第20話 二人目の勇者?
19話を掘り下げる話を更新ミスで入れ忘れていました。
ご指摘していただいてありがとうございました。
朝目を覚ました伊織は、とても柔らかいものに顔を包まれていた。
少しだけ頭を動かすと、視界に入るのは葉月の寝顔。
昨日の出来事を思い出すと、また葉月のおかげで立ち直ることができたことに気付く。
しばらくの間は、葉月に頭が上がらないだろう。
すると葉月の目がゆっくりと開く。
目が合った伊織と葉月。
「あら、おはよう。伊織ちゃん。気分はどうかしら?」
そう言いながら、背に回っていた手で擦り始める。
「あ、うん。葉月姉さん、昨日はありがとう」
「いいのよ。伊織ちゃんが辛いときには、お姉ちゃんが側にいてあげますからね」
伊織の額に軽くキスをする葉月。
最初は照れていた伊織だったが、ふと大切なことを葉月に言っていないのに気付いた。
「あのね、葉月姉さん。勇者って知ってる?」
「そうね。私も小児科医を目指していたから、そういうヒロイックファンタジーのようなお話は沢山読んだわね」
「そっか、それを知っているなら説明しやすいかも。この世界には魔法というものがあるんだ」
「えっ?」
それは葉月だって驚くだろう。
「説明して見せるから、ちょっと力緩めてくれる?」
葉月は逃がすまいと背中を抱いて、胸に伊織を押し付けていたのだった。
「あら、ごめんなさいね」
いつもの笑顔で答えられると、伊織も苦笑いしかできない。
身体を起した伊織に倣って、葉月も身体を起して正座した。
「いいかな。俺の手のひらを見ててね」
「えぇ」
伊織は手のひらに待機中の水分を集めるように軽く魔力を流した。
すると、あっという間に伊織の頭ほどの水の塊、水球が手のひらの上に表れた。
「伊織ちゃん。それって……」
「これが魔法だよ」
そう言うと、手のひらの上で軽く弾ませる。
マールが以前やったように、お手玉を楽しむかのように。
「物語では知ってるのだけれど、見るのは初めてだわ」
「そりゃ初めてでしょう」
天然な葉月と苦笑する伊織。
適当に弾ませると、伊織は魔力を霧散させる。
目の前の水球は霧のように広がって消えてしまった。
「それでね。俺はこの世界の人々に望まれたわけではないけれど、勇者として召喚されたんだ」
「それはどういう意味なの?」
「なんて説明したらいいかな。そうだ。俺の称号に勇者と刻まれていたって言ったほうがいいのかな。葉月姉さん、頭の中で自分の中で【ステータスオープン】って声に出さないで思ってみて。そこに称号ってところがあるから、そこに何が刻まれているか教えてくれる?」
伊織は葉月の称号には勇者と刻まれているのだろう、と思っていた。
「えっと、こうかしら……あら? 何でしょう。この、聖……女って?」
「えっ? どういうことだ? もしかして、この世界には同時に二人の勇者は存在しないとか?」
「何を言っているのかわからないのだけれど」
そう笑顔で答える葉月。
とにかく、意味不明なことであるのは解った。
伊織はこの手のことに詳しいマールを呼ぶことにした。
『マール。起きてる?』
『はい、先生。どうかしましたか』
『ちょっと俺の部屋に来てくれるかな?』
『はい。これから向かいますね』
リビングに移動してマールを待っていた二人。
すると、五分としない間にマールが訪ねてきた。
「先生。あ、葉月姉さんも一緒なんですね。ちょっと羨ましい……」
「いや、それどころじゃないんだ。マール、これから話すことは誰にも言わないでほしい」
「はい。先生」
「あのさ。葉月姉さんの称号に聖女って文字が刻まれていたみたいなんだ」
「えっ?」
「だから聖女みたいなんだ、葉月姉さん」
「えぇえええええっ!」
慌ててマールの口を押えた伊織。
「ちょっと静かに。マールが一番詳しいだろうって来てもらったんだけど」
葉月が用意したお茶を飲んで落ち着いたマール。
「……ふぅ。すみませんでした。聖女になった人はこれまでいました。同じように勇者になった人も。でも聖女であった人は記録にはないですね。もしかしたら……」
「そう。俺の仮説なんだけど、一つの時代に勇者は二人存在しないんじゃないかって」
「えぇ。そうかもしれません。ただ、おそらく勇者と同等の力を有しているのかもしれませんね。やった、女性で化け物って呼ばれる人が私だけじゃなかったのは嬉しいですよ」
「あのねぇ……」
「もしかしたら、大司教をしている叔母様なら何か知ってるかもしれませんが」
「アリーシャさんだっけ?」
「はい、でも話すわけにはいかないんですよね。イオリさんのこともありますし」
「そうだね。ちょっとまずいかな」
「であれば、私が調べてきます。絶対に言いません。この指輪に誓います」
マールは自分の右手薬指に光る指輪を伊織の前にかざした。
葉月が小首を傾げながらぽろっと言う。
「そう言えば、伊織ちゃん」
「はい」
「なんでこの国では婚約指輪を右手にするのかしら? 日本では左手薬指だったはずなのだけど」
「あー。先代の勇者がね、女性だったんだ。それでね、北欧あたりの習慣を伝えたみたいなんだよね」
「あら、その女性はなかなかロマンティックな方だったのね」
「そういうものなのかな。俺も知らなくて親愛の証で送ったのがこっちでは、婚約の証で……」
伊織は項垂れてしまう。
「嫌だった訳ではないんだけど、とにかく驚いたんだよね」
「そういえば先生。そんなこと言ってましたね」
コロコロと笑うマールと、改めて指輪を眺めて微笑む葉月。
「じゃ、マール。悪いけどわかる範囲でいいから調べてもらえるかな?」
「はい、先生。あ、私も構ってくださいよ。葉月姉さんばかりずるいですよ」
「はいはい。約束するから」
「絶対ですからね。お酒に逃げないでくださいね」
そう言って走って行ってしまったマール。
「伊織ちゃんも罪作りねぇ……」
「そういえば、葉月姉さん。ユニークスキルってところと、最初に何とか魔法ってあると思うんだけど、それって?」
「えっとね。そこには透視って書いてあるわね。それと治癒魔法ってなってるわね」
「なんだろうね。初めて聞くな」
「どうなんでしょうね。んー……あら。伊織ちゃん、黒い下着付けてるのかしら?」
「えっ」
「違ったかしら? そんな感じがするの」
伊織は慌てて自分のパンツの色を確認する。
「あ、黒だ……」
「本当だったのね! それなら、もう少し深く見えないかしら。伊織ちゃんのあの部分を……嫌だ、私ったら。そんなはしたないこと……でも……」
葉月はごくりと生つばを飲み込みながら、伊織の腰辺りをじっと見る。
慌てて後ろを向いた伊織。
「葉月姉さん。それだけはやめて」
「あら残念ね」
残念とは思えないほど笑顔だった葉月。
伊織はこの場を乗り切るために、自分に与えられたユニークスキルを教えておくことにした。
「あ、あのさ、葉月姉さん。俺にはね超回復ってのがあって、刀傷なんかも一分足らずで治る力があるんだ」
「そう。伊織ちゃんを癒すことができないのね……」
「葉月姉さんには色々と癒してもらってるし……あ、そうだ。こんなこともできるんだよ」
葉月の手を握ると伊織は寝室に転移する。
ヴンッ
するとベッドに座っていた葉月。
「あらららら。すごいわね。これも勇者だからかしら?」
「いや、これは違うんだ。それと俺、勇者って呼ばれるの嫌いだからさ」
伊織は少し困った顔をしている。
その表情だけで察した葉月は、伊織を胸に抱いて謝った。
「ごめんなさい。お姉ちゃん気付かなかったわ。色々あったのね……」
「うん。ほんと、色々あったんだ」
伊織がこの世界に来た理由、その後フレイヤードであったことなどを詳しく話した。
そのほか、この世界の魔法は魔法陣で具現化されていること。
伊織はそれとは違う、イメージで具現化する方法を見つけたこと。
この方法は婚約者にしか教えていないことなどを余すことなく話す。
「そう。頑張ったのね。私は褒めてあげることしかできないから。駄目なお姉ちゃんね……」
「そ、そんなことないよ」
「ありがとう。伊織ちゃん。そうね、この力があれば、難しい子供の病気も治せるかもしれないのね」
小児科医はすごく試練の多いものだと葉月は伊織に教えた。
魔法であれば、元の世界の難病指定されているものすら治してしまうかもしれないからだ。
葉月は悔しくも思ったが、これからの明るい未来もあるんだと嬉しく思った。