第47話 ミルラのターン
伊織たちはアールヒルド家の屋敷に出た。
「イオリさん。私、数日はこちらで仕事がありますので、終わったら連絡しますね」
ちゅっ
アールヒルドの家人が見守る中、伊織の唇にキスをするセレン。
セレンにはもはや照れなど存在しないのだろうか。
「セレン姉さん、こんな外で……」
伊織の方が照れていた。
「うふふ。じゃ、イオリさんをお願いね、ミルラ」
「うん。仕事頑張ってね、お姉ちゃん」
ぼーっとした伊織の腕に抱き着いてきたミルラ。
「それにしてもさ、お姉ちゃん、また綺麗になったよね。女らしさに磨きがかかったっていうか。余裕ができたというか、腰回りが充実しているというか」
ニヤッと笑うミルラに伊織はちょっと焦った。
暗にセレンを抱いたことを言っているのだろう。
「そ、そうだね。ミルラは寄っていかなくてもいいの?」
「うーん、めんどくさいからいいや」
「それってお見合いの話とか?」
「ううん、それはないと思うよ。お姉ちゃんが当主になる手続きもまだ終わってないし」
久しぶりのジータを歩いている二人。
気が付いたらネード商会に着いていた。
伊織が作ったケリーのマネキンが店頭に飾ってある。
「これ、凄い評判らしいのよ。わたしもギルドの仕事してる暇、なくなっちゃうんじゃないかなって思うくらいにドレスの相談が入ってるみたいだし」
「へぇ、そうなんだね」
「だって、これを見てこんな結婚したくならない女性はいないでしょ。すっごく綺麗だもの」
魔工師シノの名前はジータではかなり有名になっていた。
造形師、人形師、色々な評判があるらしい。
伊織の作った耳かきはかなり珍品の部類に入るのだが、いまだに注文が入るそうなのだ。
久しぶりにジータの自分の部屋の換気をしに来ていた。
まだ借り手がつかないらしく、たまにこうやって窓を全開にして空気の入れ替えをしているのだ。
「ここがお兄ちゃんが住んでた部屋だよね」
「うん。掃除はマールの家の人がやってくれてるらしいんだけど。寝具なんかもそのままにしてあるからさ、たまにこうしないとカビちゃいそうで怖くてね」
伊織はだいたい換気が終わったので窓を閉め、ぼふっとベッドに倒れこむ伊織。
ミルラはキッチンで暖かいお茶を入れていた。
「お兄ちゃん。お茶入ったよ」
「ありがと」
ベッドから跳ね起きて、ソファへ戻ってくる。
お茶をもらって香りを確かめ、身体を温めるように飲んでいた。
「ずずず……、ふぅ。うん、おいしい。温まるね。まだミデンのことがあるからゆっくりしてられないけど、今日くらいはゆっくりしようって話になってね」
「んくんく……、ぷぁっ。そうだよね。お兄ちゃんずっと忙しいから、わたしも甘えられなかったんだよねー」
ミルラは横に座っていた伊織ににじり寄る。
ちゅっ
「んーっ、お兄ちゃん、大好きっ」
伊織の頬にキスをし、伊織の胸に頭をこすり付けるミルラ。
「はいはい。俺も大好きだよ」
ミルラの髪をくしゃくしゃと優しく撫でる。
「嬉しいっ。あの時以来だね、こうしてゆっくりするのってさ」
「そうだね。公園が最後だったっけ」
オーク討伐が終わって、ミルラと公園で日向ぼっこをしていたときのことだろう。
ミルラは伊織の腕枕に頭を乗せて天井を見ていた。
「そういえばこの部屋ってさ」
「ん?」
「マールちゃんがお兄ちゃんに、ヴァージンあげたとこでしょ?」
「ぶっ! ……げほっ、げほっ」
飲んでいたお茶をむせてしまう。
「あはは、ごめんねお兄ちゃん」
「あのねぇ……」
「ねぇ、お兄ちゃん」
ミルラは伊織を見上げるようにして笑っている。
「ん?」
伊織はまた何か言われるかと警戒してお茶を口に含むのを躊躇っていた。
「マールちゃんとお姉ちゃんって感じ違った? セリーヌちゃんとも」
「何の?」
「えっちした感じ」
「……えっ?」
「セリーヌちゃんもマールちゃんもおっぱい大きいけど、お姉ちゃん、わたしと同じでそんなに大きくないでしょ?」
「あの、さ。何をいきなり」
「わたしだって女の子だもん。興味あるのよ?」
「だからって、俺に聞かなくてもさ」
「だって、お兄ちゃんがこの国に来てから、一番最初に見たおっぱい、わたしのでしょ?」
「……はい、そうでした。確かに綺麗でした」
「うふふ、ありがと。んー、いい匂い。お姉ちゃんがはまるのもわかる気がするねー」
ミルラは伊織に横から抱き着いて顔を埋めている。
伊織は同じようにミルラの頭に顔を埋めてみた。
「うん、ミルラもいい匂いがするよ。セレン姉さんとはまた違った感じかな」
「えへへ。皆とさ違う匂いにしようって話したときあったんだよね」
「確かに、セリーヌもマールも違う匂いがしたような……」
「このままだとさ、カレルナちゃんが正妻になりかねないよね、って話もしてたの。パームのお姫様だからねー」
「あぁ、そういう考え方もあるのか。俺は別に誰を一番にするとか言えないんだよな。一番は小夜子なんだし……」
「あ、そうだったね。ごめんねお兄ちゃん」
「いや、俺も皆と約束してるからさ、小夜子のことは忘れちゃいけないってね」
「お兄ちゃん、小夜子さんって、生きてたらお兄ちゃんと同じ歳だったの?」
「そうだね。俺より二ヶ月くらい早い誕生日だったな」
「そっか。サヨコさんもわたしから見たらお姉ちゃんだったんだね」
「うん。そうなるね」
「あの、さ。サヨコさんは抱いてもらったのかな、お兄ちゃんに」
「いや、それはなかったんだ。キスは何度もしたんだけどね」
「そっかー、悔しかっただろうね。わたしもわかるかな、なんとなくだけど」
伊織にはミルラの言っている意味が少し解らなかった。
伊織だって小夜子を抱きたかった。
いずれ一緒になるからと、遠慮していた部分もあったのだった。
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
「あれ? おかしいな。うん、ごめんね。男らしくないね。こんな兄でごめんね」
ミルラは伊織の横に寝ると、伊織の頭を胸に抱いた。
「いいの。泣きたいときは我慢しちゃ駄目だよ。わたしが思い出させちゃったんだ。ごめんねお兄ちゃん」
「うん。ごめん、ミルラ」
この想いは消えないのだろう。
深く刻まれたトラウマのようなものだ。
これだけ強大な力を持つ伊織でも、精神的な落ち込みには弱いのだ。
伊織は今、ミルラの胸に抱かれて静かな寝息を立てている。
伊織が現れてから、兄ができたかのようにに慕ってきているミルラ。
ときにからかい、ときに甘え。
今は自らの胸で眠っているのだ。
心を許してもらえる嬉しさ。
無防備に眠る伊織を抱く愛おしさ。
ミルラが前に伊織に言った言葉があった。
【イオリさんてさ……。壁あるよね……。でも、それを抜けたらすっごく甘いよね】
そのとき伊織は、困ったような表情で苦笑いをしていた。
一度心を許すと、伊織は甘いのだ。
全てを預けてしまうほど、無防備になるのだ。
今もこうしてミルラの胸で眠ってくれている。
これが嬉しくないなんてことは絶対にないのだ。
妹でもいい。
そう思っていたミルラ。
セレンが告白して、婚約者になった。
先日セレンが、伊織に抱かれたことも知っている。
あれだけ露骨に喜んでいれば気付かないはずはない。
髪留めを貰ったあの日、正直男性として好きなのか、兄として好きなのか解らなかった。
伊織をからかうと凄く楽しい。
困った顔をしてくれるのが、凄く嬉しい。
だから今は妹でいいのだ。
この世で伊織の妹はミルラしかいないのだから。
カレルナが婚約者になったが、まだ時間はある。
ミルラの方が伊織に近い。
だからミルラは妹で、伊織はお兄ちゃんなのだ。
「(こんなに強くて、かっこよくて、優しいお兄ちゃん。他にはいないもんね)」
ミルラは無意識に伊織の背中を撫でていた。
「ん……。ミルラ、ちゃん?」
「お兄ちゃん、落ち着いた?」
「うん。情けないお兄ちゃんでごめんね」
「(えっ? これ、どういうこと?)ううん。いいの」
明らかに伊織の様子がおかしい。
ミルラには伊織が弱々しく思えて、余計愛おしさを感じてしまう。
そのため、ミルラは伊織の背中を撫でていた手を休めることはなかった。
実はこれがいけなかった。
葉月が発見し、セリーヌが気付き、セレンがプライドを捨てて教わり、マールが気付いていない伊織の攻略方法。
「ひゃん!」
伊織の左手がミルラのお腹を触っている。
徐々に手が上がっていき、ゆっくりとキャミソールを下着ごとずりあげてしまう。
ぽよんと顔を現すお椀型のミルラの胸。
その先に伊織が吸い付いたから大変だ。
ちゅっ、ちゅっ
「ちょ、っと。おに、いちゃん。んっ、あっ……」
伊織は左手でミルラの右胸を優しく揉みながら、左胸の先を吸い続けている。
胸の奥が、甘く、辛く、ちょっとだけ苦しくなっていく。
これはまずい。
そう思いながらも身体から力が抜けてしまう。
このまま身を任せてしまいたいと思ってしまった。
だが、このままでは妹で、兄妹でいられなくなってしまう。
「あっ、んっ。あんっ、お、にいちゃ、ん。それ、い、じょうは」
伊織の手がスカートの裾をたぐりあげ、太腿の内側を触りながら手のひらが徐々に上がっていく。
ミルラの大事な部分に伊織の指先が少し掠った。
そのとき、ミルラの身体が弓なりに跳ね上がる。
お腹の辺りが凄く切ない。
伊織の手がショーツへ届いた。
胸からお腹に唇を移し、キスを続けながら伊織はミルラの腰を持ち上げ、ショーツを太腿あたりまで下げてしまった。
「あ、駄目っ(これ以上は駄目。妹じゃいられなくなっちゃう)」
ミルラは伊織の顔を両手で押して遠ざけようとする。
凄く残念だ。
伊織の顔が見える場所まで離れたとき。
パァーン!
ミルラは身体を起こして伊織の頬を叩いた。
小気味いい音が響いた後、伊織は目を覚ましたような、きょとんとした顔をしていた。
「お兄ちゃん、それ以上駄目。兄妹じゃいられなくなっちゃう……」
「えっ? ミルラ。あれ?」
伊織の視界に入ったのは、ほぼ全裸に近い状態のミルラだった。
スカートで辛うじて大事な部分は隠れていたが、胸は丸見えになっている。
ミルラの目からは涙が流れていた。
「お、俺。なんてことを……」
伊織が顔を真っ青にして驚いている。
そのとき、ミルラはセリーヌの話を思い出した。
セレンも話していた。
マールも知りたがっていた。
「(もしかして、あの状態だったのかな。セリーヌちゃんが言ってたのって。ということは、お兄ちゃんをその気にさせちゃったってこと? わたしが? これでいつでも、お兄ちゃんをその気にさせることができるわっ!)いいの、違うの」
ミルラは必殺技を手に入れた、のかもしれない。
なんか凄く嬉しく思ってしまった。
「いや、俺。とんでもないことを」
「いいの。わたしがお兄ちゃんを辛くさせちゃったんだから。わたしのせいで思い出させちゃったから。お兄ちゃんきっと、お姉ちゃんとわたしを間違っちゃったんだよ。それにね、わたし、お兄ちゃんが甘えてくれてるみたいで嬉しかったんだ。だからさ、気にしないでいいよ」
ミルラにだって解っていた。
伊織の状態はどうであれ、ミルラと認識して抱こうとしていたことを。
真っ青になっている伊織を見て、ミルラは内心嬉しかったのを隠すことにする。
「それでも、俺……」
ミルラは伊織の頭を胸に抱いた。
ふにょんとミルラの素肌に抱かれる伊織。
「ちょっとミルラ」
「じっとして。お兄ちゃん、わたしの心臓の音聞こえる?」
とくん、とくんと少し速めだが規則正しい心音が聞こえてくる。
「わたし、生きてるから。お兄ちゃんの傍からずっと離れないから。大丈夫だから」
「う、うん」
伊織は目を閉じて、ミルラの心音を聞いていた。
伊織の気持ちは徐々に落ち着いていった。
「だからね、お兄ちゃんが甘えたいときはいつでも言って。わたしはお兄ちゃんの妹なんだから。お兄ちゃんが辛いときはいつもいてあげるからね」
「うん。ありがとう、ミルラ」
伊織が目を開けると、そこにはミルラの桜色のものが飛び込んでくる。
「あっ。み、ミルラ。その、胸……」
「お、お兄ちゃん。ちょっとだけあっち向いてて」
「うん。ごめん……」
布ずれの音が聞こえてくる。
その音が止んだとき。
「こっち向いてもいいよ」
「あ、うん」
「お兄ちゃん。今日のことはお姉ちゃんには言っちゃ駄目だよ(まじめに危なかった。もう少しでわたしも理性飛んじゃうかと思ったよ)」
「うん、わかった」
伊織の唇の近く、ぎりぎりの部分の頬にキスをする。
ちゅっ
「ね。わたしたちは兄妹なの。だからこんなことも別に恥ずかしくないんだから」
「うん?」
「お兄ちゃんが嫌だって言ってもね、わたしは妹なんだから。わたしのお兄ちゃんは一人しかいないんだから。逃げられないんだからね?」
「……よくわからないけど、わかりました」
「うん。よろしいです。お兄ちゃん、下でケーキ食べたいな」
「う、うん。じゃ、食べに行こうか」
「うんっ」