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第34話 ミデンホルムの様子

 少し遅くなったが昼食に出ることになった三人。

 伊織が気になったことは、まず、往来を通る人々の表情が硬いことだ。

 まるで何かに怯えているとまではいかないが、おそらく巡回している兵士のせいだろう。 伊織はあえて店舗に入らず、軽く周囲を回って適当に持ち帰り出来るものを買って部屋へ戻ってきた。

 施錠を確認すると二人の手を握り、伊織は工房にある自分の部屋へ転移する。

 ヴンッ

「あ、戻って来ちゃったんですね」

「うん。ちょっとあっちじゃできない話もあるからさ」

「もしかして門番に言われたこと?」

 マールもメルリードも気づいていた。

 きっと伊織が奴隷商人に間違われたということだろうと。

「そう、あれが気になったんだ。あの門番をしていた男の受け答えから考えたら、冗談で言ってたとは思えないんだ。多分、頻繁に奴隷商人が来ているんだろう、それも女性を連れて、ね」

「……先生」

「イオリの言いたいことはなんとなくわかるわ。問題はあなたがどうしたいか、でしょうね」

「うん。まずは認識からかな。俺が思ってることとこの世界での認識が違っていたら。俺があの国に対して、宣戦布告するってことになるかもしれない」

「先生、それは?」

「認識の違い、ね」

 くぅう……

 マールのお腹が可愛らしく鳴る。

「あっ、すみません」

「まずは、腹ごしらえしてからね」

「いただきます。うん、悪くないわね」

「あっ、ずるい。私も食べよっと」

 脂身の多めのボア系の肉をあぶり焼きしたものと野菜を挟んだパンだったが、ファーストフードでテイクアウトしたようなジャンク感があって懐かしく思った伊織。

「うん。なんか懐かしい感じだな。でもこればかりじゃ、太りそう」

「やめてくださいよ、先生……」

「あたしは、痩せてるからいいか」

「メル姉さん、それじゃまるで、私が太ったみたいじゃないですか!」

「いや、そんなこと言ってないよー」

 伊織の気持ちを考えて明るく振る舞ってくれる二人。


「先生、さっき言っていた認識の違いって?」

「うん。まずはね、俺が知ってる奴隷というのは、二種類あるんだ」

「二種類?」

「そうだね。自らの意思でそうなった人と、意思に反してそうされた人かな。マール」

「はい、先生」

「パームヒルドには奴隷制度はいない、奴隷商人も存在はしない。そうだよね?」

「はい。それは我が国では忌避されていることですから」

「よかった。現段階では、この国は俺の友人だってことだね」

「イオリ、あたしの国にもそれ、はないよ」

「うん。ありがと。綺麗ごとを言うつもりはないけど。その国に罪人を捌く機関があるなら、奴隷に落ちる罪人は存在しないはずなんだ。困っている人を国が把握していたら、奴隷制度なんてそこにあるはずはないんだ。俺のいたところには必要悪という言葉があった。この国にヨールさんの店がある時点で、国が弱者を救済しきれていないということはわかっていた」

「はい、すみません。先生……」

「あのね、俺だって男なんだ。女性を抱きたいと思うときだってある。そんなとき、相手がなければ、そういう所で発散しなきゃいけないのが男なんだ。そのために対価を払って相手をしてもらう。俺はそれを否定したりしない。奥さんや恋人がいない男だっているんだからね。人肌が恋しくなることだってあるんだ」

「うん、女だって人肌が恋しいときはあるんだよ。あたしだって……」

 恨めしそうに伊織を見てくるメルリード。

「……なんていうか、ごめんなさい。でも、それを強制しちゃ駄目だ。それはもう人として見られていない。それが奴隷というものなのかもしれない。全ての奴隷になってしまった人が性的な目的でそうされているわけじゃないかもしれないけど、そういう人もいると思うんだ。そういう、人が人としての尊厳を奪うようなこと……」

「先生、それ以上言わなくていいです。わかってます」

「あ、うん。罪を裁くのも人を救済するのも、本当なら国がやらなきゃいけないと思うんだ。それが出来ないほど国が困窮しているなら国民はそこにいる理由がなくなる。奴隷商人の存在を国が許しているなんて、あってはいけないことだと思う。だから俺は俺の目で徹底的に調べるつもりだ。それで俺が納得いかなければ。俺は、奴隷商人に、最悪、あの国に喧嘩を売る。ごめんね、こんなややこしい男で」

「よかったですよ。もしこの国にそういうことがあったら、先生はこの国の敵になってたかもしれなかったんですから。セリーヌちゃんが言ってたの。ちゃんと捕まえておかないとどこに行っちゃうかわからない人だって。それって、先生のこういうところだったんですね」

「そうね。イオリは先代の勇者様みたいにはなれないわね。英雄になるか、人に畏怖される覇王になるか。」

「酷い言われようだな。畏怖される人って、俺の知識ではそれが魔王だったんだけどね。この世界じゃ魔王様は魔族を治める王様。普通にいい人っぽいから、一度逢いにいかないとね。先代の勇者様には謝らないとだめかもだわ、こんなのが勇者として存在してるんだから。ほんと、勇者ってなんなんだろう……」

「いいんじゃないのかしら? そんな人がいても」

「そうですよ。先生じゃないとできないことをすればいいです。どっちにしても、私たちは先生に死ぬまでついていくつもりなんですから」

 マールは伊織の横に来て、伊織の右腕を抱いてくる。

「そうね。死ぬまで離さないからね」

 メルリードも負けじと伊織の左腕に抱き着いてきた。

「ありがとう」

 伊織はそう言うと、宿屋へ転移したのだった。


 その日から伊織は日中、この国の情勢や奴隷商のことを調べ始めた。

 宿に戻ると鍵を閉めて伊織の工房へ戻り、二人と情報を交換する。

 夜には宿屋へ戻り、クァールに吸い尽くされてぶっ倒れる。

 そんなことを繰り返して三日目に入った頃だった。

 伊織たちはこの城下町で目立つという感じではない。

 服装も周りに合わせて目立たない恰好をしている。

 この国人々に多い髪の色に変えたことによって、さらに往来を通る人々と見分けがつかなくなっていく。

 マールとメルリードには二人一組で動いてもらっている。

 伊織は自らを偽装して、町の深い部分に潜っていくことにする。

 チンピラなどが集うような場末の飲み屋や、娼館など。

 もちろんマールとメルリードには、この国の女の子には手を出さないことを約束させられた。

 伊織は昔見た映画のチンピラやギャングを思い出し、それっぽい風貌に偽装して、それを演じつつ情報を集めていった。


 ここ数日はクァールは二日に一度くらいの頻度で食事をしてくれるようになって、伊織も夜動けるようになってきた。

 伊織は場末の飲み屋に入り、カウンターに座る。

 今の伊織の風体は、ブロンドの短髪に片目に傷を負っている人相のあまりよろしくない感じに見えるだろう。

 伊織は、髪の短さや、傷、肌の色まで偽装できるようになってきていた。

 声のトーンをやや抑え気味に、掠れたような声で話しかける。

「おやじ、酒くれ」

 カウンター越しに相手を睨みつけるように、酒を要求し、カウンターの上に銀貨を一枚置いた。

 店主も慣れた物なのだろう、グラスに安っぽい酒を乱暴に注ぐと、伊織の前に置いた。

「見ない顔だな。酒一杯にはちょいと高すぎやしないか?」

「あぁ、知りたいことがあってな」

「内容によっちゃ教えてやらんこともないが」

 伊織はもう一枚、銀貨をカウンターに置く。

「俺はな、傭兵やってそこそこ稼げたから、国に帰って娼館でもやろうと思っているんだ。この国でいい女が手に入るって聞いてな、来てみたはいいんだが、わけがわからねぇ。そこらの店に聞くわけにもいかねぇだろう?」

「そういうことかい。ならな、この先のガレムって娼館へ行くといい。そこで俺の名、バランを出せば奥に通してくれるだろうよ。この国じゃ奴隷の売買なんてそれ程珍しくないからな」

「ありがとうよ。すぐに行ったらがっついてるように見られる。それも癪に障るから、そのうち行ってみるわ」

 伊織は酒を軽くあおって、銀貨をさらに一枚置いて酒場を出ていった。


沢山のブックマーク、ご評価ありがとうございます。


とりあえず、改稿作業の合間に一話だけ書き上げた分を更新しました。

次も出来上がり次第、更新していこうと思います。


これからも頑張りますので、よろしくお願いします。


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