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第7話 天魔とは

 伊織が天魔という種族に囚われている可能性が出てきた。

 魔族の間でも昔、伊織や葉月のような人間を呼び出したことがあったそうだ。

「アイシャ様。私たちは魔法で思考を伝え合うことができるのですが、伊織ちゃんには伝わらないみたいなのです」

「それはきっと結界だと思いますよ。ここの結界も外への魔力の漏れすら検知できないほどの強いものを張っていますからね。この子を守るために」

 なんと強い子なのだろう。

 今のやり取りがあったというのに、二人の子供は目を覚まさない。

 静かな寝息をたてて、スヤスヤと眠っているのだ。

「あの、私たちで天魔から救い出せるでしょうか?」

「そうね。あと百年もすればハヅキさん、あなたならできるかもしれないわね。でもそれでは困るのでしょう?」

「はい」

「私は争い事を好みません。ですが、ベルーラ」

「はい」

「あなたのお孫さんのご主人が困っているのでしょう?」

「そうですね」

 ベルーラはアイシャには普段見せない顔をしているのだ。

 少し困ったような、寂しいような表情を。

 アイシャは巻いてある紙、おそらくスクロールと思われるものをどこからか取り出す。

 その紙に魔力を流したのだろう。

 一瞬だけ光った気がするのだ。

「これを持ってこの方たちを、魔王様のところへ連れて行ってくれますか?」

「はい。かしこまりました」

「私にはこの程度のことしかできません。ですが、ベルーラのお孫さんを救っていただいたことには間違いはないのです。ベルーラのお孫さんであれば、私の家族も一緒なのです。私もできることであなたたちを支援していこうと思っています」

「ありがとうございます……」

 葉月は下を向いてしまって、涙が零れるのを抑えきれなくなってしまった。


 アイシャの見守る中、ベルーラを乗せて発つことになった。

「ありがとうございます。いずれこのお礼はさせていただきます」

「いいえ、ベルーラのお孫さんも関わっているのです。あなたも私の親類みたいなものですよ。いつかイオリちゃんを連れて遊びに来てくださいな」

「わかりました。では、失礼いたします」

「道中、お気をつけて」


 結界を抜けると雪深い道へ戻ってきた。

 来たときと同じようにマールが雪を吹き飛ばしながら、魔王の城へと馬車を走らせている。

 その馬車の中でベルーラが葉月に話しかけてくる。

「レーリアは元気にしていますか?」

「はい。元気です」

 葉月は笑顔でそう答える。

「あなたたちのイオリ様と同じように、あの子がいなくなったと聞いて、私もどうしようもなくなってしまったのです。本当にありがとうございました」

「いえ、それはできたらでいいのですが、伊織ちゃんに言ってあげてください。なんとかして助け出して、遊びに行きますので」

「わかりました。あの子を助けていただいたイオリ様に、お礼も言えぬままこのようなことになってしまったことに申し訳なく思っています。私にできることは少ないですが、できる限りのことをさせていただこうと思っています」

 葉月はふとしたことを思い出す。

 ストレージにしまいこんでいたとあるものを出すと、ベルーラに手渡した。

「これに魔力を込めてみてください」

 それは手のひらに乗る大きさの魔石でできた小さな板だった。

「これは、なんでしょう?」

 ベルーラが魔力を込めたとき。

『はい。ハヅキお姉さん。レーリアです』

 そう、ベルーラの頭の中に声が響いたのだった。

「頭の中で語りかけてあげてください」

『……私を忘れてしまいましたか?』

『もしかして……。ベルーラお婆ちゃん?』

『そうですよ。元気そうね。よか、った、わ……』

 レーリアが無事だった。

 レーリアからの手紙には、ワーブルキャットにしか解らない言い伝えの言葉が書いてあった。

 それで間違いなくレーリアからだと解ったのだが、この人たちは本当にレーリアを救ってくれたのだと、今改めて実感できたのである。

 ベルーラの目に涙が零れ落ちてくる。

 葉月はあえて見ないことにするのだった。

『あのね、元気です。でも、ボクのご主人様がいなくな、っちゃって……』

『えぇ、聞きましたよ。これから魔王様に会いにいくところですから、安心してお仕事をしなさいね。私もできる限りのことはするつもりですから』

『うん、いえ。はい』

『ありがとう。あなたを助けてくれた恩は絶対に返しますからね。またね、レーリア』

『はい。お元気で、ベルーラお婆ちゃん』

 ベルーラは深呼吸をして、目元を拭くと。

「ありがとうございました。これお返しいたします」

「いいえ、差し上げますわ。これは伊織ちゃんが作ったものなのです。私はこれなしでもレーリアちゃんと話ができるようになりましたので、どうぞお使いになって、たまには話してあげてください」

「レーリアが、元気で……。ほんとうにありがとうございました」

 あまりの嬉しさに取り繕うことも忘れ、泣き始めたベルーラを葉月は何も言わず優しく抱きしめた。


「ベルーラ様、天魔とは何なのですか?」

「そうですね。我々と敵対している種族とでもいいますか、いえ、一方的に他種族を敵視していると言った方がよろしいでしょうね。見た目はとても美しい、背中に純白の羽を宿した種族、ですね」

 葉月は天使を思い浮かべたのだが、そんなに可愛いものではないのだろう。

「ベルーラ様、あたしの国とワーブルキャットの集落とで交易を結ぶことになったのです。シェーラ様とあたしの母は旧知の間柄だったらしく、早めに実現しそうだと言っていました。これも実は、イオリがしてくれたことなんです」

「そうですか。どれだけお人好しな素晴らしい方なんでしょうね」

「そうです。人が良すぎるのです。人見知りの癖に、困った人を放っておけなくて。お酒に目がなくて、朴念仁で……」

「でも先生は、ずっとそうしていくんだと思います。先生は『理不尽なことが嫌いなだけ』と言いながら、トラブルへ顔を突っ込み続けるんだと思います。だから、放っておけなくて……。魔族領へ来るときも楽しみにしていました。魔王さんにも会ってみたいと言っていましたし」

「そうですね、損な性格をされているのだと思います。私もあのお方に救っていただきました。そんな偏った自らの信念を曲げず、覇道を突き進むあのお方の未来を側で見ていたい。そう思っているのです」

「そうでしたか。私の種族は弱いのです。ですが、私だけは違います。アイシャ様のお母さまの眷属となり、人ではない化物けものとなりました。それでも天魔には私は敵わないでしょう。噂に聞くクァール様でも守り切れなかった。そんな相手なのです」

 皆は絶望の淵へ立たされた気持ちになってしまう。

「私の今の主、アイシャ様は争いを好まないのではなく、争いができないのです。争いごとに不向きな優しい方へ育ってしまいました。不老不死の存在でありながら、アイシャ様の一族は魔力に特化しているのですが身体的に力が弱く、争いが苦手なのです。だから私のようなものがいるのです。私はアイシャ様のお母さまからアイシャ様を守るように言いつけられています。なので私はレーリアを探しに行くこともできなかったのです」

「えぇ、わかりますわ。本当にお優しい方でしたものね……」

「私はあなたたちを送り届けたらすぐに戻らなくてはなりません。心苦しく思うのですが、アイシャ様と共に、できることをしていこうと思っています。さすがにこの度のことで、アイシャ様も天魔の行動を見過ごすことができなくなったはずです。あなたたちだけの問題ではなくなったということなのです。魔王様もきっとご助力いただけるはずでしょう」

「ありがとうございます。伊織ちゃんも人々が安心して暮らせることだけを望んでいる、優しい子なのです。私はもし、天魔が伊織ちゃんを連れ去ったのであれば、絶対に許しません。私もアイシャ様と同じ、争いごとには不向きです。それでも、できることはあるはずなんです」

「マナ様に会ったことがあります。あなたは似たような感じの方ですね。あの方も守ることだけしかできませんでしたね。それでも一生懸命生きられました。羨ましくも思いますね」

「えぇ、そうですね」


 それから数日後。

 どのような近道を通ってきたのだろうか。

 地図上ではかなり遠い場所にあるように思えたのだが、魔王の城が見え始めてきたのだった。



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