアは脳漿をまき散らし、倒れた。
ブラックボアに触り、ストレージへ格納する。
まだ伊織は集中を続ける。
鼻の奥が焼き切れそうな感覚が続く。
少し出力を抑えてみた、すると辛さが和らいだ感覚がある。
刀を構えたまま、今度は右から足音。
伊織はまたすれ違い様にブラックボアの目の上に刀を同じように滑らせた。
ピィギィ!
ズン……
今度のはちょっと大きかったから斬り上げる感じになった。
倒れたブラックボアを触り、また格納していく。
刃への展開の集中を続けながら、暫く経っただろうか。
倒したブラックボアは十体を軽く超えた。
周りからそれらしい匂いも気配もなくなったとき、伊織は集中を解く。
すると、刃へ展開していた炎も消えた。
刀の峰を触り、熱くないことを確認して、納刀する。
「ふぅ……きつかった」
伊織は独りごとのようにつぶやくと、ストレージから水の入った瓶を取り出し冷やしてから飲んだ。
「美味い…水ってこんなに美味かったんだな…」
少し休んで、刀をまた抜く。
そして刃に炎を展開する。
苦しさを覚えるギリギリの出力を続け、元来た道を戻っていく。
街道が見えた辺りで、展開を解除し、納刀する。
城門がギリギリ見える辺りに出たようだ。
城門へ向かって戻る伊織。
「今日明日は魔力の放出を続ければ、それだけで何とかなりそうな感じだな」
それでも、金銭的な余裕の為にブラックボアは狩り続けることになるだろう。
城門を出てから凡そ三時間弱、やっと帰ってきた。
「お、イオリ君、おかえり」
「お疲れさまです」
「はい、確認できたから通っていいよ」
「ありがとうございます」
いつもの様にやり取りを終え、城門を抜ける。
そのままギルドへ向かって歩く伊織。
時間がもったいなく感じ、手のひらの上に冷気を展開する。
鼻の奥にツンとした苦しさを感じると、ちょっと弱める。
そのままの状態でギルドへ向かうのだった。
ギルドへ着いて、入口を潜る前に展開した魔力を解く。
「ふぅ、結構辛いな」
玄関ホールへ入ると、マールのところに並びが出来ている。
仕方なく、隣へ行こうとしたとき、マールがカウンターを出てツカツカと歩いてくる。
少し不機嫌な顔をしていた。
「イオリさん、浮気ですか? 浮気なんですね?」
「あの、何を仰っているのでしょうか……」
両腰に手の甲を当て、ちょっと腰を曲げ、見上げるように伊織の目を見る。
「私がいるのに、他の受付に行くなんて、浮気みたいなものじゃないですか」
「あー、結構並んでたから、負担を軽くした方がいいかなーと」
「むー……」
また歩いてカウンターへ戻るマール。
「さて、並んでいる皆さん、ちょっとお伺いしますけど。依頼の受付、報酬の受け取り以外の人でしたら、今回はご遠慮くださいね。もし、違っていたら、この受付は出入り禁止にしますので」
マールがそう宣言すると、今カウンター前にいる女性以外、全員列から離れて行った。
「まったく……はい、これが今回の報酬です、次回もよろしくお願いしますね」
そう笑顔で女性に応対する。
「はい、またお願いします、くすくす……」
離れて行った男たちを見ると、笑いながら帰っていく女性冒険者。
「はい、イオリさんどうぞ」
「強いなぁ……」
「はい、愛を知った女性は無敵なんですよ」
どこかで聞いたフレーズだなと思った伊織。
「あのさ、また買い取りお願いしたいんだけど」
「ではこちらへ」
マール先導で買い取りカウンターへ。
「あのさ、今回、ちょっと数が多いんだけど。ここじゃ乗せ切れないと思うんだ」
「では、倉庫の方へ来てくださいね、こちらですよ」
カウンターの裏の少し大きな倉庫へ行くと、マールは回れ右をして地面を指す。
「ここに置いてもらえますか?」
「全部いいんだよね」
「はい」
伊織は一体づつストレージから出していく。
並べること一七体。
「……なんですか、これ?」
「ブラックボアだけど」
「いえ、この数なんですけど」
「鍛錬ついでにちょっと倒したらこの数になってね」
「ど……」
「ど?」
「どこがちょっとですかぁあああ!!!」
「なんか、ごめんね」
「ちょっと食堂のところへいてください。後で行きますから。ほら、今回は毛皮の表面に傷ないから、毛皮も評価に入れるわよ。あなた、ほら、さっさと動く!」
ちょっと怖くなった伊織は、素直に食堂へ向かった。
動いて少し空腹になったので、ついでに料理を注文する。
「お姉さん、この定食ってやつをひとついいかな?」
「あら嫌だ、こんなおばさんにお姉さんだなんて…」
「いえいえ、まだお姉さんでしょうに」
お世辞を言う伊織、この辺は世渡りとして普通の対応だった。
「じゃ、これ、おまけしとくわね。銅貨7枚よ」
「はい、じゃ、これ」
「ありがとうね、また来てねー」
笑顔で応対してくれた食堂のおばちゃん。
セルフサービスのお茶をグラスに入れる瞬間冷まして入れていく。
(便利なもんだね)
グラスに落ちる頃には冷茶になっていた。
テーブルに着き、定食をよく見ると、豚肉と野菜の炒めものみたいなおかずにコッペパン、葉野菜のスープがあった。
「お、なかなかいけるな、これ」
空腹が最高のスパイスとでも言うのだろう、結構満足して食べる伊織。
食べ終わってお茶を飲んでいると、マールがこちらへやってきた。
「ふぅ……あーっ、ごはん食べちゃったんだ……」
「はい、金貨一九〇枚、今回は毛皮の分も入ってるから、結構値がついたのよ。というより、こんなにブラックボアで稼いだ人いないわよ……」
「ありがと、っていうかごめんね」
「今日もごはん連れていってもらおうと思ってたのに」
「俺はマールさんの財布ですか!」
「えー、大変だったのよ、ブラックボア一七匹も……」
「はいはい、俺はお茶飲んで付き合うから。行きましょうか、お嬢様」
「えぇ、よろしくってよ」
伊織の差し出した手に自分の手を乗せるマールだった。
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