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第19話 夜の街 その3

 久しぶりの美味い酒を、ストレートでゆったりと飲んでいる伊織。

 一方セリーヌは肉を頬張り。

 グラスが開くと、自分でまた水割りを作ってそしてまた飲んでいる。

 あっという間に皿の上の肉がなくなってしまった。

「あ、全部食べちゃった……」

「そうだね」

「ご、ごめんなさい……私、私ぃ……」

 伊織はセリーヌの頭を撫でながら、とても優しい目をしている。

「いいんだよ、俺はここに来る前に食べてきたんだし」

「ふぇ、そうなの?」

「うん、だから泣かないでね」

 セリーヌの目じりからちょっと流れていた涙を、持っていた手ぬぐいで拭いてあげる。

「うん、ありがと」

 お酒のせいもあってか、ちょっと子供っぽいセリーヌ。

「あ、そうだ忘れてた」

「ん?」

「セリーヌ、誕生日おめでとう」

 瞬間ぶわっと涙を流すセリーヌ。

「えっ、どうした、どうしたんだ?」

「あのね、お姉さん達とお父さんにしか言われてなかったから……」

「そ、そうなん……んぐ」

 セリーヌは伊織の首に手を廻し、キスをしていた。

「んー、ぷは。イオリさん、ありがと」

 そのまま伊織の胸に背中を預けるセリーヌ。

「な、なにを……」

「んとね、これしかお礼できないから。迷惑だった? 私、初めてだったんだよこれでも」

 そう言って両頬を手のひらで押さえて、照れているセリーヌ。

 伊織は困惑していた。

 セリーヌから漂う甘いようなそんな香り。

 可愛い笑顔と柔らかな感触。

 勿論、この時点で伊織の男の部分ははち切れんばかりに反応している。

 身長一七五の伊織より頭一つ小さなセリーヌ。

 その身長に似合わぬたわわに実った胸。

 伊織はもう理性が飛びそうになっていた。

 伊織の手がセリーヌの胸まで伸びようとしたとき、無理やりブレーキをかける。

(ちょっと待て、セリーヌは、娼婦らしからぬ振る舞いをしているじゃないか)

 もしかしたらと伊織は思った。

「んふふふ、イオリさん大好き……」

 そう言いながらもこくこくとグラスの水割りを飲み続けているセリーヌ。

「あのさ」

「んー」

 伊織の方へ身体を向けて、セリーヌが抱き着いてくる。

 伊織の胸板で押し潰れるセリーヌの胸。

 伊織は飛びそうな理性をなんとか保つ。

「セリーヌさん、そのお姉さん達と同じ仕事しなさいって言われてるの?」

「違うよぉ、私お父さんの跡を継ぐ勉強してるんだよぉ……」

「そのお父さんって、もしかしてヨールさん?」

「そだよ。えへへ、イオリさんいい匂い……」

 伊織の胸に顔を埋めてスンスンと匂いを嗅いでいる。

(やべー、危ないところだった……)

「昨日ね、お父さんとお姉さん達に祝ってもらったんだー……でも、イオリさんにおめでとうって言ってもらって嬉しかったよ……あれ、なんだろうこの固いの……」

 ぎゅっ

 伊織の股間を握ってくるセリーヌ。

「ちょっとまてだめだって、それ違うから」

 慌ててセリーヌを抱き上げる伊織。

「んみゅ……お姫様だっこだ……うれし……すーっ……すーっ」

 伊織の腕で寝てしまったセリーヌ。

「やれやれ、危なかったな」

 伊織はそのままベッドへセリーヌを寝かせた。

 そして、額にキスをして。

「おやすみ」

 部屋の鍵を開けて一階へ戻った。

 階段を降り終わったあと、そこにはヨールが待っていた。

「もうお帰りでしょうか?」

「あのさ、セリーヌは確かにいい子だったけどさ。どういうことか、話してくれるよね?」

「わかりました、こちらでお話しします」

 最初に通された待合室ではなく、ヨールの私室だろうか。

「どうぞお座りください」

「で、どういうことなんだ? 危うく手を出しちまうところだったじゃないか」

「いえ、それでもよかったのですが」

「てめぇ、それでも親かよ!」

「いえ、あの子の両親は二年前亡くなっています。私の妹夫婦の娘でした……」

 伊織は沸騰した頭を瞬時に切り替え、どっかとソファに座る。

「話を聞こうじゃないか」

「はい、ちょっと長くなります。こんな男相手でよければ、酒の相手でもしながら聞いてください」

 ヨールは酒瓶とグラスを戸棚から出すと。

 新しい酒の封を切り。

 二つのグラスに注ぎ、片方を伊織へ差し出した。

 伊織は匂いを嗅ぐと、さっき飲んだものよりも更に上等な酒だと思い一気にあおった。

 コンッ

 そのグラスに再び酒を注ぐヨール。

 そして自身も飲み始める。

「あれは、二年前の冬でした。ここから馬車で七日程離れた村に、妹夫婦が住んでいたのです。その村がオークの群れの襲撃にあったとの知らせが入ったのです」

 パキン!

 ヨールはグラスを握りつぶしていた。

 手が血に染まっている。

「私は冒険者ギルドにそして国に訴えかけました。討伐隊を組織してもらい、私も現地へ赴きました」

「……オークか」

「はい、ですが。時すでに遅く、村は壊滅状態に。妹の夫は無残にも殺され、村人も皆死んでいました。妹は恐らく、オークに攫さらわれたのだと思いました」

「うん」

「ですが、村を出たあたりで妹の亡骸が見つかったのです。舌を噛み切ったのでしょう。口から血を流して事切れていました。そのとき、冒険者の方々が見つけてくれたのです。村の倉庫の奥で衰弱しきったセリーヌを」

 グラスを片付け、手に手ぬぐいを巻き。

 またグラスを持って酒を注ぎ、そしてあおるヨール。

「……ふぅ、お見苦しいところを、すみません。セリーヌを引き取り、私の養女にしました。2年間私の仕事を理解して手伝ってくれました。昨日十八になって、私の仕事を継がせる決意をしました」

 伊織もグラスを呷り、注げとグラスを前に出す。

「イオリさんもご存じだと思いますが。ギルドに報酬を掲げているのは私です」

「あぁ、あれあんただったのか」

 ヨールは伊織のグラスへ酒を注ぐ。

「はい、そんなときです。コボルトを殲滅したと噂を聞いていたイオリさんが来たのです。天啓かと思いました。どうやって持成そうと思いました。ですが……」

 苦笑いをしながらグラスを呷るヨール。

「香水の匂いのしない子とか、慌てましたよ。私はこの娼館を十年続けています。貴族の方々。商家の方々。そして冒険者の方々。色々な男性とお付き合いさせて頂いております。他人を見る目には自信がありました」

「それで?」

「酒を飲みに来たと言われましたよね。それならば、任せてもいいのではないか……と。男のあしらいをそろそろ教えなければ。そして、優しい男というのはどういうものなのか。いいと思いました。イオリさんであれば」

「まいったな……」

「セレネード様、マールディア様とのお付き合いもさせて頂いております。知っていたのです、イオリ様がどういう方なのかを。申し訳ございませんでした」

 頭を下げるヨール。

「バレてたんですね、やれやれ。あのお嬢様方も困ったもんだわ」

「私は父親として、中途半端でした。ですが、父親なんです。私では男の優しさを教えられません。なので、イオリさんになら少しでも優しさを分けてもらえるのではないか? そう思って、こんな失態を……」

 伊織はヨールの手を取り、グラスの破片が入っていないかを確認し魔法の起動を念じる。

 ぽぉっと光る伊織の両手。

 そして、ゆっくりと傷が塞がっていく。

「これは……」

「これは貸しだ。その代わりに、その村の位置など詳しい話を聞かせてくれ。オークは俺が倒す」

「今何と?」

「だから、セリーヌの親の敵を討ってやるって言ってるんだ。俺は来週、Cランクに上がる。だから俺が全部喰らってやる。報酬だけきっちり用意しておけ」

 ヨールの目には涙が流れる。

「おっさんの涙なんて見たって嬉しくもないわ。明日また来るから、書面で解りやすく纏めておいてくれ。セリーヌにも言っとけよ、あんな無防備なことしてたら、今度は美味しく頂いちゃうからなって」

「くくく……はい、ありがとうございます」

 無防備に寝こけているセリーヌの姿を想像したのだろう。

 伊織はカードを渡す。

「じゃ、精算してくれないかな」

「はい、少々お待ちください」

 ヨールが精算して戻ってくる。

「銀貨五枚分頂きました。酒代と部屋代だけです」

「いいのか?」

「これでも高いくらいですよ。では明日、お待ちしてます」

「あぁ、じゃあ……な」


読んでいただきまして、ありがとうございます。

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