第13話 貸しを作っておこう
伊織が寝ていた部屋は、三階にあったようだ。
階段を二階分降りると一階へ出る。
「ミルラちゃん、さっきの部屋って誰のだったの?」
「あの部屋はね、お姉ちゃんの部屋だよ」
「えっ、それじゃ、あのベッド……」
「うん、今日あたりお兄ちゃんの匂いに包まれてニヤニヤしながら寝るのかもね」
「そんなばかなこと……」
伊織とミルラはセレンの私室。
恐らく執務室であろう部屋へと戻ってきた。
「あの、さっきの部屋セレンさんの部屋なんですか? すみませんでした。男がベッドに寝ていたなんて、気持ち悪いでしょうに」
「いえ、別に、私はあのままでも……」
「ほら、言ったとおりでしょ? ニヤニヤしながら眠りたいんだよ、きっと」
「そんな訳……ないわよ……」
「お兄ちゃんが倒れていたときだって、もう少しで口移しで飲ませる勢いだったんだから。水筒で口に水を含んでこれからってときに、起きちゃったもんだから残念な顔してたし」
「そんな訳、ないと思うわ……」
(あったんですか)
「間違いなくお姉ちゃんの好みのタイプだからね、わたしもそうだし」
セレンは伊織をチラチラと見ながらも、恥ずかしがっている。
確かにこの姉妹は美人であった。
金髪で蒼い瞳の女性、セレンは肩までの長さで前髪をアップにして楕円状の眼鏡をかけている。
ミルラは短めのボブカットで彼女らしい可愛らしさ。
メガネがあるということは、レンズを研磨する技術もあるということ。
文明レベルはかなり高いことが解かった。
姉妹だけあって、よく似ていて2人ともそこそこ大きな胸をしている。
こんな姉妹に好かれていると言われたら、嘘でも嬉しい伊織だった。
でもそれは社交辞令だと思っている。
鈍感というか朴念仁というか、女性には人一倍興味があるくせに未だ小夜子に操をたてている。
いつも優しくしてもらった女性に、手で処理をしてもらうこともあった。
でもそれは伊織にとって、身体のバイオリズムを保つ為に必要な【排泄行為】なのであった。
今日、こんなことがあったばかりで流石にもう精神的にもたない伊織。
(今夜あたり、出してこなきゃ駄目かもな……)
その辺に関しては、実にドライな性格である。
「あの、今日は他にご用はあるんでしょうか?」
「あ、はい、今日は替えの服をお渡しするのが目的でしたので」
「そうだよね。昨日の夜遅くまで、これがいいかしら? あれもいいわね? って楽しそうだったからねー」
「ミルラ!」
セレンに舌を出して、逃げていくミルラ。
仲のいい姉妹なんだな、と伊織は少し羨ましいと思った。
伊織には兄弟姉妹がいなかった。
家族以外に接点があったのは、表面上の付き合いの者以外は小夜子ただ一人だった。
それだけに、存在が大きすぎた。
彼女を失った伊織の心は、一度壊滅的に壊れてしまった。
大学を半年ほど休学するくらいに、立ち直るのに時間がかかった。
決して立ち上がれた訳ではない。
この世界へ堕ちたとき伊織が言った言葉。
【この世に未練はない】
これに間違いはないからだ。
ただ日本とこの世界の状況の変化と、黒い王女への敵対心。
そしてコボルトとの命のやりとりが、彼を生へと少しでも引き戻せた要因だったのだろう。
今は食欲もあるし、性欲もある。
今朝悪夢にうなされることはあったが、一応眠れてはいる。
日本にいるときよりは、伊織にとっていい環境なのかもしれない。
「では、今日はこの辺でお暇させてもらいますね。何か用事があったら、宿屋の受付にでも伝えてください」
「はい、今日は本当にもうしわ──」
「だからいいんですって。そこまで気に病むことはありませんよ」
笑顔で、セレンの言葉を遮る伊織。
これは決して優しさではなく、貸しを作っておくためのやりとりなのである。
伊織にとって都合のいい、なるべくビジネスライクな付き合いを続けるための。
「ミルラちゃんもありがとうね」
「うん、また寄ってねお兄ちゃん」
「買い物はここ以外知りませんから、また寄らせてもらいますよ。では」
伊織は踵を返して店を後にする。
一度宿屋へ戻り、着替えを置いて、また街へ出てきた。
その足でギルドへ行き、疑問に思っていることをついでに聞いてくるつもりでいた。
ギルドの建物を改めて見てみると、表に看板が上がっている訳ではなく。
一見ただの商店のようにも見える。
壁に印があるくらいだろうか。
この国の紋章なのか、それともギルドの紋章なのか。
丸い城砦に盾と槍、恐らくギルドの紋章なのだろう。
ドアを開けて玄関ホールに入る。
依頼の紙が貼ってある掲示板を見に行く。
不思議なことがあった。
字が読めるのである。
昨日は所々しか読めなかったのに。
伊織は気楽に読めるのであれば問題ない。
その程度に思っていた。
さすが勇者補正、くらいに思っているのだろう。
依頼をいくつか見てみる。
「何々、ゴブリンの討伐? 一体につき、銅貨一〇枚。やっすいな……」
「それはそうですよ、それはFランクの依頼ですから。それにゴブリンは、コボルトよりは弱い種ですからね」
聞き覚えのある声がする、その方向を向くとやはりマールだった。
「ただですね、繁殖能力が低くなくかなり広い範囲で目撃されているんです。討伐にある程度慣れた冒険者が受ける生活の為の依頼みたいなものですね。それでも冒険者ではない一般の人には脅威以外のなにものでもないんですよね……」
「なるほど、一定数を狩り続けていればある程度安定した生活ができる……と」
「えぇ、そうですね」
「あとは……このオーク、なんだいこれ。一体あたり銀貨一枚って……」
「オークですか……あのですね、この種族は雌が少ない種の為……」
「雌が少ない……ですか」
「はい、その為に人間の女性が攫われることがあります」
「なんだって?」
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