第14話 伊織、激高する
伊織はマールに詰め寄る。
眉は釣り上がり。
眉間に皺が寄り。
目は血走るような赤みを帯びている。
口からは犬歯のようなものが見え隠れし。
その表情はマールには、まるで自分を殺しに来たような。
そんな恐ろしい表情だった。
出来る奴がいるのなら、何故やらない。
そう言った伊織の根底にあるものが吹きだしてしまっている。
「何故、直ぐに……討伐しにいかない?」
「えっ、それはその……」
マールは伊織の豹変した表情に恐怖を感じた。
ぺたんと座り込んでしまうマール、そして伊織の方を見て少し震えている。
マールの怯えた表情を見て伊織はふと冷静になり、自分の行いが恥ずかしくなるのだった。
「あぁ、すまない……つい、大声を上げてしまった」
伊織は謝罪と共に、マールへ手を差し出し立たせるのだった。
落ち着いた伊織を見たマールは今、何が起こったのか理解できなかった。
「ごめんなさい。ちょっとちびったかも……いえ、どうしたのですか? イオリさん……」
「いえ、すみませんでした。そこでお願いなんですが、この話もう少し詳しく教えてもらえませんか」
「はい、私が知る限りであれば。こちらへどうぞ」
マールが案内したのは、最初に説明を受けたテーブルではなく。
カウンターの奥にある別室であった。
「どうぞ、こちらで少々お待ちください。長くなるので、お茶をお持ちしますので」
マールは一度戻ったが、伊織は先に座ることはしなかった。
そう、教えを請う立場だからだろう。
難儀な性格である。
結構時間がかかり、お茶を持って現れたマール。
ちょっと顔が赤い。
もしかしたらさっきのちびった発言は本当だったのかもしれない。
(マールさんすまない……)
心の中で謝罪する伊織だった。
「あら、座って待ってくれたらよかったんですけど」
「いえ」
「では、お座りください」
「はい、失礼します」
伊織が座ると、マールも向かいに座る。
茶器からお茶を淹れて、伊織に勧めるマール。
「いただきます」
伊織は一口含み、毒の存在薬の存在を確かめ。
二口目を啜る。
「ふぅ…少し落ち着きました。先ほどは失礼しました」
「いいのです。至極当たり前の反応なのですから。改めまして、自己紹介をさせて頂きます。私、セレネード様の公爵家に続く、第二位の貴族。侯爵家の三女、マールディアと申します」
「えっ……」
「セレネード様の従姉妹にあたりますね。イオリ様は既に、セレネード様とご面識があるので驚かれないと思ったのです。ですが、驚かれたようでしたので申し訳ございません。イオリ様が先ほど憤りを覚えた相手は、恐らくこの国に対してだと思います。ですので、私の素性を明かした上で詳しい話をさせて頂こうと思いました」
「はい、ありがとうございます」
伊織はさすがに面をくらった。
いつも気さくなマールが、まさか貴族の子女だとは思わなかった。
ただ、セレンの時もそうだったが、貴族と言われてどう対応したらいいのか。
伊織はこの世界において、ある意味世間知らずということになる。
そして、伊織が感じた不信感に気付かれたということも。
「私の素性は、別に隠している訳ではないのです。ですが、なるべくバレたくないというのもあるにはあります。受付に来られた方々が委縮されると、私も困りますし」
「なるほど」
「私が受付をしているのは社会勉強が半分。あとは家にいると、余計な縁談が舞い込んでくるので逃げているのが半分なのです」
マールは少し苦笑いをしている、後半は切実な悩みでもあるのだろう。
「そして、セレネード様との情報の受け渡しという側面もあります。公爵家及び、侯爵家が私たちにさせているということはありません。あくまでも私とセレネード様が情報の交換をしているだけなのです。幼馴染でもありますので」
「それでですか。その日のうちに情報が筒抜けになっていた理由が」
「はい、申し訳ございません」
「いや、別に困るという訳ではないですから」
別に伊織が勇者だとバレた訳ではないので、構わないと思っていた。
でなければ今頃、王城へ呼び出しがあってもおかしくないと思っている。
「話が逸れました。すみませんでした。え……と、オークは人間と会話が出来ないだけで。非常に知性も高く、狡猾で野蛮な魔物です。分かりやすく言えば、豚が人へと進化したような風貌。そして独自の言語を扱うような文明を持っているということになります。オークはこの国だけでなく、他国にも集落を持っていると情報があります。そうです。他の魔物を捕食する側の魔物なのです。先ほども申した通り、オークは雌が生まれることは珍しいと言われてます。そのため、他の人型の種の雌を攫い繁殖の母体としていると言われています。そして用の無くなったものは、捕食してしまうとの情報があります。私がこの目で見た訳ではないので確実かどうかは言えませんが。この国の領土内、そして他国でも小さな村が襲われるということが年に数回あったと。ギルド間での共有された情報として残っています。そして、被害に遭った方々が男性しか残っていなかったということからそう言われているのです」
「はい」
「オークはコボルトみたいに原始的な魔物ではなく、集落を持つという概念を持っています。武器を使い、中には魔法も使うとの報告があります。オーク単体で言えば、Cランク指定の依頼ということになりますが。集落から離れた個体を討伐するときも、オーク一体につき複数の冒険者が相対することになります。もしその一体を討ち漏らした際は。情報を集落へ持っていかれ、群れとなって襲い掛かってくる可能性があるのです。複数のオークの討伐が依頼されるときは、Aランクに跳ね上がることになります。この国で、討伐を組めばという疑問が残るのでしょうが。その際はこちらにもかなりの被害が出る、ということを理解して頂きたいと思っています。ある意味、危険種にカテゴライズされた魔物なのです。自分たちの家族を死地へ行けと、誰が言えるでしょうか……」
マールの顔が悲壮な表情へと変わったのが、伊織にも解った。
「状況はわかりました。なるほど、そういう理由もあったんですね……」
「はい、なので個体であったとしても。Cランク指定の依頼なので、ギルドとしてはイオリさんがこの依頼を受ける権利がない。としか、今は言えないんです」
「そうでしたか、よく読まなかった俺も悪いんですね。さて、来週のCランク昇格へのテストですが。どのような内容になるのでしょうか?」
これで一安心という安堵の表情になったマール。
だが、伊織はここで引き下がるような男ではなかったのである。
「はい、CランクからはBランクの依頼を受けることも出来るようになります。その際、貴族からの依頼も混ざるようになるので。貴族へしっかりした対応が取れるかどうかの面接と、戦闘試験になっていました」
「なるほど……」
「ですので、今回私が素性を明かしたことにより。この時点で面接が終了したと言うことになります。面接官は私がやる予定でしたので。そして戦闘試験ですが、昨日の依頼終了で免除となりました」
「えっ」
「ですのであとは、手続きの時間がかかりますので。来週、書き換えと共にCランクへ昇格となります。おめでとうございますイオリさん。これからの活躍をギルドとして、貴族の一員として期待していますね」
「えぇえええええ!」
読んでいただきまして、ありがとうございます。