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第11話 消えない悪夢

「──小夜子(さよこ)!」

 伊織はそう叫ぶと身体を起こした。

 実に寝ざめの悪い悪夢であった。

 伊織の許嫁であり、婚約者でもあった女性の名前であった。

 彼女は高校卒業後の仲のいい友達と一緒に卒業旅行へ行った。

 そこの日本食レストランで、爆弾テロに巻き込まれ、火災現場で息を引き取ったらしい。

 らしいというのは、かなりの数の旅行者も巻き込まれていて。

 焼け跡から見つかったのは彼女のパスポートの焼け焦げた切れ端のみ。

 彼女の友人等もまともな遺体がなかったという知らせだった。

 彼女が確認されたのは、同時刻に残っていた日本食レストランのセキュリティの監視カメラの映像のみだった。

 伊織は彼女の葬儀に参列した。

 銀行頭取の娘だった彼女、葬儀の模様は全国ネットの報道番組でも流されたくらいだった。

 数千度の炎の中彼女は何を思い、果てていったのか。

 伊織はスマートフォンのギャラリーをそれ以来見ていない。

 事件のあった時刻の数時間前に撮ったと思われる、メールで送られてきた写真。

 それが入っているからだった。

 生ける屍状態だった伊織を再起動させたのは、葉月という女性からの愛情と小夜子の敵への憎悪だった。

 きっと今の伊織であれば、単身でそのテロリストの本拠地へ向かったことであろう。

 だが、何もかも遅すぎたのである。

 だからだろう、普通であれば諦める状況下の少女を救ったあのとき。

 自分以外に降りかかる、理不尽が嫌なだけだった。

「またあの夢か……勘弁してほしいよな」

 伊織は顔を洗い、刀を持って部屋の鍵を閉める。

 カウンターに外出すると告げ、武器屋へと歩いていく。

 気持ちのいい朝だった。

 まだ人の往来も少なく、周りの商店も準備しているところなのだろう。


 武器屋に入り伊織は挨拶をする。

「おはようございます」

 すると奥からでてくるおかみさん。

「おはよう、イオリ君」

「すみません、刀なんですけど」

 伊織はおかみさんに差し出す。

「どれ、うわ、どうやったらこんなになるんだい……研ぎ直さないとだめだね、これは」

「コボルトを二〇〇ほど斬った結果なんで」

「二〇〇かい、よく折れなかったね……」

 おかみさんは二〇〇という数字に驚きはしなかった。

「実にいい刀ですね」

「そうだろう、今までで一番出来のよかった物だからね。今日の夕方には仕上げておくから取りにきておくれ」

「わかりました、お世話になります」

「あぁ、実にいい仕事してくれてるよ」

「それでですね、お願いがあるんです」

「なんだい?」

「脇差といって、それより少し短い刀も欲しいなと」

「あぁ、創ってみるよ。期待しないで待っていてほしいね」

「では、また夕方に」

 伊織は武器屋を出て、ネード商会へ足を向ける。

 ゆったりとしたスエットパンツのようなズボンに、下着を着けていない伊織はどうも落ち着かなかった。

(これはまずいな、早く下着を買わないと……)

 この状態で伊織の目に視覚的な刺激が加わったら、とてもまずいことになるだろう。

 伊織だって若い男なのである。

 伊織は足早にネード商会へ向かうのだった。


 商会に着くとミルラが店先で忙しそうにしている、開店準備だろうか。

「あ、お兄ちゃん、おはよー」

「おはようミルラちゃん。あの……さ、男物の下着なんだけどあるかな?」

 ミルラは袖のないタンクトップのTシャツに、短いスカート、膝上の長めのソックスを履いている。

(ぜ、絶対領域かよ。こ、こりゃやばい……見ちゃだめだ、見ないようにしないと)

 慌てて視線を斜め上にずらし、ポケットに手を突っ込む伊織。

 ミルラは伊織の視線に気づいたのか。

 ニヤッと笑って左の手のひらに右拳をポンと叩き、なるほどという顔をした。

「うふふ、ごめんね、忘れてたかも……お兄ちゃんのサイズならこっちかな」

 伊織の手を握り、売り場へ案内するミルラ。

 そこには多種多彩な男物の下着があった。

 トランクス、ボクサータイプ、ブリーフ、そしてふんどしタイプのものまで。

 伊織はボクサータイプのものを5枚ほど選び、ミルラにお願いする。

「これでいいから、部屋に戻ってもいいかな?」

「うん、いっておいでー」


 伊織は走って宿屋に戻る。

 受付で戻ったことを告げ、部屋へ。

 部屋の鍵を閉めて、パンツを履く。

「やれやれ、危なかったよ……」

 よりによって、ミルラはミニスカートだった。

 伊織は少し自己嫌悪に陥る。

「まじで、あれはやばいわ……どんだけ飢えてるんだよ俺」

 昨日はコボルトをひたすら狩ることにより、疲れはしなかったが。

 精神的に疲れていたため、余計なことを考えることはなかった。

 だが今朝は歩くたびに加わる微妙な刺激に、あの視覚的な刺激が加わり危ういところであった。

 そういう気持ちになるのは所詮、やりたい盛りの若い青年なので仕方ないのだろう。

 日本にいたときは小夜子以外を愛することは出来なかったため、彼女を失ってからはクラブの女性に慰めてもらうことがあった。

 下世話な話だが、伊織がふさぎ込んでいたとき、彼を救ったのもまたそんな女性であった。

 父がふさぎ込んでいるのを見かねて、酒を飲みに連れていかれた。

 そのとき伊織は、何もせずただ黙って飲みづつけていた。

 父の取引先にでも関係があったのか、何度か同じ女性と一緒の時間を過ごした。

 仕事だからだろうか、その業界の女性はとにかく優しいのである。

 そのうち、伊織はその女性の膝の上で泣くようになった。

 金銭が絡んでいるということに安心した伊織は、遠慮することもなかった。

 心の内を全てぶちまけ、ひたすら泣いた。

 すると、伊織はネガティブになってどうしようもないとき、人肌が恋しくなることがある。

 そんなとき、父に頼んでその女性に会いに行き、そして泣いた。

 心と体は違うもので、女性と2人きりになっていたのだ、そういう処理もしてもらったこともある。

 しかし、行為自体は頑なに拒み、手で処理をしてもらうことが何度かあった。

 泣きつかれて、少しでも心が楽になったら、身体の欲求の処理をしてもらう。

 その女性は必ず、仕事だからと笑って言ってくれた。

 もちろん女性経験はなく、未だに童貞である。

 そういった経緯があったのである。

「こっちでも、夜に行くしかないのかよ……」

 伊織にとっては実に切実な問題だった。

 部屋を出て受付へ再度外出すると告げ、ネード商会へ向かう。

 今度は収まりがいいので、心配はなさそうだ。


「やれやれ、どうなるかと思ったよ……」

 つい口に出してしまう伊織だった。

「あ、お兄ちゃん、サイズどうだった?」

 ミルラは伊織に気付くと、近寄ってくる。

「あ、うん、大丈夫だったよ」

「人の身体のサイズを把握するの得意なんだ」

「そ、そうなんだ……」

(まさか……ね)

 ミルラは店の従業員から見えないあたりて、ちょいちょいと手招きをする。

 伊織は二〇センチはある身長差のため、腰をちょっと折って、頭の位置を下げてみる。

「ん?」

「あのね、あそこ大きくなって苦しそうだったね。ごめんね今日、ミニで……うふふ」

 ミルラは(きびす)を返し、走って店内へ逃げて行った。

(ちくしょ、バレてやんの。誤魔化すの大変だったのによ。全く、どこが勇者様だよ。あんな女の子に手玉に取られるとかよ。ホント、悪夢だぜ……)


読んでいただきまして、ありがとうございます。

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