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第3話 続き)ワードキャットの村

 それにしてもおかしい。

 伊織はまだ隠匿の力を消していないのに、なぜワードキャットたちには解るのだろう。

「そこに誰かいるのだろう? 大人しく出てくるのであれば、危害は加えない」

 伊織は隠匿の力を解いて姿を現した。

 馬車が一台姿を現す。

 伊織は馬車から降りて怪訝そうな表情をする。

「おいおい、穏やかじゃないな。俺はレーリアを連れてき──」

 そのときレーリアは母親の腕からするりと抜けると、伊織の前まで走ってきて両手を広げて伊織を守るように立ちふさがった。

「ご主人様に何をするにゃ?」

 レーリアの伊織に対する忠誠心は本物だった。

「レーリア」

「はいですにゃっ」

「お前じゃ無理だろう?」

「うにゃ?」

 伊織は苦笑しながら、レーリアをひょいと抱き上げると肩車をする。

「うにゃにゃにゃ?」

「ありがとう、庇ってくれて。でもね、レーリアはドルフとアネッサから聞いてるだろう? 俺は覇王なんだそうだ。笑っちゃうよな。だからね、これくら自分で何とかできないと二人に笑われちゃうんだよなぁ」

 レーリアを乗せながらそのまま進んでいく。

「イオリ、過信しないでって」

「大丈夫。俺は別に争いに来たわけじゃないんだ。なぁレーリア」

「そうですにゃ」

「まったくもう……」

 レーリアが笑顔でそう応えるのを見たのだろう。

 男たちは武器を収めた。

「で、だ。村長さんか族長さんはいるかな? 俺はパームヒルドの伊織という辺境伯だ」

「パームヒルドって、あの豊かな国の……。おい、族長を呼んでこい」

 剣を納めた男は若い男にそう言った。

 若い男は走って戻っていく。

 レーリアの母親と思われる女性がレーリアに聞いた。

「レーリア。ご主人様って?」

「ママ、この人はボクのご主人様ですにゃ」

「そうなのね。みんな安心よ。この人たちは私たちに危害を加えないわ」

 レーリアの母親のその一声で、周りの人たちは表情を穏やかにしていった。


 遅れて伊織たちの前に現れたのは初老の女性だった。

「わたくしが現在この集落の族長を預かっています、シェーラと申します。詳しく話を聞かせていただけないでしょうか?」

「構いません。俺はパームヒルドで辺境伯をしている、伊織と言います。こちらは俺の連れです」

「イオリ様と奥様ですね。どうぞこちらへ」

『イオリ、奥様だって。嬉しいわっ』

『はいはい……』

 シェーラの案内で一番立派な建物へ歩いていく。

 確かに村というより集落と言った方のが相応しい感じのする場所だった。

 大道を挟んで小さな木製の家が点在している。

 その数はおおよそ五十はあるだろう。

 人間との交易があるような感じはしない。

 伊織たちのような人間が来るのは珍しいのだろうか。

 皆、建物の外へ出て伊織たちを見ている。

 他の種族の姿はなく、頭にレーリアと同じ耳を携えた人しかいないようだ。

「こちらです、お入りください」

「はい、失礼します」

『警戒忘れないでね』

『わかってるよ。いつでも転移で逃げられるから』

『イオリってほんと、化け物ね』

『だまらっしゃい』

 全く警戒心のない二人だった。

 

 案内された建物はもちろん族長の屋敷なのだろう。

 だがそこは質素で、調度品などは見当たらない。

 絨毯のような綺麗で大きな面積の敷布が敷かれたところ。

「何もないところですが、お座りください。誰か、お茶をお願いします」

 伊織はその場に正座をし、背筋を正してシェーラを真っ直ぐ見ていた。

 メルリードも伊織の真似をして左側に座っているが、慣れていないのだろう。

 少し辛そうにしている。

 レーリアも真似をして、伊織の右後ろにちょこんと座っている。

「さて、この度はレーリアを救っていただき、ありがとうございました」

「いえ、行きがかりでしたので、救えたという結果でしかありません」

 伊織は事の経緯をシェーラに説明した。

 レーリアから聞いているその当時の状況も含めて。

「……そのようなことだったのですね。レーリア、あなたは本当に運がいいわ」

「はい。ご主人様に見つけてもらいまして感謝しています」

「あら、暫く見ない間に丁寧な言葉遣いができるようになったのね」

「すみません。俺のところのメイド長に仕込まれたらしくて……」

「いえ、わたくしの部族はこの地域にある貴族の家へお仕えするものもいるのですよ。そこで教育された子たちよりもしっかりしていて驚いたのです」

「ところで、レーリアのご両親は?」

「はい、父親はレーリアを探して旅にでているのです。母親は、アリア、入ってらっしゃい」

「はい。失礼します、お婆様」

「お婆様ですか?」

「えぇ、レーリアはわたくしの孫なのです。わたくしはこれでも三百年以上生きているのですよ」

 シェーラはコロコロと笑う。

 アリアと呼ばれたレーリアの母親は、伊織に土下座というより伏せに近い状態で頭を下げた。

「この度は娘のレーリアを救っていただきまして、ありがとうございました」

「いえ、やれることをやっただけです。レーリア、いいからお母さんのところへ行きな」

「は、はい。でも……」

「いいから、これは命令だから」

「はいですにゃっ!」

 レーリアはアリアに飛びついた。

「ママ、さっきはごめんなさいだにゃ。会いたかったんだにゃ……」

「私もよ、レーリア……」

 まだ十一歳のレーリア。

 いくらアウレアの下で伊織の侍女として立派に勤めていても、まだまだ子供なのだ。

「イオリ様と言われましたね。そちらのエルフの女性は見覚えがあるのですが」

 耳を偽装しているのにエルフだと感づいているようだ。

「はい。イオリの婚約者で、メルリード・リーブエルム・シノザキと申します」

『ちょっと、メル姉さんまで』

『いいでしょ。セレンとマールだけずるいわよ』

『好きにして……』

「あら? エルフのお姫様だったのですね。シルフェはお元気かしら?」

「母をご存じなのですか?」

「えぇ、その昔、ね」

 シェーラはメルリードに意味ありげな微笑みを向ける。

「はい、相変わらずです。元気に父をイジメていますよ」

「あら、変わらないわね」


「それでレーリアはこの先どうしたいのかしら?」

 シェーラが真っ直ぐにレーリアを見つめる。

「はいですにゃ。いえ、はい。ご主人様に一生お仕えするつもりです」

「そう。もう主人を見つけたのですね」

「はいっ」

 伊織をしっかりと見つめたあと、シェーラが頭を下げてくる。

「イオリ様。レーリアをよろしくお願いします。族長として、祖母としてレーリアの希望を叶えてあげたいと思うのです。アリアもいいですね?」

「はい。レーリア、しっかり勤め上げるのですよ?」

「わかってるにゃ。いえ、わかりました」

「いいのですか? 族長のお孫さんといえば、将来の」

「大丈夫ですよ。わたくしの次は、このアリアが待っているのです。この部族は代々女性が族長になるのです。アリアはまだ二十九歳。わたくしもまだ引退するつもりはありませんので」

『うっそ。あたしとひとつしか……』

『はいはい。落ち着こうね』

『イオリ……』

『わかってますって』

「ご主人様、許しをもらいましたので、いいですよね?」

「あぁ。約束だったからね。これからもよろしく頼むよ」

「はいですにゃっ!」

 レーリアは満面の笑顔でそう答えるのだった。


「ところでレーリアの父親はまだレーリアが戻ったことを知らないんですよね?」

「えぇ、ですが大丈夫ですよ。定期的に帰ってきてますので、いずれ知ることでしょうから」

「そうですか。それと、レーリアの攫われた一件なのですが、前にも同じようなことがあったのですか?」

「はい。恥ずかしい話、わたくしたちワードキャットは争い事の苦手な種族なのです。頻繁にではありませんが、ないとは言えないのが悔しくも思います」

「今回、俺が開放した奴隷の扱いを受けていた人たちにはレーリア以外のワードキャットは確認できませんでした。俺の家人を使って誘拐に携わった者は捕縛したのですが、国外の者はまだ実態がわかっていません。見つけ次第駆逐するつもりで考えてはいますが」

「助かります」

「魔王様でしたっけ。その方はここでのそういうことをどう思われているのか」

「はい。ですが、種族の問題は種族で解決するのがここ、魔族領での掟なのです」

「放任主義ということですね」

「いえ、広大過ぎるのです。この魔族領がですね」

「なるほど。そうなの?」

 伊織はメルリードを見る。

「えぇ、人間の国がある地域の数倍はあるかもしれないわ」

「うへぇ。そりゃ管理しきれないわな。ここはまだ入り口ってことか」

「そうね。あたしも実際どれだけの広さなのか知らないのよ」

「それは面白そうだ。シェーラさん、俺が見た感じ、ここはあまりにも脆弱に見えたのですけど」

「すみません。わたくしたちはこれが精いっぱいなのです」

「でしたら、俺がなんとかしてもいいですか?」

「はい?」


 伊織は立ち上がると建物の外へ出ていく。

「まだ材料余ってるはずだから、と。防壁ですが、ちょっと手を加えようと思います」

 メルリードがわくわくしながら伊織についていく。

 シェーラたちは半信半疑、伊織の言っていることは理解できていないだろう。

 集落の外へ出ると、ストレージから大量の砂を出す。

「そのようなものをどこから……?」

「魔法です。んー、厚さは適当でいいか。よっこら……、せと」

 伊織が大量の魔力を放出すると、砂が光り始めて徐々に集落を防壁が取り囲んでいく。

「……なんですかこれは?」

「ま、こんなものでしょうか。これで外敵から集落は守れると思います」

 集落の柵から五十メートルくらい離れた場所を防壁が取り囲むようにそびえ立っている。

 その高さは十メートルくらい。

 幅は五メートルはあるだろう。

 そこに厚さ二メートルくらいの木でできた扉を設置する。

 これも木切れを適当により合わせたもので作ってしまった。

「これだけあれば、畑を中に作ったとしても大丈夫でしょう。悪いとは思いましたが、一応見えるところにパームヒルドの刻印を入れておきました。これを見たら人攫いも怖がって近づかないと思いますね。おかしいところがあれば直しますので」

「イオリ様。あなたは何者なのですか?」

「ただの魔法使いですよ」

「魔法使い、ですか……。話に聞く魔王様のような方ですね」

「そうですか。それは光栄ですね」

「イオリ」

「ん?」

「やり過ぎよ」

「あははは」


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