第25話 セレンと初デート?
セレンの連れてきた二人の侍女は物凄く優秀だったようだ。
昼前になろうとしていたセレンの執務室で。
「ディア、そっちの書類は終わった?」
「うん。これでいいかな? 姉ちゃん」
「いいわ。そうしたらこれで……セレネード様本日の事務処理は終わりです。お疲れさまでした」
なんと、二人増えただけでセレンの仕事が午前中に終わってしまっていたのだ。
「ありがとう、オリヴィア、ディア。貴方たちを連れてきて正解だったわ。でも、あっちはどうなってしまうのかしら……」
「大丈夫ですよセレネード様。後任は育てておきましたから、奥様と旦那様の昼食の時間がしばらくの間遅くなる程度だと思いますので」
セリーヌは目をパチパチさせて、目の前で起きていることに驚いていた。
「お姉さん。これってどうなっているのですか?」
「セリーヌは知らなかったのよね。オリヴィアとディアがアールヒルド家の事務仕事を統括していたのですよ。オリヴィアは元々私の家庭教師だったの。ディアはオリヴィアに負けるのが嫌いだったから自然とこうなったって話なのね」
「ほぇー……」
昼食が終わり、オリヴィアの入れてくれたお茶を飲んでいたセレン。
久しぶりに午後の予定が空いたので何をしようかと思っていたとき。
「セレネード様、旦那様とお出かけしてはどうでしょう?」
オリヴィアがセレンに提案してきたのだが。
「旦那様って、誰のことですか?」
「もちろん、イオリ様のことですよ」
「そんな、まだ結婚してないのに……」
「お姉さん。行ってきたらいいんじゃないですか? 多分工房にいると思いますよ」
「そうね、行ってこようかしら」
「そうと決まれば、おめかししないと駄目ですね」
クラウディアはセレンをひょいっと抱きかかえるとセレンの部屋に走り出した。
「ちょっと、ディア」
「セリーヌ様も手伝ってくれますか?」
「はい。お姉さん、初デートなんですから、綺麗にしていかないと駄目ですよ」
「いえ、そんな大げさな」
伊織は葉月の病院が落ち着いたので今後の計画を練りながら簡単な昼食をとった。
昼寝をしようとしていたとき、訪問者が来たのに気付いた。
コンコン
「はい。開いてますよ」
ドアが開くとそこには初めての訪問者が。
「お邪魔します。イオリさんいいかしら?」
伊織はある意味珍客に驚いた。
「セレン姉さん。どうしたんですか?」
「あら、私が来ちゃいけなかったかしら?」
セレンはフレアスカートのワンピースに、白のタイツ、青染のジャケットを羽織っていた。
最近のセレンとしては珍しい恰好。
誰が見てもこの街の領主様だとは思わないほどだろう。
セレンは伊織と二つしか違わない。
こういう恰好をさせれば、まだまだ可愛く見えて当たり前の年なのだ。
「いえ、その。可愛いなと思って」
「嫌だ、褒めても何もでませんって……」
「と、とにかく座ってください。お茶入れますから」
伊織は慌ててキッチンへ行くと、カップに紅茶をいれて持ってくる。
カチャカチャカチャ……
慣れないものを見てしまったのか、それともセレンの可愛さに照れたのか、茶器を持つ手が若干震えていた。
「ど、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
中学生のカップルかよ、と言われそうな初々しさ。
「あの、ですね。オリヴィアがせっかく仕事が早く終わったのだから、イオリさんとデートでもしてきなさいって、追い出されたんです」
「デートですか。こっちは寒くなってきてますからね。あ、そうだ。ガゼットさんの領地行きませんか? あっちはまだ暖かいですから、ケリーさんの様子も気になってませんか?」
「そうですね。最近会ってませんし。行きたいですね」
「では、善は急げということで、さっそく行きましょう。あっちの町もなかなか綺麗になってきてますし」
伊織は立ち上がると、セレンの手をとり立たせてあげる。
「すみません」
「いえ」
お互い照れているのは、まるで高校の先輩後輩のようだった。
ヴンッ
転移した先は、おなじみのガゼット伯邸の中庭。
こちらはアールグレイより東の低い位置にあるので、まだ寒いとまではいかない気候だった。
表に回ると、入口の衛兵に話しかけた。
「こんにちは。ケリー様はいらっしゃいますか?」
「これはシノ様。中にいらっしゃいますので、どうぞ。あれ? もしかしてセレンちゃん、いえ、セレン様ではないですか?」
元々町はずれの門にいた中年の優しい衛兵だった。
「いいんですよ、セレンちゃんでも。それより、以前は騙すようなことをしてすみませんでした」
「いえ、そういう訳には。それに、お仕事だったのでしょうから気になさらないでください。これからもどうぞ、よろしくお願いします。あ、寒いでしょうからお入りになってください」
声を聞いてか、それとも近くにいたのか。
ホールからケリーが迎えに来てくれていた。
「セレンさん。お久しぶりです。イオリさん、この間はお世話になりました。ハヅキ先生にもありがとうとお伝えください」
「はい、伝えておきますね」
ケリーの少しだけ目立ってきたお腹に気付いたセレン。
「あら、少し大きくなったんですね」
「はい、ことのほか順調なんです。それと先日ハヅキ先生から、男の子だって教えてもらいまして」
「おめでとうございます。羨ましいですね……」
「立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」
そこにたまたま通りすがったガゼットが。
「お、イオリさんじゃ──」
「あなた?」
「わかりました、仕事に戻ります」
じろっと見られたケリーの視線に気づいたガゼットは、すごすごと行ってしまう。
「仕事が終わると私のお腹から離れないんですよ。それがまた可愛いんですけどね」
コロコロと笑うケリー。
あの豪快なガゼットを可愛いと言うケリーも大物なのではないかと、思う伊織とセレン。
ケリーに私室まで案内されて、お茶を振る舞われる二人。
「ケリーさん。ご予定はいつなんですか?」
「はい。夏前くらいを予定していますね」
「いいなぁ。私も男の子が欲しいです……」
その言葉にぎくっとする伊織。
「あ、いえ。催促している訳ではありませんから」
伊織の苦笑いを見て、慌てるセレン。
「仲がよろしいみたいで、安心しました。そんなに遠くない未来にセレンさんも授かると思いますよ」
「そうだといいんですけどね」
針の筵に座った気分になった伊織だった。
しばらく談笑した伊織とセレンは、ガゼット伯邸を後にして町を回ることにした。
「前は殺伐とした感じがあったんですけど、最近はいい雰囲気になってきましたね」
「そうですね。私も何度も来たことがありますが、前よりは皆さんの表情も柔らかくなっていますね」
伊織と腕を組みたそうにしているセレン。
それに気づかない鈍感な伊織。
そんなとき、人の往来が増えた場所に出て、セレンが人を避けようとして伊織にもたれ掛かってしまった。
「あ、すみません」
「セレン姉さん。危ないですから俺の腕につかまっててください」
そう言って左腕を差し出す伊織。
さすがの鈍感もやっと気づいたようだった。
腕を組んだセレンは、伊織の腕に頭を少し寄せてかなりご機嫌になってきている。
二人で色々と見て回り、途中でみつけた喫茶店のような店でお茶を飲むことになった。
オープンカフェのような感じのところへ二人で座り、ケーキとお茶を頼んでみた。
セレンは嬉しそうに伊織と話しながら、甘いケーキを食べている。
「セレン姉さん。俺、デートってこんなことしか知らなくて。すみません」
「いえ、すごく楽しかったですよ。こんなに長い時間、イオリさんと二人きりだったのも初めてでしたから。すごく贅沢な気持ちでしたよ」
「そう言ってくれると俺も嬉しいです」
伊織はなんとなくだったが、この東にとある場所があることを思い出した。
そろそろ陽が落ちて暗くなってきた。
伊織は支払いを済ませるとセレンの手を取り立たせる。
「セレン姉さん。ちょっといいですか?」
「あ、はい」
伊織はいわゆるお姫様抱っこの状態で抱え上げる。
「ちょっと目を瞑っててくださいね」
「はい……」
伊織は町の外へ転移する。
そのまま東の方を向き、見える範囲で転移を繰り返す。
「セレン姉さん。目を開けていいですよ」
伊織はゆっくりとセレンを下ろして立たせた。
セレンは徐々に目を開けていく。
すると、そこには大きく広がる海。
その上には、暗くなった空の所々に点在する星。
「こっちにも星空ってあったんですね。よかった」
「わぁ……」
「寒くなってくると、夜空が綺麗になるんですよね」
「えぇ、とても綺麗ですね。イオリさん本当に今日は楽しかったです」
「俺も楽しかったですよ」
セレンは伊織の手をくんくんと引っ張る。
「どうしまし──」
ちゅっ
伊織が腰を折ってセレンを気にする瞬間、両手を伊織の首へ回してキスをしたセレン。
唇を離すと伊織を強く抱くと頭を伊織の胸に擦り付ける。
伊織を見上げるようにして、今日一番の笑顔を見せた。
「これでしばらくは仕事、頑張れそうです。また連れてきてくださいね」
「はい、約束しますよ、セレン姉さん」
「……くしゅん!」
「あ、冷えてきたみたいですね。帰りましょうか?」
「もうちょっとこのままでいていいですか……」
「はい」
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