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第51話 母たちの想い、姉のお願い

 その日、一般の人々には知られはしなかったが、貴族の間では衝撃な出来事が起こった。

 侯爵家の寄子であったただの騎士爵が、この国の筆頭貴族の仲間入りを果たしてしまったのだ。

 ついこの間、女性公爵の誕生というパームヒルド王国始まって以来の事件があったばかりだというのに、今度は何階級も飛び越して筆頭貴族ができてしまったのだ。

 それも、今まで存在していなかった辺境伯という爵位。

 実際は、裏でロゼッタとコゼットが国王であるカシミリアを脅かしたという事実があったのだが、それはしっかりと隠蔽されていたのだった。

 二人の姉に脅されてここ数回、王国法を書き換えることになったなどと大っぴらに言えるわけもないのだ。

 一番カシミリアが堪えたのは『パパのこと嫌いになっちゃうんだから』というカレルナの一言だったとは誰にもいえない。


「ロゼッタ姉さん、私たちの息子が立派になったわねぇ」

「そうね、これでセレンの婚姻に誰も文句を言えなくなるわ……」

 この二人がこの国を裏から動かしていたとは、きっと国民は知らないのだろう。

「カシミリアもまだ若いのだから、暫くは次期国王のことなんて考えないで、息子ができるまで励んでくれたらいいのよ」

「そうね、あの子も可哀相だけど、必要なお務めですものね」

 いくら姉とはいえ、国王に対して実に言いたい放題である。


 二人は伊織が勇者であることは、なんとなく理解している。

 直接伊織や自分たちの娘、セレンとマールから聞いたわけではないが、状況やその強大な力などから、間違いないと思っていた。

 だが、伊織が勇者であることより、細身で顔立ちが中性的な二人にとって可愛いと思える伊織が、自分たちの息子になるという事実の方が重要だったりするのだ。

「それにしてもセレンちゃん、残念だったわね」

「運が悪かっただけですよ。生理になってしまうなんて、本当についてない子だわ……」

「まぁ、すぐにできるとは思ってなかったけれど、いずれ近い未来に可愛らしい孫の顔が拝めるのだからいいじゃないの。あの可愛いイオリちゃんとの間にできる子なのよ?」

「そ、そうね。間違いなく可愛い子が生まれると思うわ。楽しみは後に取っておいたほうがいいですものね」

 現存する勇者の血を引く子供が欲しいというより、自分たちの娘と伊織との間に生まれる子供はどれだけ可愛らしいんだろうか、という方のが魅力的なのだろう。

 ロゼッタとコゼットは、案外俗物的な部分も持ち合わせている姉妹だったということなのだ。


 所変わって、伊織の部屋。

 伊織と一緒にいるのは、実質的に伊織の姉である葉月。

 葉月はこの世界に来て、自分の名前を『ハヅキ・シノザキ』と名乗っている。

 『私は伊織のお姉ちゃん』というアピールなのだろう。

 葉月がそう名乗りたいと言っていて、伊織もそれは構わないと思っていた。

 『それに、いつか伊織ちゃんのお嫁さんにしてくれるんでしょ?』と言われてオチが着いてしまったのは言うまでもない。

「ねぇ伊織ちゃん」

「ん?」

「お願いがあるのだけれど」

「珍しいね、葉月姉さんからお願いだなんて」

「あのね、伊織ちゃんにはちょっと辛い思い出だろうから、言い出しにくかったのだけれど。私のこれって、古いタイプなの。それにもう充電が、ね」

 そう言いながら伊織の目の前に出したものは、フリップタイプの携帯電話。

「こりゃまた渋い携帯だね。でも大事に使ってたんだね」

「えぇ、前に勤めていたときにね、ママがスマートフォンではだらしないからと」

「まぁ、何となくだけど、わかるような気がするかも」

 銀座の高級クラブで、和服を着たお姉さんたちがスマホをいじくっている姿を想像してみると、ぶち壊しというか、確かに違和感を感じ得ないのだ。

「それでね、あのね。伊織ちゃんのスマートフォン、私に貸してくれないかしら?」

「……えっ?」

「伊織ちゃんのって、インターネットに接続できるんでしょ? 薬のこととか、私の専門外の知識とかがね、必要になってきちゃったの」

「あー、そういうことね。どうかな、これさ」

 伊織はストレージからスマホを取り出して葉月の前に置いた。

「ネットに接続してる間、かなり魔力消費するんだ。使い方はわかる?」

「私だってノートは使ってたのよ。というより、スマートフォンが出たばかりのときから本当は欲しかったの。それにね、ノートの改造とかも……」

 実は葉月は、伊織が思っている以上に理系タイプだったのだ。

 それも一部では『パワーユーザ』と呼ばれる部類の人種だったのかもしれない。

「か、改造?」

「ううん、そこは突っ込んでほしくないかな。ところでそれ、私でも使えるかしら?」

 伊織にぺたっとくっついて伊織の顔を覗き込んでくる。

 葉月からは相変わらずいい匂いが漂ってくる。

「う、うん。じゃ、これ持ってみて」

 伊織がスマホの電源を入れると、そこにあったはずの小夜子の壁紙はスタンダードな夜景の画像に変わっていた。

 葉月は言葉を飲み込んで何も言わないことにする。

 伊織も色々思うことがあったのだろう。

 画面にあるブラウザのアイコンをタップすると、ブラウザが立ち上がるが『このページは表示できません』というメッセージが表示されている。

「えぇ、これで、いいのかしら?」

 葉月は左手でスマホを持ち、伊織の次の指示を待つことにする。

「それで、んっと。スマホに魔力を流すようにしてみて」

 葉月はスマホを持つと、目を瞑って手のひらに魔力を放出し、スマホに流すように念じる。

 目を開けると、ネット接続可の状態になったのか、圏外表示だった状態からアンテナが表示されている状態に変化する。

「……な、なにこれ? 手のひらを誰かに持っていかれるような感じがするわ。あ、もしかしてクァールちゃんが伊織ちゃんから魔力を吸い上げる感覚って、こういうものなのかしら? とにかく、身体の力が抜けるような感じがするのね」

「大丈夫?」

 伊織もその経験があったからこそ、葉月の身体の心配をした。

「えぇ、これくらいなら大丈夫。えっと、更新ボタンを、押して、と。あ、ゴードル先生が表示されたわ。んっと、トムラ……、で検索、と」

 物凄い操作スピードだった。

 伊織の数倍の手際の良さでスマホを操作している葉月に、目が点になってしまう。

 それより驚いたのは、最初に伊織が試したときより、葉月が余裕をもって魔力を流し続けていることだった。

「葉月姉さん。かなり魔力増えたんだね?」

「そうかしら? ワァルちゃんが、美味しいって言ってくれたから、沢山魔力をあげたからかもしれないわね」

「それはわかるような気がする。俺もクァールにかなり吸われたから、魔力が有り余ってる感じもするし」

 もちろん、ワァルの加護の力もあるのだろう。

「……なるほど、これが必要なのね……。うんうん、助かったわ。これであれは何とかなるわ」

「よかった。あ、そういえば、ファリルさんとの引継ぎ。うまくいったの?」

「えぇ、大丈夫よ。あのね、これは伊織ちゃんに言っていいことか悩むところなのだけど」

「ん?」

「避妊魔法、知ってるわよね?」

「……うん」

「私ね、あれを改良しようと思ってるのよ。あれでは母体に影響がありすぎるわ……」

「そ、そうなんだ」

「えぇ、確かにあれなら妊娠はしないのだけれど、その、ね。これ以上は伊織ちゃんには言えないわね」

 ファリルから実情を聞いてしまっていたが、伊織にそれを話すと伊織が気にしてしまうと思ったのだ。

「えっ? そこまで話してくれたのに?」

「改良が終わったら教えるわ。だからね、私の専門外の分野の知識が必要になったのよ」

 葉月はスマホを指さして伊織に笑顔を向けてくれる。

「そっか……」

 葉月はいつもと違う感じに、ぎゅっとかなり強めに伊織を抱きしめた。

「ただね、これだけは憶えておいて欲しいの。あの処方をした女性は、かなりの覚悟を持ってるってことをね……」

「……はい」

 医者である葉月がそこまで言うのだ、伊織は心に刻んでおくことにする。

「先代の勇者様はね、それは優秀な産婦人科のお医者様だったの。でもね、薬も何もない、魔法しかないこの世界で、人々のためになるように頑張った女性なのよ。ファリルさんから聞いたときにね、私も負けてられないと思ったわ。分野は違えど同じ志をもっていた、お母さんとお子さんのために生涯をかけて足掻いた女性だからこそ、同じ女として負けていられないの。だからね、伊織ちゃんに無理を言ってでも、もっと知識がほしかったのよ……」

「うん、これでいいのなら、葉月姉さんに託すよ。俺よりいい使い方をしてくれると思うから。何か他に必要なものがあったら言ってね。なんとかして用意するからさ」

「いいえ。なるべく私の力でやってみるわ。伊織ちゃんは、この国でも偉い人になっちゃうのだからこれからが大変なのでしょう? それにね、ロゼッタさんとコゼットさんとも話したの。二人とも、自分のことを母だと思ってくれていいって……。協力は惜しまないからって……。嬉しかったわ」

 二人にとっても、伊織と葉月は大切な存在なのだろう。

「うん、ありがたいよね。……でも、やられたわ。すっかり嵌められちゃったよ」

「うふふふ。仕方ないわね。男の子なんだから頑張りなさい。伊織ちゃんには、お姉ちゃんがついてるんですからね」

 伊織に深いキスをしてくる。

 それはそれは丁寧に、愛情を込めて。

「……ぷぁ、うふふふ。あらいけない、すぐに戻らないと患者さんが来てしまわ。またね、伊織ちゃん。愛してるわ」

 ちゅっ

 今度は触れるだけのキスをしてくれる。

 本当の姉以上に愛情を注いでくれている葉月。

 この国唯一、下手するとこの世界でも唯一の医師である葉月。

 その葉月に頑張れと言われたのだ。

「(ここで頑張らないと、男の子じゃないよな)」


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