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第37話 隷属の首輪

 工房に戻った伊織をマールとメルリード、そして二人が揃えたと思われる服装をしていた女性が迎えてくれた。

「先生。お帰りなさい。その子大丈夫でした?」

「うん。葉月姉さんが治療してくれたけど、リハビリ。えっと、歩く練習をしないときついって言ってたんだよね」

 連れてきた女性の髪をブラッシングしながらメルリードが聞いてくる。

「バタバタしてて言えなかったけど。イオリ、その子。ワードキャットじゃないかな」

「うん。メルさんに聞いてた話にあったね。マール、この子、身体拭いてあげて服の用意もお願いできる? 俺はちょっとあの娼館に行ってやることがあるからさ。指示を出したらすぐ戻るから頼むね」

 伊織は魔力を補充すると、少女の身体がびくんと跳ね上がった。

「……あぅ」

 寝言のように少女の口から出てきた声に伊織は驚いて、マールに渡すことにする。

「はい先生。服はもう買ってきてあります。そろそろ目を覚ますでしょうから、そうしたらお風呂に入れてきますね」

 自分よりも頭一つ小さい少女を軽々と抱いて、伊織の寝室へ戻っていくマール。

 伊織はマールの背中を見て、メルリードの目を見てから女性に軽く頷いた。

 ヴンッ

 伊織は宿屋の部屋に転移すると、部屋を出て歩いて娼館へ向かった。

 娼館へ着くとまだ営業しているようだった。

 入口から入ると奥からクイラムが伊織を迎えた。

 伊織が帰ってから程なく目を覚ましたのだろうか。

「いらっしゃいませシノ様」

 会釈をしてから頭を上げたクイラムの表情は、まるで主人を迎える執事のような落ち着いた目をしていた。

 伊織のかけた魅了の力はまだ消えていないようだ。

「あー、ちょっと込み入った話があるんだけど」

「はい、では奥へどうぞ」

 奴隷のいる部屋の辺りまで来たとき。

「そういえば、ここに残ってる男性は政治犯のような嵌められた人はいないよね?」

「はい、ここにいるのは純粋に窃盗や強盗、強姦、殺人の罪を犯した者だけです。鉱山などの受け入れ手続きが済み次第移送する予定になっております」

「そうか、窃盗については、食べるに困ってやむなくということではないんだよね?」

「はい。今いるのは窃盗を生業とした者ですね」

「うん、ありがとう。こいつらは本当の犯罪者だということか。それと、鉱山に送られた人の中で理不尽な罪で送られた人はいるのか?」

「はい、最近送った中に一人いました。確かシノ様がお連れになったご令嬢の家令をされていた方だったと思います」

「そうか、その人の名前が知りたい。今まで譲り渡した人たちのリストなんかは残ってるかな?」

「はい、全て書き留めてあります」

「鉱山の場所と資料をわかり易くまとめてくれると助かる。食べるに困った軽犯罪等や、おおよそ奴隷にされるのはおかしいという人も種類分けしてくれるかな。それと一番肝心なことだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「クイラム、お前は犯罪に加担してるのか?」

「はい。奴隷になった人を買い、売り渡したことを犯罪とするのであれば加担したことになると思います」

「そうか、いずれクイラムにも罪を償ってもらうことになると思う」

「はい、シノ様が仰るのであれば甘んじて受けようと思います。リストアップは明日にでも終わっているかと思いますので、いらしていただければお渡しできると思います」

 クイラムはまだ改心しているわけではない。

 魅了しているからこう答えるのだろう。

「うん、じゃまた明日来るからよろしく頼むね」

「はい、お待ちしております」

 救える人は全て救う、そう決意した伊織は堂々と正面入り口から出て行った。


 伊織は工房に転移してくると、自室のドアをノックしてみる。

 コンコン

「入っても大丈夫だよね?」

 するとドアを開けてマールが迎えてくれた。

「お帰りなさい先生。あの子、寝かせておきました。寝顔は辛そうには見えなかったから大丈夫だと思いますよ」

「そっか、ありがとう」

 伊織とマールはメルリードは落ち着いたと思われる女性に目を向けた。

 二人の視線に気づいた彼女は頭を下げようとするが、軽く会釈することしかできなかった。

「あ、あの。私、アウレアと申します。家名はもうありません……。この度は本当にありがとうございました」

 メルリードに髪をブラッシングしてもらっている最中で、アウレアは身動きが取れない状態だったのだ。

「あ、ごめんなさい。でも、綺麗な髪だったからついブラッシングに夢中になっちゃったわ」

 メルリードはそう言いながらもブラッシングをやめようとしない。

「はい、これでいいと思うわ。すごく綺麗な髪ね。羨ましいわ」

「あ、ありがとうございます。実は私、もう諦めていたんです。父も母も。それにあんな醜悪な男の妾になるしかないなんて……」

 アウレアはぽつりぽつりと今まであったことを語り始めた。

 伊織はクイラムからある程度の情報を引き出せていたが、予想していたよりも悲惨なものだった。

 アウレアの家は元々騎士の家系で、功績を徐々に上げながら伯爵までになったのだという。

 それが突然爵位を取り上げられ、理由を伺いにいった当主の父親は愕然として帰ってきたらしい。

 父親が帰って来ると同時に、公爵が兵士を連れてなだれ込んできた。

 国の決定に即時従わない家は反逆罪となると宣言され、その場で父親が斬り殺された。

 母親もアウレアを庇って斬られたという。

 呆然としたアウレアも取り押さえられて、自分の行く末を聞かされたそうだ。

 公爵の妾となる事で罪を償うという決定になっていると。

 自ら命を絶つこともできず、あの娼館へ連れていかれたそうだ。

「酷いな」

「先生、私たちの集めた情報では、伯爵にはあの家が収まったそうです」

「あの家?」

「イオリ、旧フレイヤードのあれだよ。ガゼットが斬ったっていう」

「あぁ、あれか。……ってことは、俺が原因じゃないか」

 伊織は頭を抱えてしまった。

「違います。先生は救っただけなんです」

「そうだよ。イオリは間違っちゃいない」

 マールとメルリードは伊織がフレイヤードに対して行ったことをアウレアに説明する。

 アウレアはそれを聞き終わると、首を左右に振った。

「イオリ様は悪くありません。あの国がおかしいだけなんです。フレイヤード王国が倒れたと聞いて即時攻め込むべきではないかという話がありました。ですが父は反対したのです。公爵家は以前から私を妾に寄越せと言っていたそうで、それを断っていたこともあるのかと……」

「しかし、引き金になったのが俺のせいでもあるんだ。最低限アウレアさんを救えただけでもよかったのかもしれない。マール、メルさん。俺が娼館から得た情報はこうなんだ」

 伊織は娼館でクイラムから聞きだした王家との奴隷商との繋がり、以前話していたことと合わせて伊織の見解を話していく。

「──だからこの国はガゼット伯領にも脅威と言えるかもしれない。俺は以前から言ってた通り」「潰すんだね、イオリ」

「先生。自分一人で背負わないでくださいよ。私も一緒に背負いますから」

「ありがとう。この国が機能しなくなる程度に壊すだけだから、一瞬で済むよ」

「まさか、先生。あれ、するんですか?」

「あぁ、あたしもそう思った」

 横で聞いていたアウレアにはさっぱり意味が解らなかっただろう。

「あれが一番ダメージ大きいと思う。それに死人もでないだろうからね。あと、アウレアさん」

「はい」

「貴女の家で家令をしていた男性が生きてるそうだ。明日鉱山に迎えに行こうと思ってる」

「本当ですか? まさか生きていたとは思いませんでした。でも、ドルフなら……」

「ドルフさんていうんだね。とにかく迎えに行ってここに戻ってくるから」

「ありがとうございます……」

 そのとき伊織の寝室から少女の声が聞こえてくる。

「……うにゃ? ここはどこかにゃ? あ、あれ? 足がにゃおってる……」

「あ、気付いたようですね。私お風呂入れてきちゃいますね」

「うん。お願い」


 マールが少女と一緒に風呂へ行ったあと、伊織はアウレアの首元にも少女のものと同じ首輪が付けられているのに気付く。

「これ、あの子と同じ首輪だ」

「似てるね、確かに」

 メルリードも同意する。

 伊織は首輪をじっと見て、頭に浮かぶ文字を確認する。

 鑑定結果 隷属の首輪 装飾品 素材 鉄、銀 効果 付けたものを隷属させる

「隷属の首輪か。こんなに凶悪な魔法具があったなんて……」

 もちろん、中央の魔石の色は青くなっている。

 すでに主人が決定されているということなのだろう。

「無理に外すと首が締まっていって、終いには首が切断されることもあるって言ってたな……」

「……イオリ、それ本当?」

「うん。そう注意を受けたんだ。これを付けられている人がまだ沢山いるってことなんだね」

 なんかむかっときた伊織は、アウレアの首に着けられている首輪に手を触れる。

 魔石の色に変化がないことを確かめると、伊織は次の行動に移った。

「破壊するのは容易いけど、これの構造が知りたい。うん、この方法が一番だろう」

 伊織は触れたままテーブルの上を見て、その場所へ首輪だけを転移させた。

 音もなくアウレアの首元から消えた首輪は、テーブルの上に転移できた。

 馬車をも転移できる伊織だ。

 この程度であれば容易いのは最初から解っていたのだ。

「えっ? あぁ、そういうことなのね。イオリにかかったら隷属の首輪だったかしら? それも形無しなのね」

「……私、自由になれたんですか?」

「そうよ、アウレアさん。もう貴女を縛っている人は誰もいないわ」

 アウレアの両肩を抱いて、メルリードは優しく微笑む。

「……あ、ありが、とう、ござ、います」

 アウレアは目元を押えて泣き出してしまった。


今週末はこれしか更新できないかもしれません。

これからもよろしくお願いします。

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