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第48話 魔法の開発とマールの訴え

 ジータでミルラとケーキを食べて、部屋まで送っていった。

 ミルラは部屋にあがって行けと言っていたが、流石にちょっと気まずい部分があったからそのまま帰ってきたということになる。

 伊織は自分のしでかしたことを反省しながら、店に戻ってきたが誰も残っていないように思えた。

「あれ? アウレアさんと、レーリアちゃんがいないな」

 自室のドアを開けると明かりが点いていた。

「あ、先生。待ってましたよ」

 そこにいたのはマールだった。

「あれ? もしかして、マールが二人を?」

「はい。ちょっと重要な報告がありまして。帰ってもらいました。先生、ベッドに座っててもらえますか?」

「まさか、重要な報告って……」

「いえ、それじゃないです。真面目な話なんです」

「そっか。あっちで待ってればいいわけね?」

 伊織は寝室に行くと、ベッドに座った。

「ここでいいのかな?」

「もっと中央でお願いします。万が一場所がずれたら痛いので……」

「もっと中央ね」

 伊織はベッドの中央辺りに胡坐をかいた。

「はい。すぐそっちにいきますから。えっと」

 マールの指が中空に魔方陣を書いていく。

 一文字ずつ慎重に、伊織が見たことがあるものよりやたらと文字数が多い。

 マールはなんとか魔方陣を書き終え、魔力を流すが何も起こらない。

 よく見ると、マールの身体がぽうっと光っているようにも見える。

 さらに魔方陣を書き始める。

「よし、と。これでいけるは──」

 ヴンッ

 マールの姿がブレて、伊織の膝の上にお姫様抱っこ状態で現れた。

「ま、マール、もしかして」

「し、しぇんしぇい。まりょくが、もう……」

 伊織は慌てて魔力を補充する。

「んっ、あんっ。あっあっ……、せん、せい。もう、いい、で、す」

「あ、あぁ。今の転移魔法じゃないの?」

「はい。そうです。流石にニ分の一では魔力が足りませんでした」

「二分の一?」

「はい、最初に書いた魔方陣が次の魔法の魔力消費を二分の一にするものです」

「それって……、マール。もしかして、オリジナルの魔法じゃないのか?」

 伊織はマールを強く抱きしめる。

 マールも伊織の背中を抱きしめて、久しぶりの感触を楽しんでいた、が。

「んっ。気持ちいい、です。……じゃない。あの、先生」

「あぁ、ごめん」

「そうです、これまで存在しなかった魔法で間違いないです。理論上、五十分の一まで可能だと思うんですけど。三分の一より強くすると、効果時間が短くなっちゃうんです。次の魔方陣を書いてる間に効果が切れちゃうんですよ。紙の魔方陣で試してみたんですが、何故か燃え尽きちゃうんです。そこで、先生。あの転移用の魔石、まだありますか?」

 伊織はストレージから二枚の魔石板を取り出した。

 フレイヤードの大脱走で使った転移魔石板だ。

「先生。この魔方陣を表面に小さく記述できますか?」

「うん。えっと……、凄い複雑だな……」

「……そうです、この次にそっちに魔力が流れるように、はい。多分いいと思います」

 伊織は一つ一つマールから説明を受けながら、確実に刻み込んでいく。


 しばらく経って、二枚の魔石板にマールの書いた魔方陣を刻み込むことに成功した。

 部屋の端に片方の魔石板を置いて、一つは寝室に置く。

「ちょっと待ってくださいね」

 マールは魔石板に乗ると、魔力を魔石板に注いでみる。

 シュッ

 するとマールは一瞬で姿を消して、もう一枚の魔石板の上に立っていた。

「やたっ、先生、成功です」

「おー、魔力の減りはどんな感じ?」

「えっと……、ほとんど減ってないですね。一応これが五十分の一です。ちょっとこれ借りていきますね」

 マールは魔石板を抱えて走って出て行った。


 マールが部屋から出ていってからちょっと経つと、部屋の奥から声が聞こえてくる。

「あれ? お兄ちゃんの寝室?」

「もしかして、ミルラ?」

「うん、そうだよ」

 ミルラは今の出来事にはそれほど驚いてはいないようだ。

 続いてまた誰かの声が聞こえてくる。

「あれ? ここって……。あれ? 知らない場所……?」

 今度はセリーヌの声がした。

「おー、セリーヌも来れるくらい消費が少なくできたのか」

 ひょこっと顔を出したセリーヌ。

「あ、イオリさん、こんばんは。ここってイオリさんの部屋だったんですね。マールちゃんから、乗ったら火を起こす魔方陣に魔力を込める要領でやってみてって言われたので」

 タタタタ

 誰かの走る足音が聞こえたかと思うと、マールが魔石板を持ったまま、ドアを開けて入ってくる。

「先生。どうでしたか? あ、セレン姉さんとセリーヌちゃんも来れたんだね。成功じゃないですか。やったーっ!」

「よくわからないけど、マールちゃんおめでとう」

「マールちゃん、私もよくわからないんですが、おめでとうございます」

「ありがとう」

 ミルラとセリーヌに抱き着いたマール。


 検証実験が終わり、ミルラとセリーヌは各自の部屋に戻っていった。

 部屋に残ったマールと伊織。

 二人はこの魔石板の利用方法をソファに座って考えていた。

「先生。これを先生の領地や私の実家などに置けば、行き来が楽になりませんか?」

「そうだね。早速作ってみるか。とりあえず、あと二つづつくらいでいいかな」

「そうですね。ジータの実家と先生の領地に置けばいいと思います」

 伊織は作業用の机に座った。

 マールは伊織の肩口から覗くように作業を見ている。

 伊織は屑魔石を大量に取り出すと、一気に大きな魔石へ結合させる。

「ほぇーっ。こんなに大きな魔石の結晶。どれだけの金額になるんでしょうね」

 大きな魔石の結晶は、どの国でもかなり高額な取引がされているらしい。

 伊織はその魔石を屑魔石から作ってしまうのだから、質が悪い。

 伊織は人の頭の大きさの魔石を四つ作り出すと、全部平たい魔石板にしてしまう。

 マールにツッコミを入れられながら、魔方陣を彫り込んでいき、あっさりと四枚分仕上げてしまった。

 時間にして三十分もかかっていないだろう。

「よし、これでいいと思う。マール本当に偉いぞ。よし、祝杯あげよう」

 マールの髪をくしゃくしゃっと撫でる。

 伊織はグラスを二つ用意して、自分にはロックを。

 マールにはいつものジュース割を作ってから、グラスを渡した。

「はい、じゃ、マールの偉業を祝して、乾杯」

「はい、ありがとうございます」

 チンッ

「んくんく、ぷはっ。久しぶりだから美味いわー」

「はい。美味しいです……」

 伊織はマールと一緒に飲むのが久しぶりだったため、気分良く飲み始めた。

 だが、気付いていなかった。

 マールはかなりペースの速い飲み方をしていたのだ。

 今まで見たことのない表情になっていくマールだった。

 タンっとグラスを置く。

 伊織は同じように酒をジュースで割ってマールの前に戻す。

 マールはくいっと二口くらいで飲み終えてしまう。

「ちょっと、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶれすよ……、おかわりくらさい」

「う、うん」

 この時点でマールの顔は真っ赤になっていた。

「んくんくんく、ぷぁっ。せんせい、おかわりくらさい」

「……マールさん、何か怒ってないですか?」

 伊織が作ったマール用の簡易的なカクテルを受け取ると、マールは二口くらいで飲み干してしまう。

「んくんく、ぷぁっ。ん? べちゅにおこっれないれすよ」

 ケラケラと笑うマールがちょっと怖かった。

 伊織は少しおかしいと思った。

 いつもならもう少し近寄ってきていたはずだ。

 今、マールは一人分離れて座っている。

「あの、しぇんしぇい」

「は、はい」

「わらし、しゅごいことしましたよね?」

「はい」

「なら、ごほうびほしいれす」

「いいよ、何が欲しい? なんでもいいよ」

「じゃ、しぇんしぇい」

「うん」

「しぇんしぇいがほしいれす……」

「へ?」

「いつもおしゃけににげちゃうじゃないれすかーっ!」

 ぽろぽろと涙をこぼし始めるマール。

「わらし、まら、いっかいしかしぇんしぇいにらいてもらってらいんれすよーっ」

 呂律が回っていないが言いたいことは解ってしまった。

 伊織はマールに近寄り、抱きしめてから治癒魔法を発動する。

 少しでもアルコールが分解を促すようにイメージしながら。

 こんな治癒魔法の使い方をするのは、伊織以外は葉月くらいだろう。

 マールは自分の身体が少し暖かくなったような感じがしただろう。

「ん、あっ、気持ちいい……、あれ? 少し酔いが醒めてきたような」

「うん。やってみればできるもんだね。マール」

「はい、先生」

「ごめんね。俺、セレン姉さんから聞いてさ。女の子の気持ち、わかってなかったなって」

「そうですよっ! 先生は鈍感すぎるんです。仕方ないとは思ってましたよ。うちのお父さんとかセレン姉さんのお父様みたいに、義務に追われてるわけではないんです。でも、こんなに好き好きってアピールしてても、すぐ躱されちゃうのはちょっと寂しいんですよ。……ここまではわかりましたか?」

「うん。ごめんね」

「……私だって、セリーヌちゃんが羨ましかったんです。先日から、セレン姉さんが幸せそうな顔をしているのが羨ましかったんです。私ね、イオリさんにあれっきり抱いてもらってないんですよ……。メル姉さんとだって、話をしたことがあったんです。どうやったら、先生をその気にさせることができるのかって」

「はい。セレン姉さんからなんとなく、聞きました……」

 マールとメルリードは伊織の攻略法を知らない。

 もちろん伊織自身にも解らないのだから教えようがないのだ。

 もし知っていても教えることはないとは思うのだが。

 先日のセレンの悲痛ともいえる訴えは鈍い伊織にも痛いほど解った。

 同じことをマールも伊織に訴えているのだ。

 それはメルリードも葉月も同じだろう。

 マールの言う通り、イオリには義務というものに囚われているわけではない。

「だからね、先生。できるだけでいいですから、逃げないで欲しいです。私だってね、先生の赤ちゃん欲しいんですよ。でも、今そうなるわけにはいかないのはわかってます。まだイオリさんについてあちこち回りたいんです。だから(毎月あの……)」

 マールは、だから、の後を伊織に聞かれたくはなかった。

 伊織がそれを知ってしまえば、止めるだろう。

 以前葉月に相談したとき、葉月は改良してみると言ってくれたのだ。

 あんなことまで伊織に背負わせてはいけない。

 マールは十分解っていた。

「先生。今日じゃなくてもいいですから。ご褒美、忘れないでくださいね」

「うん。マールの言いたいことは十分わかったから。俺も、もう少し考えてみるよ。皆を背負うって決めたんだからさ」

「はい、先生。じゃ、飲みましょう。せっかく私のことを祝ってくれたんですから」

「そ、そうだね。ごめんね、マール」

「いいんです。先生が少しでも考えてくれるって約束してくれただけでも、嬉しいんですから」

 チンッ

 グラスを合わせる二人。

 マールの表情は柔らかで、いつもよりも余計に可愛らしく見えるのだった。


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