第21話 今の葉月にできること
本日1回目の更新になります。
その夜、マールが戻ってきたが、少し渋い表情をしていた。
「先生の予想通りですね。文献を読み漁りましたが、同時に二人いた記録はありませんでした。それとですね、魔石での召喚はあくまでも勇者であって聖女ではないと思うのです。なので魔石で召喚されたわけではないので、異例の事態が起きたのかもしれませんね」
「なるほど」
「それと、聖女と呼ばれた女性はいましたが。奇跡を起こす人はいなかったと書かれていますね。奇跡とはおそらく治癒魔法以上のことを言っているんだと思います」
「そういえば、この国で病気とかはどうやって治すのかな?」
「はい。治癒魔法で体力を補ったりして、その間に薬を投与する方法が取られていますね」
「ならば、治癒魔法で病気を治した人はいなかったと?」
「はい。文献にはありませんでした。治癒魔法は外傷には有効なんですけどね」
伊織はなんとなく解ってきていた。
こと病気に関して、魔法陣式の魔法では限界があるのだということを。
「病気の原因を特定するのも難しいらしいです。元々先代の勇者様は、その、ふじんかというお医者様だったらしいのですが、病気全てに詳しいわけではなっかったと言いますね。でも、勇者様のおかげで避妊魔法が開発されたと残ってましたね」
「あら、婦人科のお医者様がいらっしゃったのね」
「そっか。実はね葉月姉さんも医者だったんだって。俺もこの間初めて聞いたけどね」
「先生。それって、もしかして病気で困ってる人を助けられるのでは?」
「あ、そうか。ガゼットさんの領地にあるあの施設に病気の人もいるんだっけ」
「どこ? 伊織ちゃん、すぐに連れていきなさい」
葉月は滅多に見せない目を大きく開き、めったに使わない口調で、伊織の両肩を掴んで真剣な眼差しを向けてくる。
「まだ葉月姉さんの魔法は弱いから、どこまでできるか」
「それでもいいのよ。悪いところを少しづつでも治していけるのなら」
「うん。わかった。準備ができたら行こうか。マールも来てくれる?」
「はい。先生」
「じゃ、葉月姉さん。準備できたらここにまた集合しようか」
「えぇ。すぐに準備してくるわ」
マールはいつでも伊織に同行できるように、ストレージ内にある程度のものは準備してあるそうだ。
数分後には葉月も戻ってきた。
「葉月姉さん。それって」
「えぇ。ミルラちゃんに作ってもらったのよ。久しぶりに袖を通したけれど、気が引き締まるわね」
葉月の羽織っていた物は、日本でいうところの白衣だった。
一日で病院を辞めてしまったと聞いていたが、さすが医者だけはある。
口に出して似合っているとは言えない伊織だったが。
伊織は葉月とマールの手を握った。
「じゃ、移動するね」
「はい、先生」
「あの方法ね、お願いするわ」
ヴンッ
一瞬で目の前の景色が変わって、古い洋館が目に入った。
そこはガゼット伯爵領にある孤児院の中庭だった。
「伊織ちゃん、ここは?」
「新しい孤児院だよ。あ、葉月姉さん。ここでは【シノ】で通してるからお願いね」
「シノちゃん。なんだか女の子の名前みたいね」
「そうなんですか?」
「そうよ、マールちゃん。シノというのは女の子の名前によくあるのよ」
「シノちゃん先生。なんだか可愛い……」
「あのねぇ……」
そんなやり取りをしながらも、足は止めないで建物の入口へ向かっていた。
そこに、ケリーが通りかかった。
「あら、シノさんじゃないですか。今日はどうされたのです?」
「シノちゃん。こちらの方は?」
「こちらは、この領の領主夫人でケリーさんといいます。ケリーさん、俺の義理の姉であり婚約者の葉月姉さんです」
「初めまして。シノさんにはお世話になっています。ケリーと申します」
「こちらこそ、シノちゃんがお世話になってます。葉月と申します」
お互いに頭を下げ合っている。
このままではまずいとマールも思ったのか。
「ケリーさん。お久しぶりです。このハヅキさんは、お医者様なんです。なので、ご病気の方を呼んできてはもらえませんか?」
急に頭を上げたケリー。
「それは助かります。さぁ、こちらでお待ちください。すぐに呼んでまいりますので」
足早に建物の奥へ行くケリー。
伊織たちが案内されたところは、元々応接間として使われていたのだろう。
数個のソファとテーブルが中央にある部屋だった。
「マールちゃん」
「はい、ハヅキ姉さん。なんでしょう?」
「シノちゃんから聞いたのだけれど、なんでもシノちゃんより魔法がお上手なんですって?」
「それはほめ過ぎですよ。でも、得意ではありますね」
「それなら、私にも教えてもらえないかしら? 色々とシノちゃんの話をしながらでもね」
「それは……わかりました。ぜひお願いします」
どっちが頼んでいるのか解らない状況になっていた。
そのとき、伊織は背筋が少し寒くなった感じがした。
伊織たちが待っていると、ケリーが一人の女性を連れて戻ってきた。
その女性は年のころ二〇代後半くらいで、片足を引きずっていた。
「ハヅキさん。この方なんですが、診てもらってもよろしいでしょうか? 今一番困っていらっしゃる重症の方なんです……」
「はい。そこに座ってもらえるかしら?」
「すみません。この足のせいで働くことができなくなってしまいまして」
「ちょっと足を触るわね」
葉月は足を触ると、骨が歪になっている部分を見つける。
今朝、伊織の下着が見えてしまったことに気付いた葉月。
その部分を透けるように考えながら見てみる。
皮膚のその奥、また奥へと。
すると、まるでレントゲンで撮った映像のようにはっきりと、正しくない位置でくっついた骨の部分が見えてくるのだった。
やはり、正しい方法で固定しなかったのが原因なのだろう。
「ちょっとシノちゃん」
「どうかしましたか? 葉月姉さん」
葉月は伊織の耳元へ小声で質問をする。
「この世界では治癒魔法で外科的なものなら治るのではないのかしら?」
伊織も小声で葉月に答える。
「あぁ、ここは少し前まで敵国だったんです。そのとき、一般市民には魔法で怪我を治したりすることはできない状況だったみたいですね」
「そうだったのね。この人の足、骨が正しく繋がってなかったのね。これでは痛くて仕方がないでしょう。でも、きっと治せるわ」
「でも俺には場所がわからないから……」
「大丈夫。治るように、だったわね?」
「うん」
伊織との話が終わると、その女性に葉月は質問する。
「この足ですけれど、もしかしたら骨を折られたりしませんでしたか?」
その女性は驚いた表情になる。
「は、はい。二年ほど前に階段から滑り落ちまして、そのときは痛み止めだけ飲んで足を固定するくらいしかできませんでした」
「そうだったのね。少し痛いかもしれないけれど、我慢できるかしら?」
「はい。大丈夫です」
葉月は患部に手を当てると目を閉じてさっき見た映像を思い出す。
ずれた骨を無理矢理外すイメージをしたあと、元の位置に戻して接合するようにイメージする。
その間、痛みをなるべく和らげるように祈りながら。
葉月の手から淡い光が発せられたと思うと、女性の表情が少し歪んだ。
「……痛っ」
「もう少し、もう少しだけ我慢してね」
額に脂汗を滲ませながら葉月は強く念じた。
もう一度患部を深く見ていくと、そこにはうまく繋がった骨が見えた。
「マ……ルちゃん。ここ、だか、ら。添え木をして固定してあ、げて」
葉月はそのまま意識を失ってしまう。
慌てて伊織は抱きとめた。
「先生。もしかして」
「うん。多分枯渇したんだと思う」
伊織は葉月に魔力を分け与える。
「……んっ。あっ」
すると、葉月は目を覚ました。
「……シノちゃん。私」
「うん。あとで説明する。マールさっきのとおり処置お願いできる?」
「はい。先生」
伊織が葉月の口元へ耳を寄せると、力のない声で話し始めた。
「シノちゃん。その方なら、二週間ほど安静にすれば元の通り歩けると思うわ」
「二週間ほど安静にすれば大丈夫だそうです」
「そうなのですか? また歩けるようになるんですね?」
「はい。必ず歩けるようになるそうです」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
その女性は葉月に何度も頭を下げるのだった。
マールが葉月から用意するように言われた包帯を使って、添え木で固定すると、ケリーを呼んで、女性の部屋へ連れていってもらった。
葉月は満足そうな顔で伊織の肩にもたれ掛かって寝てしまっていた。
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