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第16話 気持ちの高ぶりを押さえる為に

 伊織はマールから心配された。

 ナタリアから剣を託された。

 そんな複雑な思いで一杯だった。

 マールは討伐の依頼ではないと言われ、ナタリアからは刀を必ず戻せと言われた。

 期待されたい訳ではない。

 正義の為でもない。

 ただ伊織は飢えていた。

 ただ喰らいたかった。

 この世に未練などない。

 それは嘘ではなかった。

 この世界に来た直後までは。

 今でもあまり変わっていない。

 だからこそ、大胆な行動に出られる。

 伊織は、この付近のオークを見つけ次第殲滅するつもりでいる。

 コボルトを狩っていたとき、確かに生きている実感を感じていたからであった。

 少なくとも人間社会の秩序を守った上で、命を喰らうことができるのである。

 伊織だって、瞬時に首を飛ばされてしまえば多分死ぬだろう。

 それは十分理解している。

 でも、あの瞬間だけは楽しかった。

 伊織はまだ壊れているのだろう。

 もう一度、あの楽しい時間を味わいたい。

 今すぐにでもと思っている。

 しかし、そこには問題があった。

 対象を斬ったときに付着する脂である。

 コボルトを討伐したとき、どんなに綺麗に斬っても2~3体で切れ味が落ちてしまっていた。

 なんとかいい方法がないかと思案しているが、簡単に思いつく訳もない。

 ぐぅ……

 伊織の腹が鳴る。

「考えていてもだめか。まだ3日あるんだし。腹減ったわ……」

 刀を差していくかそれとも、置いていくかと悩んでいるとフッと刀が消える。

「えっ、あれ?」

 伊織は周りを見回すが誰もいる訳がない。

「刀どこいった?」

 伊織の左手にまた瞬時に現れた刀。

「あれ? これって、どっかで…あ、小夜子に貸してもらった小説にあったような」

(ステータスオープン)


 氏 名:イオリ

 年 齢:二十

 レベル:一〇


 H P:三〇五/三〇五

 M P:一一五/一一五

 STR:二一五

 DEX:二〇〇


 スキル:剣術 レベル四

 魔 法:治癒魔法 レベル二 火魔法 レベル三 次元倉庫 レベル一

 ユニークスキル:超回復 レベル二

 称号:勇者


「なんだこのスキル……あ、これかもしかして」

 伊織は刀を収納すると念じた。

 そうすると刀は消える。

 刀を取り出すと念じる。

 刀が左手に出現した。

(大声で言えないな、アイテムボックスだろう多分。次元倉庫か、なるほどね。半端ないな勇者補正)

 伊織はちょっと楽しくなった。

 ベッドを収納してみる……できた。

 ベッドを出す。

 ……出た。

「おー」

 結構な大きさなのに収納できていた。

「あとは量か、多分繰り返せばレベル上がるんだろうな」

 物資の移動はこれでなんとかなる。

 気分を良くした伊織はすっかり忘れている。

 腹が減っていたことを。

 ぐぅ……ぎゅるるるる……

「こりゃやばいわ」

 刀を仕舞うと夜の街に繰り出す。

(資金は余裕ある、今晩辺りは気分転換に酒でも飲んでくるか)

 そう思った伊織だった。

 受付に寄ると、連絡はないか聞いてみる。

 ……なかった。

 なかなかぼっちな伊織だった。

(ぶっちゃけ、血がたぎっちまって。寝られないから酒しかないんだろうな……)

 適当にその辺をぶらつくよりも、どこかで聞いた方がいいと思った伊織。

 受付に戻って盛り場の場所を聞く。

「そうですね、この先にギルドがあります。その裏通りあたりから盛り場等があったと思いますけど」

「ありがとうございます」

「いえ、いってらっしゃいませ」

 伊織は言われた通り行ってみることにする。


 ギルドが見えて来たら、その路地を入り裏通りに出る。

 伊織は日本にいたとき、家で父や祖父へ中元歳暮に送られて来る高級酒をこっそり持って来ては部屋で飲んでいたほどに無類の酒好きであった。

 大学のコンパなどにに誘われはしたが、あっさりと断り家に戻る。

 小夜子の写真を前に飲んだのが最後だったかもしれない。

 場末の酒場では美味い酒は飲めないと思った伊織は、なるべく値段の高そうな店を物色していく。

 すきっ腹はまずいので、軽く食事をとっておけばいいものを。

 そんなことは考えていない。

 その辺の屋台からいい匂いが漂ってくる。

 ぐぅ……

「ん、まずい。このままじゃすきっ腹か。何か適当に食っておくかな」

 やっと気づいた伊織、遅いだろうに。

「おやっさん、その串焼き3本くれないかな」

「おう、ちょっと待ってな」

 店の店主は壷に入っているタレに漬けて、また焼いてくれる。

「一本銅貨二枚だから六枚な」

「ほい、これで」

 紙袋に入れられた串焼きを一本取って、残りは暗がりでアイテムボックスへ。

 前に読んだ小説の通りかどうか、テストしてみる伊織。

「お、豚肉みたいな味だな、美味い」

 一本食べ終わって空腹が若干紛れた伊織。

 ゴミは店のゴミ箱へ。

 この辺は几帳面な性格であった。

(そういえば、コボルトの死体、あれ腐ってるんじゃないかな……ま、仕方ない終わったことだな)

 そんなことを思いだす伊織だった。

「おやっさん。ここいらで一番高いとこと、二番目に高いところ教えてくれない?」

「あぁ、それならここかな。二番目はなんともな。俺はダルドってんだ。俺の名前出したら優遇してくれると思うぞ」

「ありがとおやっさん、またくるわ」

「おう、楽しんで来いよ」


読んでいただきまして、ありがとうございます。

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