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第18話 夜の街 その2

回想2との矛盾が出てしまったため、一部修正しました。

 伊織はここが娼館だということをすっかり忘れていた。

 この世界での娼館というのがどういうものなのか全く知らない。

 うっすらとした知識で、娼館はそういう所だという程度であった。

 予め酒が飲めればいいと伝えてあることから、それだけでも十分なのだろう。

 絨毯の敷いてあるところに、低いちゃぶ台のような高さのテーブルがあり。

 そこにはグラスと酒が用意してあった。

 そして壁際に、どのような動力で動いているのかわからないが冷蔵庫のようなものまである。

「どうぞ、こちらへお座りください」

「は、はひ」

 何故か伊織も噛んでしまう。

「改めまして、私、セリーヌともうし……あ、どうしよう、本名言っちゃった……」

「えっ」

「あの、ですね。最初のうちは名前が呼ばれたことを気付かないときがあると教わりまして。名前をちょっと変えてですね、使うようにと……お姉さん達に」

「あ、そういうことなのね」

「ですので忘れてください」

「忘れてって言われてもね……」

 伊織とセリーヌ、二人の間に微妙な雰囲気が出来てしまった。

「イオリさんって言われましたよね?」

「うん、そうだけど」

「私ともしかしたらそんなに違わないのかなーって」

「やっと普通の喋り方してくれたね」

「あ、すみません……」

「いいんだよ、俺といる間だけは」

 伊織は少しこのセリーヌに好感をもっていた。

「なんていうかさ、ヨールさんに伝えたからなのか。香水の匂いもしないし、化粧っ気もないし」

「あ、私、香水持っていないんです。化粧もしたことなくて、お姉さんたちが慌ててリップだけでもって塗ってくれたんです……」

 伊織は意味がわからなかった。

 これだけ立派な娼館なのに、何故だろうと。

「実はですね私、昨日十八になったんですよ。だからお酒、飲んでいいよって言われて」

「それって、あれ?」

「いえいえ、私の事なんて聞いてもつまらないですから。お酒飲みにきたんですよね、このお酒でもいいですか?」

 セリーヌは両手酒瓶を持って、首を傾げて聞いてくる。

 彼女が持っていた酒瓶は、陶器の瓶だろうか。

 見事な装飾が施された、見た目からも高そうな物だった。

 伊織は生唾を飲み込みんだ。

 酒飲みには見逃せない逸品かもしれないのだ。

「と、ところで、この国の成人って何歳なのかな?」

「えっ、十八からですけど……」

「ふぅ……よかった。俺飲んでも怒られないのか」

「えっ、ということは?」

「俺今二十歳なんだよね。よかったよ、もっと上じゃないとだめとか言われなくてさ」

「えぇえええ、私とふたつしか違わない」

「驚くのは後でいいから、お酒注いで。すっげぇ美味そうだわ……」

 セリーヌは伊織にグラスを渡し、ボトルの封を切って、注いだ。

「おおおお。琥珀色の液体。香ばしい香り。これ葡萄、いや雑穀からできたやつを……」

 伊織は一口、口に含む。

 これはいつもの毒見などではなく、単純に酒を味わいたいだけであった。

 口の中で軽く転がし、そして飲み込む。

 喉が焼けるようなこの感覚、鼻から抜ける残り香も悪くない。

「うん、これはいい。とてもいい酒だわ……」

 アルコールはそれ程高くないが、十分に熟成された荒いバーボンのような酒だった。

 洋酒好きの伊織にはストライクゾーンど真ん中な味。

 もう一口口に含み、口の中で転がす。

 そしてゆっくりと飲み込む。

「ふぅ……美味いわ。ヨールさんが言うだけはあるね」

 伊織が酒を飲んでいるのを、指を咥えてじーっと見ているセリーヌ。

「そんなに美味しいんですか?」

「んー、俺は酒に慣れてるからね。でも、セリーヌさんにはちょっときついかも。そうだ、氷と水あるかな?」

「はい、ここに」

 そう言って壁際の冷蔵庫らしきものの扉を開けると、そこはやはり冷蔵庫そして冷凍庫でもあった。

 開けると上下にまた扉があり、下は冷凍庫上が冷蔵庫になっているようだ。

 セリーヌが冷凍庫から氷を、冷蔵庫から水の入った瓶を出すとテーブルの上に置いた。

「よし、じゃちょっといいかな?」

 伊織は空いていたグラスにアイストングらしきものを使って氷を3つ程入れる。

 そこに少な目に酒を入れ、水で満たす。

 少しかき混ぜてセリーヌの前に置いた。

「氷は溶けると困るから、冷凍庫に入れといてね」

 冷凍庫と言ったのが通じるということは、日本の名称なども伝わっているのだろう。

「はい」

 セリーヌは氷を元の冷凍庫に入れた。

「じゃ、これ飲んでみて。少しづつだよ?」

「はい」

 セリーヌの喉が動く。

「あ、これ、香りがよくて、少し甘みがあって美味しいかも。私、お酒初めてなんですよ。というより、イオリさんが初めてのお客さんですから……」

 伊織はその言葉に疑いは感じなかった。

 そう、あまりにも普通過ぎるからである。

 祖父や父に銀座のクラブ辺りには何度か連れて行ってもらったことがある。

 日本のクラブとかにはそういう素人さを売りにしている人もいるらしいが、この世界はそういうのはないだろう。

 何より貴族も多く通っているような店だ。

 多分セリーヌでは相手すら出来ないのではないだろうか。

 セリーヌは伊織に対して警戒心さえ感じられない。

 これがもし演技だとしたら相当な修羅場を潜ったとしか思えない。

 ここは扉に鍵が閉まっている。

 そしてセリーヌしかいないこともあって、珍しく警戒心を解く伊織だった。

 酒の味に負けたのかもしれないが。

「こくこく……ぷは、美味しいですこれ」

「おいおい、そんな飲んじゃって大丈夫かよ……」

 セリーヌは自分で氷を出し、グラスに足す。

 伊織がやったように、ほんの少しお酒を注ぎ、水で満たしてマドラーでかき混ぜる。

「これでいいんですよね?」

「うん、いいと思うよ」

「やった、こくこく……ぷはっ」

 伊織はあることを思い出した。

「そだ、お皿とフォークあるかな?」

「はい、ここに確か」

 セリーヌは戸棚から皿とフォークを2本出してテーブルへ。

「これ、どうするんです?」

 伊織はちょっした悪戯を思いついていた。

「んと、目を瞑っててくれるかな?」

「はい」

 警戒心ゼロなセリーヌに伊織はちょっと苦笑いをする。

 伊織はアイテムボックスから串焼きの入った袋を出す。

 予想通り、焼きたての状態が保たれていた。

(お、これはいいわ。中は時間が止まっているか、ゆっくり流れているとかなんだろうな)

 伊織はフォークを使って串から肉を抜いていく。

「あ、なんだかすごくいい匂いがするんですけど。まだ目開けちゃだめですか? お腹が空くような香ばしい匂いが……」

 串と袋を目に入ったゴミ箱へ捨てると伊織は元いた場所に戻る。

「いいよ、目開けてごらん?」

 セリーヌは目を開ける、すると。

「わ、お・に・く・だー! これ、食べてもいいんですよね?」

「いいよ」

「いただきます! はむ、むぐむぐ、美味しー」

 右手でフォークを持ち、口に肉を運んだセリーヌ、左手を口元に当てて微笑む。

 まるで子供のように、嬉しそうに食べるセリーヌ。

 知らない男が出した食べ物を何の警戒もせず食べる。

 伊織にはある意味羨ましくも思っていた。

「はぐはぐ、んくんく……ぷは。このお肉お酒にとても良く合いますね」

「そっか、それはよかった」


読んでいただきまして、ありがとうございます。

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