第28話 この想いを原動力に換えて
伊織は目を覚ました。
知らない部屋にいる。
近くの窓からは明るい空が見える。
夜が明けたんだ、そしてたまに見る悪夢は今日は見ていない。
頭の後ろが柔らかい。
「おはよ、イオリさん」
伊織の顔を上からのぞき込むセリーヌがいた。
笑顔での朝の挨拶なんて、初めてだ。
「お、おはよう。俺、昨日、泊まっちゃったんだね」
「うん、私の部屋だよ。あの、その、ね」
「お、おう……」
「その、おっきしてるんだけど、その、ごにょごにょ……が」
「あ」
慌てて身体を起こし、股間を押さえる伊織。
セリーヌに向き直ると、白いワンピースを着ていた。
清楚でとても可愛い。
「あのね、もういっかい、する?」
ちょっと頬を赤らめて、こてんと首を傾げて、聞いてくる。
「いやいやいや、セリーヌさん、痛いんでしょ、その……」
「うん、まだ何か入ってるみたいで痛い……かな」
「その、ごめ──」
「駄目!」
「え……」
「謝ってほしくない、それなら、ありがとうって言って」
「その、なんだ……ありがとう、セリーヌ」
「うん、どういたしまして」
「イオリさん、お風呂、お湯入れてあるから入ってくる?」
「うん、そうさせてもらおうかな。セリーヌさんは?」
「さっき入ってきちゃったから」
「そっか、じゃ、いってくるね」
「はい、タオル」
そしてセリーヌは後ろを向いて。
「それ巻いて」
「うん……よっ……もういいよ」
伊織はタオルを腰に巻き、綺麗に畳んである着替えを持って。
「あれ、俺のパンツ……」
セリーヌはこっちを向いた。
「あ、さっき洗って干してあるけど、駄目だった?」
「いや、ありがと」
そういうと伊織は手のひらに新しいパンツを取り出した。
「あ、それもしかして、ストレージってもの?」
「うん」
「すごい、初めて見たわ。あ、それであのお肉だしてくれたんだ」
「バレちゃったか、そだね」
「お風呂冷めちゃうから、いってきて」
「うん」
タオルを腰に巻いたちょっと恥ずかしい恰好で、腰のタオルが落ちないように片手で押さえながらドアを開けて脱衣所へ入る。
「ほー、こうなってるんだ」
服とパンツを置いて、もう1枚のドアを開ける。
ちょっと広めの洗い場と、奥に湯船がある。
お湯に入ると、足を延ばしても余裕の長さの湯船。
「うは、こりゃ気持ちいいわ」
伊織は考えた。
セリーヌを抱いてしまったこと、そして、小夜子への申し訳ない思い。
伊織は後悔はしていない。
セリーヌが伊織に話してくれたこと、伊織は伊織なりに責任は取るつもりであった。
セリーヌが口にした勇者という言葉。
この国で勇者という存在は大きかったという、初めての認識。
先代勇者がどれだけの偉業を成し遂げたのだろう。
(俺はどれだけのことをしなければならないんだ?)
でも、一般の女の子であるセリーヌまで期待している。
英雄に、勇者になる人だと。
伊織は幸い、死ににくい身体を手に入れた。
多少の無茶は出来るだろう。
どこまで成長していくのか伸びしろのわからないこの身体。
今も害悪から怯えて暮らす末端の人々。
勇者と確認が取れてから、地下牢に入れられたあの日。
逃げるようにこの国へ流れてきたあの日。
伊織は身体を洗って、湯をかけ、脱衣所で着替える。
脱衣所の端に、伊織の下着と、セリーヌの下着が干してあった。
ちょっと気恥ずかしい。
部屋に戻るとテーブルの前に座ったセリーヌ。
テーブルの上には、焼いたパンとサラダ、スープにオムレツ。
「おかえりなさい、イオリさん」
伊織は座る。
「簡単だけど朝ごはん作ったの、食べる?」
「うん、ありがとう」
「はい、どうぞ」
グラスに氷と冷たい水を入れてくれるセリーヌ。
「私も、いただきます。これね、前にいた勇者様が広めたってごはんを食べるときの挨拶なんだ」
「……いただきます、でいいのかな?」
伊織はわざと知らないふりをしつつ。
「うん」
セリーヌも食べ始める。
カリカリに焼いたパンに、塗られたバター、ふっくらと焼き上げられたオムレツ。
ベーコンであろうか、葉野菜の入ったスープ。
ごちそうであった。
「うん、美味しい」
「えへへ、いつも私が皆のごはん作ってるの。自信あるのよ、料理は」
「そうなんだ、凄いな……」
「でしょ、私には私にしか出来ない仕事をしてるの。だからね、イオリさんにしか出来ない仕事、頑張って欲しいなって思うわ」
「うん、わかった。俺、セリーヌさんの知ってる勇者様がどれだけのことをしたかは知らない。でもさ、その勇者様ってこの国の、この街の色々なもの、人々に役立つものを作った人でしょ?」
「そうみたい、私が生まれたときには、もういなかったけど」
「俺、頑張ってみる。その偉大な勇者様に少しでも近づけるように。俺に出来ることを精いっぱい。人の仕事に貴賤はない、今は遠いところに行ってしまった俺の親が言った言葉があるんだ。セリーヌさんだって、ヨールさんだって、その、お姉さん方だって、立派にこの国を支えているんだ。自分の仕事を全うすることは、等しく貴いことだって」
「うん、頑張ってる。でも、凄いね。私と1つしか違わないお兄さんが、そんな素晴らしいことの言える人で。そして、凄いことを出来る人で。そして…大好きな人で…」
「ありがとう、セリーヌさんが思うような男になるよ。なれるかどうかわからないじゃなく、なるんだ」
「うん、私もね、そうなると思うよ。だから、辛いとき、寂しいときは、私が温めてあげたいから、待ってるね」
「うん、甘えさせてもらいます」
伊織とセリーヌは見つめ合って笑い合う。
「ごちそうさまでした」
セリーヌは食べ終わると手を合わせて言う。
伊織も合せて、同じように。
「ごちそうさまでした、合ってる?」
「うん、大丈夫」
用意してあったお茶を淹れてくれるセリーヌ。
食器を集めて、持ち上げる。
「ちょっと待っててね。キッチンに行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
「いってきます、うふふ」
楽しそうに部屋を出ていくセリーヌを見て、伊織は目を細めていた。
先代勇者だった女性は、間違いなく日本人だ。
それもかなり博識で、行動力がある女性だったのだろう。
伊織は自分が小さく思えてくる。
多分、避妊魔法も先代勇者が考えたのだろう。
これだけの文化を浸透させ、人々の幸せを考えられる女性。
敵わない。
でも、今度は伊織の番だ。
ストレージからスマートフォンを出し、小夜子の写真を出す。
(小夜子、ごめん。俺、セリーヌが好きだと思う。でも、セリーヌも小夜子ごと好きになってくれるってさ。だから俺は小夜子のことは今でも好きだし、愛してる。絶対忘れないって約束したし)
そのとき、セリーヌが帰ってくる。
「セリーヌさん、これ、見てくれる」
「ん?」
セリーヌは伊織が持っている不思議なものを見て。
「この女性がサヨコさん?」
「うん、小夜子だよ、俺が愛した女性だ」
小夜子が最後に残した旅行先での自撮り写真だった。
「優しそうでとても綺麗な女性だね。敵わないな、こんな女性がイオリさんの中にいるんだね」
「うん、だから忘れることは絶対ないんだ」
「駄目だよ忘れちゃ。そっか、私頑張る。これ、なんだかわからないけど、大事なものなんでしょ? 記憶に焼き付けておくね。このサヨコさんの笑顔」
伊織は電源を切って、ストレージに仕舞う。
「うん、でもね、セリーヌさんも負けてないくらい綺麗なんだけど」
「えっ、そんな訳ないじゃない。それとね、セリーヌって呼んで欲しいな……」
「うん、セリーヌ、ありがとう」
「あ、忘れてたけど、お父さんが話あるって下で待ってるって言ってた」
「そか、よし行こう。今日明日とやることが沢山あるから、気合入れないと」
セリーヌは伊織に抱き着いてキスをする。
「んー……ぷぁ、うん、私も行く」
「びっくりした……」
伊織とセリーヌは一階へと下りて行った。
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