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第45話 嫉妬と敗北感

 セレンは伊織の前にタオルを敷き、そこに座って伊織を見上げる。

 その目は少し恨めしそうにも見えた。

「──イオリさんに一番最初に会ったのは私だったのよ。それなのに……、日を追うごとに、イオリさんの周りには女性が増えていったわ」

 伊織はただただ申し訳なく思うしかなかった。

「その、なんていうか、ごめんなさい」

 伊織は素直に土下座をする。

 頭を上げる間もなく、セレンの恨み節は続いていく。

「セリーヌちゃんに先を越され、マールちゃんにも遅れをとった気分になったの。その度にどんどん焦りがでてきたのね。メルリードさんがまさかイオリさんのことを想っていたなんて。それにカレルナちゃんまで……」

「重ね重ね、すみませんでした」

 伊織はまだ、土下座のまま頭を上げられない。

「イオリさんのお姉さんだというハヅキさんが現れたとき、もう駄目かもって思っちゃったの。だって、勝てないじゃないの。優しいし、凄く綺麗だし、胸なんかもう……」

 恐る恐る頭を上げた伊織に抱き着いてきて、セレンは伊織の胸に頭をぐりぐりと、痛いくらいに押し付けてくる。

「……弁解する言葉もございません」

 セレンを抱きしめて素直に謝る伊織。

「うふふ。でもね、イオリさんが言ってたことを思い出したわ。この国を追われる立場になっても構わないって。あの日ね、海で一緒に夜空を見たとき、吹っ切れちゃったの。体裁とか、責務とか、関係ないんじゃないかって」

「俺が変なこと言ったから、セレン姉さんまで毒されちゃったのか……」

「そうね。イオリさんがいなければ、イオリさんの言葉がなければ、私はまだ何をしたらいいのか悩んでたと思うわ。だからね、感謝してるの」

「そう言ってもらえると、ありがたいです、はい」


 セレンは恥ずかしいからと、伊織に目を瞑らせて、その隙に風呂場へ入っていった。

 出てくるときも、目を瞑るように約束させて着替えを終えると。

「イオリさん。ごめんなさいね。私、当主になり次第。イオリさんの名前は出さないけど、夫を迎えたと宣言するわ」

「うん。セレン姉さんがそうしたいなら、俺は構わないよ」

「ありがとう。愛してるわ」

 ちゅっ

 セレンは仕事があるからと、自室へ戻っていった。


 伊織は風呂に入り、身支度を終えてリビングに出る。

 すると、ドアをノックする音が聞こえてくる。

 コンコン

「はい。開いてるよ」

「失礼いたします、旦那様」

「あ、おはよう。アウレアさん」

「おはようございます。朝食の準備に参りました」

「あ、そっか。家臣、だっけ」

「そうでございます。ご婚約者の方々から許しを得まして、旦那様の身の回りの世話をさせていただくことになりました。炊事、洗濯、掃除に至るまで、レーリアちゃんと分担してさせていただくことになっております」

 すると、ドアからひょこっと顔を出したレーリアがいた。

「おはようございます。ご主人様」

「あー、レーリアちゃんもおはよ」

「はい、僕、こんなに動けるようになったんですよ」

 その場をくるくるっと回って、スカートをつまんでお辞儀をする。

「うん。よかったよ。今の騒動が一段落したら、一度魔族領に行かないとね」

「えっ? 帰らなくてはいけないのですか?」

 レーリアは凄く悲しそうな顔をしている。

「いや、そのね。親御さんにも無事だということをね」

「はい、それなら安心です」

 満面の笑みに戻ったレーリアを見て。

「仕方ないか……」

 また折れてしまった伊織だった。


 レーリアは料理が上手だった。

 誰から聞いたのか解らないが、伊織の好みを知り尽くしていた。

 セレンが取り寄せていただろう米を使い、ほかほかのごはんと玉子焼き。

 これまたどこから手に入れたのだろう。

 完全に再現されているとは言えなかったが、味噌汁があるのだ。

 ちょっとだけ味は薄かったが、十分といえるくらいに出汁がとれていたため、涙が出るほど満足感があった。

「うまかったー。ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでございます。ご主人様」

「本当に、レーリアちゃんには料理だけは敵わないわ……」

 アウレアも驚いていたくらいなのだ。


 今日一日はゆっくりしようと思っていた伊織。

 レーリアの入れてくれたお茶を飲みながらまったりしていたそのとき。

「イオリさん、イオリさん。どうしましょう……」

 半泣きの状態で入ってきたセレン。

 事態を察したアウレアがレーリアに耳打ちをし、レーリアと一緒に一礼をして店舗の方へ下がっていく。

 ぼふっと伊織の胸に収まるセレン。

「イオリさん、ごめんなさい」

「どうしたの? セレン姉さん」

 伊織の胸に顔を押し当て、涙を流している。

「きてしまったんです……」

「えっ? どうしたんですか?」

 セレンが泣いているくらいだから、伊織は大変なことがあったのかと思った。

「……ここのところストレスもあって、不順気味だったのですが。気分的なモヤモヤも晴れて、身体の調子もいいなと思ったんです。そうしたら、その、生理がきてしまったんです……」

 生理のことだった。

 伊織にはちょっと生々しい話だったが、セレンにとっては願いでもある。

 男だからと言って、聞き流すわけにはいかないのだ。

「……そうですね。慌てなくてもいいんじゃないですか? これからも協力しますから、って言い方はおかしいかもしれないけど」

「そ、そうですか。では、来週早々にでも……」

 セレンの唇が伊織の唇に重なろうとしていたとき。

 コンコン、ガチャ

「お姉ちゃん、がっつきすぎでしょー」

 ドアを開けて入ってきたのはミルラだった。

「えっ? み、ミルラ?」

「あ、ミルラちゃんおはよう」

 ソファに座っていた伊織の横に座ると、伊織の腕に抱き着くミルラ。

「お兄ちゃん、おはよ……。まーたちゃん付けしてるーっ。……じゃないっ! お姉ちゃん、独り占めは駄目だよ。それにお姉ちゃんの番は終わったでしょ、順番守ってよねっ。わたしだってお兄ちゃんに甘えたいんだからっ!」

「……そんなこと言ったって」

 セレンは唇を尖らせて、ちょっと拗ねたような顔になっていた。

 いつもより女の子らしいというか、可愛らしく思えてしまう。

 それ以上言えなくなったのは、ミルラの言っていることが間違っていないからだろう。

 くにゅっとミルラの胸が伊織の腕に押し付けられる。

「ちょっと、ミルラ。胸あたってるから、駄目でしょ」

「あててるんだもんっ」

 にやっと笑うミルラ。

 流石に伊織も言い返せなくなってしまった。

「ほら、お姉ちゃん。そんなに湿っぽい気分にならないで、お兄ちゃん連れてお買い物に行こうよ。ね、いいでしょ? お兄ちゃん」

「そうだね。それで少しでも気が紛れるならそうしようか」

「……私は伊織さんとい──」

「お・姉・ちゃ・ん?」

 ミルラは笑顔だったが、目は決して笑っていなかった。

 背景にはゴゴゴゴゴという書き文字が出てしまうほどの威圧感があっただろう。

「はい、行きます。行かせてもらいますっ」

 こうして、散歩を兼ねてセレン、ミルラの姉妹と買い物へ出かけることになった。


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