第22話 マール式鍛錬法を教わる葉月
一番重いとされる重傷者の女性の処置が終わると、ケリーと一緒にガゼット伯爵の館で一泊することになった。
「シノさん。こちらの部屋を使ってください。三部屋続きで用意させましたので」
「色々とすみません。ケリーさん」
「いえ、これくらい当たり前ですよ。シノさんには感謝してもしきれない。返しきれない恩があるのですから」
「それは忘れてくださいって何度も言ってるじゃないですか」
照れる伊織に何度も頭を下げるケリー。
「先生。謙遜は失礼だって言いましたよね」
「はい。ごめんなさい」
葉月を抱いたままマールに怒られる伊織。
「では、夕食が用意できましたらまた来ますので」
そう言って下がっていくケリー。
ベッドに静かに葉月を寝かせると、マールと伊織は椅子に座って様子を見ていた。
「先生、すみません。気付くのが遅れました」
「いや。俺も忘れてたんだ。葉月姉さんの魔力が少ないってことをね」
伊織は疲れて眠っている葉月を見て申し訳なさそうにしていた。
「先生。ハヅキさんもいずれ私の本当の姉さんになるんですよね?」
「そうだね。まだいつかはわからないけど。近いうちそうなるだろうね」
「畑違いの治療を頑張っていた叔母さまに会わせてあげたいですね。そうすれば、地魔法の研究だけに集中できるでしょうから……」
「倒れることが少なくなったらいいかもしれないね」
大っぴらに話せない部分を思考話で続ける伊織。
『葉月姉さんは日本にいたときには、本職の医者だったみたいだから』
『はい。この国で唯一、本物のお医者様なんですね』
マールが唯一と言っているのは、病気をみることができるという意味なのだろう。
「でもずるいですよ。こんなにおっぱい大きくて、綺麗で、優しくて。私、勝てませんよ」
「いや、そもそも比べちゃ駄目だって。最強クラスの魔法使いとお医者様なんだから」
「むー……」
夕食が終わって、ケリーをベッドに寝かせてお腹をじっと見ていた葉月。
「この胎児の状態だと。三か月くらいかしら。順調に育っているみたいね。安心していいと思うわよ、ケリーさん」
「そこまでおわかりになるのですね」
「えぇ、一応本職ですから」
透視で直接胎児を見ているとは言えない葉月だった。
葉月に恐る恐る聞いてくるケリー。
「あ、あのですね。男の子かどうかわかりますか?」
跡取りのことがあるのだろう。
「そうね、あと一月くらいしたらわかると思うわ。慌てちゃ駄目よ。赤ちゃんにも影響でちゃいますからね」
「はい。気を付けます」
そう言うとケリーは自分のお腹を愛おしく擦るのだった。
「葉月姉さん」
「なぁに? シノちゃん」
「葉月姉さんって、確か小児科って言ってたと思ったんだけど、なぜ骨折とか詳しいのかな?」
「あのね、小児科医になるには、全てのことを知らないと駄目なのよ。外科も貪欲に知識を吸収したのよ」
「へぇ……」
「あのしょうにかってなんでしょう?」
マールが素直に聞いてくる。
「あのねマールちゃん。小児科って子供を専門に診るお医者様のことなのよ。小さな子ってここが痛い、あそこが辛い、ってうまく言えないじゃない? だから怪我や病気など、すべて知らないと駄目なのよね。なりたがるお医者さまが少ないのが難点なんですけどね」
「そうですね。おぎゃぁ、だけではわかりませんからね」
マールなりに納得できたようだった。
葉月は一晩休んで魔力が回復したのか、朝早くから診察に行くと聞かなかった。
再度孤児院へ行くと、軽い症状の病人などを診始めた。
診終わった後すぐに、子供たちも集めて診てしまった葉月。
「ふぅ。さすがに疲れたわね。でも、久しぶりだから充実したわぁ……」
いい汗かいたとでも言いたげな満足した表情をしていた。
部屋を出る前にマールが魔力の制御方法と、魔力欠乏時に感じる感覚をうまく教えたからだろう。
飲み込みが早く、解らない所は何がどう解らないかを聞いてくるので、教えるのも楽しかったとマールは言っていた。
葉月は魔力が切れそうになると、伊織を見て困った顔をした。
その都度魔力を分け与えていたので、今日は倒れることはなかった。
その日の夕食が終わり、マールはいつもの日課をやろうと思ったとき。
コンコン
「はい。どなたですかー?」
「私です、葉月です」
ぱたぱたとドアへ駆け寄る。
カチャ
「開いてるので入ってきたらよかったんですよー」
「いえ、親しき中にも礼儀ありと言いましてね。家族が仲良くしていくには、相手のプライバシーを侵害してはならないのです。ですから、断りを入れるんですね」
「ぷ、ぷらいばしーですか?」
葉月は困った顔をしながらも丁寧に説明する。
「そうね。他の人から私生活や秘密をみだりに侵害されないための権利とでもいうのでしょうか」
「うーん。ちんぷんかんぷんです」
「自分がされたら嫌なことをしない。相手を思いやる。ということかな?」
「それならわかります」
「マールちゃん、いい子ね」
ふかっとマールを抱きしめた葉月。
「葉月姉さん。気持ちいいんですけど、これから日課の訓練をですね」
「あら嫌だ、私ったら……」
葉月が離れようとすると、マールの方からぎゅっと一度抱きしめてから葉月をみて微笑んだ。
「私がこれからやるのはですね、毎日の魔力操作の訓練なんです。見ててくださいね。空気中の水分をこう手のひらに集めて……」
マールの魔力操作が強力になってきているのか、空中に水滴が集まり、それが渦のように手のひらに吸い寄せられるように溜まっていく。
一瞬で大きな水の球になっていった。
「あとは、こう。水とは違う性質の魔力を手のひらに張るようにして。上に弾くんです」
手のひらで上に弾いては落ち、また弾くを繰り返していく。
「本来、魔法というのは先人たちが残してくれた魔法陣を元に展開されるものです。ですが、私は先生から魔法陣を使わない方法を教わりました。その方法とはイメージ通りに魔法を展開させることなんです。そのために必要なものに魔力操作というものがあります。それはこんな風に鍛錬することで上達するんです。それと、私の経験上なんですが、枯渇する寸前まで魔力を使い切ることで魔力量が増えることがあるんです。どの辺が限界かは、朝に教えた感覚でわかると思います。こんな感じで毎日続けてるんですよ」
「マールちゃんも伊織ちゃんと同じで負けず嫌いなのね」
「はい。今まで何もできなくて悔しい思いをしてきましたから。先生はその力を私にくれました。だから一生ついていくことに決めたんです」
この会話の間もマールは水球を弾き続けている。
この子は貴族という家柄に胡坐をかくことなく常に自分を磨き続けて得るのね、と葉月は感心する。
葉月が知っている貴族というものと少し違う。
きっとこの子を変えたのも、伊織なんだろうと思った。
「私にもできるかしら?」
「大丈夫ですよ。学校の成績が悪かった私だってできるんです。さっきの手順でやってみてください」
葉月は目を瞑ってマールに教わった方法で右手の手のひらに集中していった。
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