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第17話 夜の街 その1

 串焼き屋のおやっさん。

 ダルドの話の通りの道順で進むと、そこには物凄く立派な建物がある。

 なぜダルドの言う通りに来たのか、疑いはしないのかと思うだろうが。

 伊織の持論で、金銭と損得の絡んだ間に騙しは存在しないという偏ったものがあるからだ。

 何かしらの騙しがあれば評判を落とすことになる。

 それくらいなら、有益な情報を与えて恩を売りつけておけば再度来店してもらえる。

 伊織はこう思っていたのだ。

 建物のドアの隅に〔ビスクドールズ〕と読める小さな看板。

 ドアを軽くノックしてみる伊織。

 するとドアの小窓が開き、男の目が見える。

「どちら様のご紹介でしょうか?」

 年配の男性の声に伊織は答える。

「ダルドさんから紹介してもらったんだ」

 小窓が閉まり、鍵の開く音が聞こえる。

 カチャ……

「どうぞ……お客様」

 すると、執事然とした年配の男性が伊織を迎え入れた。

 右手のカーテンのかかった場所へ案内される。

 そこはソファとテーブルだけが置いてある質素な部屋。

「こちらへお座りください。ダルド様からのご紹介でしたら、当方も問題はございません」

「ところでこの店はどんな店なんでしょう?」

「はい、当ビスクドールズをご利用頂きまして誠にありがとうございます。私、当店を統括させて頂いておりますヨールと申します。以後、お見知りおきを。当店は、娼館となっておりますが……」

「娼館? そりゃ困るな。俺は美味い酒が飲みたいだけなんだけどな」

「大丈夫です。当方、この界隈でも酒類の品質は負けておりません。お客様の中にも貴族の方々も多く。ご贔屓にしてもらっています」

 伊織は、これならば下手なものは出てこないだろうと思い。

「わかりました……よろしくお願いします。ですが、貴族様のような金銭感覚は持ち合わせてませんよ?」

「大丈夫です。どんなに豪遊なさっても、金貨二枚を超えることはありませんので」

 伊織はほっとした……

「ただ、素性の確かな人だけしかお通ししておりませんので。出来ればご身分のわかる物を提示して頂けないでしょうか?」

 伊織はギルドカードを出す。

「これでいいですか」

「はい、構いません。しばらくお待ちください。今確認してきますので。誰か、お茶をお持ちしてください」

 ヨールがそう言うと、奥から女性の声がする。

「はい、今お持ちします」

 僅かな時間でお茶を持って来てくれた女性は、とても綺麗だった。

 しかし、香水の匂いが少しきつかった。

「どうぞ、お茶でございます」

 するとすぐに裏に引っ込んでしまう。

 伊織は一口含む。

 そして二口目を飲んだ。

 まだ金銭のやり取りが終わっていないので、この有様だった。

 お茶には昔、苦い思い出があったのだ。

 高校のとき、生徒会長をしていた。

 そのせいか、やっかみで一服盛られたことがある。

 伊織が運動部の部室棟に運ばれようとしたとき。

 たまたま迎えに来ていた(駐車場で一日待っていたのがその日分かったのだが)運転手が飛んできた。

 結果、全校を巻き込む大事になってしまったのである。

 それ以来、お茶に関してはかなり神経質になっている伊織だった。

 ヨールが戻ってくると腰を折りその場に片膝をついた。

「イオリ様でございますね。この度はご協力ありがとうございました」

 カードを返される。

「支払いはこのカードでいいんですよね?」

「はい、現金で金貨をお持ちになる方はほぼございません。大丈夫でございます」

「よかった、それでどこで酒を飲めるんだ」

「イオリ様はどのような女性をお求めでしょうか?」

「そうだね、香水の匂いがしない優しい女性(ひと)がいいな」

 伊織がそう言うと、裏でずっこける音が聞こえた。

 それも数人単位の。

 ヨールは苦笑いをしつつ、腕を組んで考える。

「そうですね……いなくはないのですが。まだ入って日が浅い娘でして……」

「その娘でいいですよ、俺は別に多くを求めちゃいない。気分良く飲めりゃいいんだ」

「わかりました。少々お待ちください」

 そう言うと、ヨールは奥のカーテンの中へ入っていく。

「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」

 ヨールは深々と頭を下げ、礼をする。

 そしてカーテンを開けると、そこには三つ指をついた女性がいた。

「こ、今宵一夜の夢を演出させて頂きます……セリーと申しましゅ。あう……」

 ヨールは【あちゃー】というような表情をし、苦笑しつつも小声で【すみません】と謝ってきた。

 なるほど、日が浅いというのはこういうことだったんだと伊織は納得する。

 セリーと名乗った女性は、顔を上げるとちょっと涙目になっている。

「すみません、いきなり噛みました……」

「いいからいいから」

 伊織はセリーへ近寄り手を差し伸べる。

「あ……すみません……」

 伊織の手を取ると、立ち上がるセリー。

 伊織より頭一つ低い身長。

 金色に輝く腰までの長い髪の毛。

 そしてグリーンの瞳。

 化粧っ気はないが、唇だけはつやつやと光っている。

 伊織としては実に好印象な女性であった。

「あ、あの、手繋いでもいいですか?」

「うん、いいよ」

 セリーは伊織と手を繋ぐと嬉しそうに微笑む。

「ありがとうございます。こちらです、どうぞ」

 突き当たりが階段になっており、その階段を上る。

 三階に上がり、一番奥の部屋に着くとドアを開けてくれる。

「こちらです、お入りくださひ……あう……」

 苦笑いする伊織。

 部屋へ入れてもらうと、そこは伊織が泊まっている部屋の3倍はある広さ。

 カチャン……

 セリーが鍵を閉めたようだ。

 表には鍵穴がなかったので、たぶん内鍵だけなのだろう。

 靴を脱ぐ場所があり、その先は絨毯(じゅうたん)が敷いてある。

 その左奥にはトイレなのか風呂場なのだろうか、その場所へ続くドアがある。

 右奥には大きなダブルクラスのベッドが置いてあった。

(そっか、ここって娼館だっけ……)


読んでいただきまして、ありがとうございます。

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