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第13話 小夜子の願い。

 どこからともなく現れたワーブルキャットの女性は開口一番。


「あなたがイオリ殿ですね。私はベルーラと申します。レーリアを、私の孫を救っていただいて。なんと感謝を捧げたらいいのかわかりません……」


 この人がレーリアのお婆さんだった。

 確かに見た目は少し似ている。


「いえ。俺はあのとき、当たり前のことをしたんだと思います。それに、毎日のように美味しいごはんを食べさせてもらっていました。とても気の付くいいお孫さんだと思いますよ」


 伊織は握られた手からベルーラの強さを感じ取る。


「(この人、かなり強い。もしかしたら、素手なら俺、敵わないかも)」


 そのとき、とても通る声が伊織にまで届いた。


『ベルーラ。勇者様がいらしたんですね。お通ししてください』

「はい。かしこまりました」

「今のは?」

「はい。私の主人でございます。ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 ベルーラの後ろについて、伊織は彼女の主に会いに行く。

 屋敷が見えてきたところで。


『おや? 少々匂いますね。勇者様の後ろにいるのは、もしや天魔ではありませんか?』

「はい。ですが、彼女は俺の恋人です。もし一緒にいるのが駄目だというなら。俺はこの先進むことはないでしょう。俺の恋人、嫁さんたちを助けていただいて、ありがとうございました。感謝します。俺は俺を攫いに来るかもしれない奴らが、俺の家族に手を出さないとも限らないことを知っています。なので、戻って対策をしなければなりません。では失礼します」


 伊織は屋敷の方向に深く頭を下げ、踵を返す。

 ベルーラは申し訳なさそうな表情をして、伊織を見送ろうとしていたとき。


『お待ちなさい。あなたはベルーラの孫を救ってくれました。それに先代の勇者様との約束もあります。当代の勇者様との縁を失うつもりはありません』

「でしたら」

『ベルーラの孫を救っていただいたお礼として、ひとつだけ願いを叶えてあげましょう。なんなりとお言いなさいな』


 願いと言われても伊織には思いつかない。

 ただ、目の前にいるベルーラの主人は、伊織から見ても敵うはずもないとんでもない化け物だ。

 その強大な力を持つ女性が、願いを叶えてくれる。

 これ程のことはそうないだろう。


「伊織ちゃん。あのね。私の願い。聞いてもらえないかな?」

「そうだね。駄目元で聞いてみるかな」

「うん……。ありがと」


 伊織は振り向き、真っすぐに言葉をぶつける。


「ではひとつお願いがあります。俺の恋人、小夜子の願いを聞いて欲しいんです」

『それはどのような願いでしょうか?』

「初めまして。私、本郷小夜子と申します。あの……。私、天魔でいたくないのです。あの憎くて仕方のない、天魔でいるくらいなら、私……」

『皆さん、こちらへいらっしゃいな。小夜子さんの願い。聞き入れましょう』

「あ、ありがとうございます……」


 小夜子は両手のひらで顔を覆い、涙をぽろぽろと流し始める。

 伊織は小夜子の目元を拭き、背中をとんと押した。


 伊織が見たベルーラの主は、少女のように美しい人だった。

 伊織と小夜子以外は一度会っていることから、驚くようなことはない。

 皆一同に頭を下げる。


「私はアイシャルーレ・ローゼンバッハです。マールディアさん、良かったですね、出会えたようで安心しました」

「はい。先日はありがとうございました」

「その方が勇者様の。いえ、そう呼ばれるのは嫌いでしたよね?」

「いえ。俺は覚悟を決めたんです。勇者として、あの天魔を打ち滅ぼすと。俺の小夜子をこんな姿にした。あいつらを根絶やしにするつもりですから」


 伊織の右手からクァールが出てくる。


「アイシャ。久しい」

「あら、クァール様。お久しぶりです」


 目の前のアイシャでさえも、クァールを様付けするとは。


「我からも願う。我の愛しい子、伊織が攫われたのは我が油断したから。その伊織の大切な子は我の愛し子と同じ。助けてやってほしい」


 クァールがここまで饒舌なのは初めて聞いた。

 葉月の指先からも、ワァルが出てくる。


「アイシャ。お願いだよ。なんとか助けてやってくれないかな?」

「これは困りましたね。クァール様とワァル様にここまで言われてしまっては。そうですね……。では、小夜子さん。あなたは私の眷属におなりなさいな」

「アイシャ様。それはもしや」

「ベルーラは黙っててくださいね。さぁ、お時間がないのでしょう? こちらへいらっしゃい」


 アイシャに見つめられた小夜子は、ふらふらと足を進める。

 小夜子は身体は大きい方ではないが、それでもアイシャの方が小さい。

 そのため、まるで妹に抱き着かれているような、そんな光景だった。


 アイシャは目を閉じ、下唇に自らの牙で傷をつけた。

 下唇を自分で吸い、滴る血を口の中へ溜めていく。

 小夜子の首筋に牙をたて、ゆっくりと流し込んでいく。

 ゆっくりと、ゆっくりと、まるで小夜子の身体全体にいきわたるのを待つように。

 暫し時が経つと、アイシャは目を開けた。


 そのとき、ベルーラは顔を青ざめながら、自らの主に確認をする。


「アイシャ様。それは、私のときとは……。まるで、ギルファード様のときと同じ方法……」

「あら? 久しぶりだったから、どうするんだったかしら? あ。間違ってしまったみたいだわ」


 小夜子はその場でアイシャの腕の中から動こうとしない。


「ベルーラさん。どういうことですか? 小夜子はどうなったんですか?」

「大丈夫です。これから暫く高熱が続くと思われます。アイシャ様のご子息。ギルファード様もそうでしたから。いえ、それよりも多かったかもしれません……」

「もし、熱がでるようなら葉月さん。お願いしますね。私は少し疲れました」


 葉月に小夜子を託し、アイシャはその場で後ろに倒れ、寝息をたててしまっていた。



 伊織たちは葉月に小夜子のことを任せ、庭先で休ませてもらっている。


「伊織ちゃん、小夜子さんの背中が。翼が根元から……」

「お姉ちゃん。どういうこと?」

「わかりません。それに肌の色も褐色ではなく、アイシャ様のように白くなってきてるわ。首筋にあった噛み傷も、治癒すらしていないのに、最初からなかったみたいに綺麗になってるの……」


 お茶を入れて持ってきてくれたベルーラが説明してくれた。


「イオリ殿。私がアイシャ様の眷属になったときは。一滴の血をいただいたのです。今のような多さではありませんでした」

「それって」

「はい。アイシャ様は私のレーリアのこと。古きご友人だったマナ様とのこと。そして、イオリ殿とのことを大事にしてくれたのでしょう」

「まさか」

「その通りだと思います。アイシャ様は、小夜子さんの母になられたのだと。ギルファード様も元々は、人間の赤子だったのですから」


 アイシャの傍で寝息を立てている小さな少年。

 彼もまた吸血鬼。

 小夜子も同じだということは、彼女は純血のヴァンパイアにしてもらえたということなのだろう。


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